17話―③『静かな幕開け』

 いなくなってから一週間経ってもハクは所在不明のまま、雷までも完全に学校に来なくなり、ますます不安に苛まれる放課後。あたしは一人で帰宅していた。健治は珍しく不在であり、久しぶりに寄り道しないで下校することになったのだ。蜜柑達もハクを捜しに行っていていない。

 家でコノハと話し合おう―――そう思って、あたしは玄関の鍵を開ける。ドアを開けた瞬間、背後から勢いよく家に押し込まれた。



「なっ………⁈」



 振り向くと、茶髪の女子―――雷がいた。雷は驚くあたしの口を押さえ、周囲に視線を巡らせる。



「ごめん蘭李。実は今、六支柱に追われてて……」



 六支柱……ってあの、光軍に属する強い六人組のことだよね? 雷は味方のはずなのに、追われてるなんて……。

 あたしは雷の手を離し、彼女を見上げた。



「雷、仲間なのにどうして……?」

「うちは反乱分子だからだよ。殺されはしないけど、たぶん捕まったら閉じ込められる」

「そんな……!」

「蘭李、お願いがあるんだけど……しばらくここで匿ってもらえないかな?」



 小声の頼みに、あたしは無言で頷く。雷を二階の自室に連れていき、喉が渇いたという彼女のために、お茶を取りにキッチンへ一人で向かった。コップにお茶を注ぎながらぼんやりと思う。

 雷と協力して、どうにかお父さんや六支柱を止められないかな。でも……止めるってどうやって? 仮に今回退かしたとしても、いずれまた襲ってくる。本当に止めるには、蒼祁みたいに圧倒的な力を持つか、もしくは……。



「殺すしか……」



 あたしは首を横に振った。

 いくら敵だからといって、友達の親を殺すのはさすがに気が引ける。どうにか話し合って解決出来ればいいんだけど……。



「そういえば……」



 なんで雷のお父さんは、あんなに闇属性が嫌いなんだろう。ただの属性なのに、悪魔じゃないのに殲滅しようとしてる……。闇属性の魔力者に、誰かが殺されたとか? それってただの私怨だけど……。



「そもそも、属性ってどうやって出来たんだろう」



 シルマ学園の授業で習った気もするけど、記憶力皆無のあたしが覚えているはずもない。魔力者家系の雷なら、もしかしたら知っているかもしれない。そう思いながら、あたしは緑茶の入ったコップを二つ持って自室に戻った。部屋に入ると雷は床に座ったまま、ちらちらと背後の窓に視線を送っていた。



「雷?」

「蘭李、すぐそこに六支柱がいるかもしれない……」

「えっ⁈」

「ちょっとだけ確認してくれない?」

「分かった」



 コップをテーブルに置き、あたしはそーっと窓の外を眺める。辺りを見回してみるが、特に不審な人物はいなかった。

 雷の思い過ごしだろうか? まあそうなっても仕方ないか。



「雷、誰もいないよ」



 振り向いてそう言うと、雷はほっと胸を撫で下ろした。余程安心したのか、お茶をごくごくと飲み始める。あたしもテーブルの傍に座り、お茶を飲んだ。飲み干した雷は、あのさ、とあたしを見る。



「白夜の居場所、知ってる?」

「知らない……もしかして雷、知ってるの?」

「ううん。うちも分からないんだ」

「そっか……心配だよね」



 影縫さんがついてるだろうけど、やっぱり不安だ。本当にハクは、一体どこへ……。



「幽霊でも見つからないの?」



 ――――――何となく、違和感のある言葉。しかし特に気にしなかった。あたしは頷く。



「蜜柑達も気配をたどれるわけじゃないしね。すれ違いになったり、どこか離れた場所に行ってたりしたらなかなか見つからないだろうし」

「そっか……」



 それに―――そう言いかけて、視界がぐらついた。テーブルに腕をついて体を支える。急激に襲ってくる眠気。まぶたが耐えきれずに閉じていく。わけが分からないが、この強力な睡魔に抵抗する術はなかった。



「ごめん。蘭李……」



 傍で呟かれた言葉。それに疑問を抱いたまま、あたしは深い眠りについてしまった。

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