17話―④『不穏な再会』

「よろしくね! 蘭李!」



 人を惹きつけるような明るい笑顔に、あたしは思わず見とれてしまった。小学生でもスタイルは良く、男子よりもずっと高い身長。自分には全く無いものを持っている女の子―――天神雷とあたしが出会ったのは、ハクを通じてだった。



「白夜~! もっと早く紹介してくれればよかったのに~!」

「しょうがないじゃん。私だって知らなかったんだから」

「知らなかったって?」



 あたしが首を傾げると、雷はあたしの手を取って目を輝かせた。



「蘭李って、軍に所属してないんでしょ⁈」

「……グン?」

「ほら、闇軍とか光軍のことだよ」

「あ、ハクがこの前言ってた……」

「そうそう」

「でね! うち、光軍なの! でもね、白夜は闇軍なの!」



 そういえばハクがそんなことを言っていた。全く馴染みがなくて、ほぼ聞き流してたけど……。



「うちら親が厳しくてね、敵軍とは遊ぶなって言うんだよ! ひどくない⁈」

「そうだね」

「それでね! 蘭李に協力してもらえないかなーって思って!」

「協力?」



 あたしに何か出来ることでもあるのかな? そう思うと、雷は悪戯っぽく笑った。



「蘭李も、一緒に遊ぶんだよ!」









「蘭李ッ!」









 ハッとして顔を上げると、蜜柑のどアップ顔が視界いっぱいに映った。何故かほっと息を吐く蜜柑は、あたしの周りをくるくると回る。



「ぬし、よくこんな時に寝ておれるのう」

「え? 寝て……?」

「しかもテーブルに突っ伏したまま。布団で寝れば良いものを」



 時計に目をやると、なんと十九時を過ぎていた。雷と帰ってきたのは十六時半頃だったはず。てことは、あたしはそれからずっと……。



「あれっ……そういえば雷は……」

「天神? いなかったぞ」



 帰っちゃったのかな。あたしが急に眠り出すから……―――。



「――――――いや、待って」

「ん?」



 やっぱり、どう考えてもおかしい。なんであたしはあの時寝たんだ? それまで全然眠くなかったのに、急に眠気がどっときて……。


 ――――――ごめん。蘭李……。


 雷の最後の言葉も気になる。なんで謝ったのか。何に対して謝ったのか。



「どうした? 蘭李」



 不思議そうにあたしを見下ろす蜜柑に、事情を説明した。蜜柑は顎に手を当て、その場でくるくると回り始める。



「ぬしが眠くなったのは、天神のせいか、もしくは六支柱のせいじゃろうな」

「なんで雷のせい?」

「謝ったのだろう? 最も、自らが手を下していなくとも、自分のせいでこうなったと考えたのかもしれぬがのう」

「たしかに……」

「しかし、何故こんなことをしたのじゃろうかのう。ぬしが怪我をしているわけでもないし」



 改めて自分の体を見回すが、蜜柑の言う通り、特に傷はなかった。一体誰が、何のために?



「とにかく、早いところ冷幻達を見付けねばな」

「そうだね。あたし、健治にこのこと言ってくるよ」



 そう言って立ち上がり辺りを見回す。目的のものが見付からず、一階へ降り家中探し回ったが、見当たらなかった。



「無い……無い……⁈」

「何がじゃ?」

「あたしのバッグ! 雷と帰ってきた後、部屋に置いておいたはずなんだけど……」



 血の気が引いていくのが自分でも分かった。まさか、と呟く蜜柑を見上げ、思わず苦笑いがこぼれた。



「………バッグの中には、コノハがいるの」

「――――――何をやっておるんじゃ貴様はーーーーッ!」



 蜜柑の怒号から逃げるように、あたしは家を飛び出した。



「あれほど魔具は手放すなと言ったであろう!」

「言ってないじゃん!」

「言った!」

「言ってない!」



 耳元で騒ぐ蜜柑に、堪らず言い返した。すれ違う人達には、異様なものを見たような視線を向けられる。それでもあたしは月夜の下、足を止めずひたすら走ってコノハを捜索していた。

 コノハを奪った人物は誰なのだろう。状況的に、雷―――でも雷がそんなことするはずないし……。

 なら六支柱が? あの時外を見回しても姿は見えなかったけど、隠れていたのかもしれないし……。



「どうしよう……コノハ……殺されてたら……」

「今はそんなことを考えるな! とにかく探すのじゃ!」

「うん……!」

「何処へ行かれるおつもりですか?」



 目の前に誰かが降ってきた。急停止すると、それは朱兎であることが分かった。朱兎は目を見開き、口が裂けそうな程口角を吊り上げて笑っている。

 この状態は知っている。朱兎が自分を守る時―――蒼祁曰く、「もう一人の朱兎」が出てきた時だ。この時の朱兎は蒼祁の言うことしか聞かず、蒼祁以外の人間を徹底的に殺す。

 でも、この状態は昔に克服したはず……!



「朱兎! どうしたの⁈」

「何を言っても無駄ですよ」



 男の声に振り向いた。黒のスーツに黒のハットを被る男と、同じくスーツに黒髪を風に靡かせる男が立っていた。



「彼は洗脳しましたから」

「洗脳……⁈」

「ああ、申し遅れました。私、光軍所属の師走卯申ぼうしんと申します。六支柱の長も務めております」



 ハットの男―――師走卯申は頭を下げた。思わずあたしは一歩下がるが、背後で朱兎の動く音が聞こえすぐ足を止める。卯申は続けて、隣の男を紹介した。



「彼は葉月未丑みうし。同じく六支柱の一人です」



 未丑は全く微動だにせず、じっとあたしを見つめていた。蜜柑が二人の周りを回ってみるが、コノハは持っていないと言う。あたしは卯申を睨みつけた。



「あたしに何の用?」

「貴女と取引をしに参りました」

「コノハと引き換えに?」

「コノハ?」



 首を傾げる卯申。その反応にあたしも疑問を抱く。



「あたしの魔具だよ。また盗んだんでしょ?」

「ああ。あれのことですか。お名前があったのですね」



 小馬鹿にしたような言い方に腹が立つ。出来ることなら今すぐ殴り飛ばしたい。



「貴女の魔具は、たしかに最終手段として残っておりましたが、その必要も無くなりましたね」

「……どういう意味?」

「分かりませんか?」



 刹那、背後から大量の殺気が迫ってきた。蜜柑の叫び声に反応するより前に、背後から首に腕を通され、思いっきり締められる。それをやっているのは、紛れもなく朱兎だ。



「や……めッ……!」

「取引です。このまま殺されたくなければ、我々の味方につきなさい」



 そういうことか―――腕から逃れようと、あたしは必死に抗う。しかし力で朱兎に勝てるわけもない。ならばと、全身から魔法を放った。朱兎は電撃をもろに喰らい、力が緩む。その隙に朱兎を突き飛ばし、卯申へと走った。ポケットから拳銃を取り出し、足に魔力をためる。その足で跳躍し、卯申の背後を取った。奴の背中に銃口を突きつける。



「朱兎を元に戻して」

「素晴らしい。貴女はとんだイレギュラーだ。その役だけならまだしも、実際に場を壊してしまう可能性を秘めている」



 卯申は動揺も焦りもせず、淡々と喋っている。未丑もあたしを見ているが、無表情なのは変わらない。どうしてそんな余裕があるのか―――逆にあたしの方が不安になってくる。



「しかし、貴女にも足りないものがある。魔力者としては、まだまだそこが子供というわけですが」

「あんたにあたしの何が分かる」

「ええ、分かりますよ。貴女を観察していれば、自ずと分かる答えです」



 銃口を押し付けるが、卯申に変化は無い。くすりと笑い、卯申はハットを取った。珈琲のような焦げ茶の髪が露になる。



「私は彼の洗脳を解く気はありません」

「ッ………⁈」

「撃ちたいのなら、撃ちなさい」



 理解出来ず、あたしと蜜柑は卯申を凝視した。

 この状況で抵抗するのか? 殺せって言ってるようなものじゃないか。あたしが信用出来ないから? それとも、殺されない秘策があるから?



「気を付けろ蘭李。こやつ、何か企んでおる」

「どうしました? 撃たないのですか?」



 卯申がくるりと振り向いた。咄嗟に照準が頭へと向き、トリガーに添えていた指が動くが、撃つまでには至らなかった。卯申の金茶の目があたしを見下ろす。



「心臓よりも頭を狙いますか。やはり慣れていますね」

「うるさい……! 朱兎を戻せ!」

「だから言ったでしょう? 戻す気はないと。ならば早く私を撃てば良いじゃないですか。言うことを聞かない罰として」



 淡く光る金。何故だが目が離せなかった。金に浮かぶあたしの表情がよく見える。焦ったような、困惑したような、そんな顔をしていた。



「撃てないのですか?」

「うるさい……! 撃てる……!」

「撃てないのですよね? 貴女は人を殺すことに恐怖を覚えている」



 そんなことない―――そう反論出来たらどれだけよかっただろうか。一瞬過ぎった過去の光景のせいで、そんな威勢は生まれなかった。



「血に染まる人間は、見たいものではないですからね」



 ――――――暗い教室の中。鉄のにおいを放って倒れているみんな。そうさせたのは、紛れもなくあたしだった。



「ッ………」



 これ以上思い出さないように、無理矢理思考を断ち切った。

 きっとこいつも、あたしの過去でも暴いたのだろう。影縫さんといい、人の過去を安易に探りやがって……。

 ああ、と卯申はにこりと笑って言い放った。



「ご安心ください。味方についてもらっても、貴女には殺しの依頼はさせませんので」

「じゃあ、なんで……」

「我々は情報が欲しいのです。何の情報かは……分かりますね?」



 あたしから引き出せる情報なんて一つしかない。つまり光軍の狙いは―――魔導石ってことか。絶対に渡すものかと言いたいところだけど、既にバッグごと魔導石も盗まれたわけだし……。



「神空朱兎は案外口が堅かったので、戦闘要員として起用することにしました」

「ッ……⁈ 朱兎に何したの⁈」

「おや? 申し上げた方がよろしいですか? 知らない方が良いと思いますが……」

「……お前えええ!」



 卯申は妖しい笑みを浮かべ、指をパチンと鳴らした。直後、奴の背後から朱兎が頭上を飛び越えてくる。慌てて跳躍して逃げるが、宙で足を掴まれ地面に叩き落とされた。全身に走る痛みに、すぐに起き上がれなかった。



「最後の警告です。我々の味方につきなさい」



 朱兎が上に乗り、髪を掴んであたしの頭を持ち上げた。後頭部に銃を突きつけられる。目線の先の卯申を睨んだ。

 魔導石のことをペラペラ教えたら、それこそ世界が支配されかねない。だからといって、このままじゃ本当に殺される。

 それなら味方について、嘘の情報を教えれば……!



「――――――大丈夫」



 耳元で囁かれた言葉。一瞬蜜柑の声かと思ったが、違った。出来る限り視線をやったが、朱兎の顔を見ることは出来ない。

 今の声は、たしかに朱兎のものだ。しかし洗脳中の朱兎がそんなことを言うはずがない。

 まさか、洗脳がかかっていない? 今までのは………演技?

 半信半疑だが、あたしはその言葉を信じることにした。卯申をもう一度睨み付けて、吐き捨てた。



「……あんたらに教えるくらいなら、死んだ方がマシだよ」

「――――――そうですか」



 卯申が指を鳴らす。次の瞬間、頭を突き飛ばされたのと同時に発砲音が間近で響いた。コンクリートに顔をぶつけるが、すぐに上げる。卯申と未丑の周囲には結界が張られており、傷を負った様子はない。続けて背後を見る。朱兎が卯申へと銃を構えていた。

 しかし朱兎の胸には、一本の矢が刺さっていた。



「朱兎ッ!」



 吐血しながら倒れてくる朱兎を受け止める。矢を抜こうとすると、朱兎がその手を掴んだ。



「ダメ……! 触っちゃ……!」

「え……?」

「これは……」

「たつみのどくがぬってあるからだよ!」



 上空から少年声が降ってくる。見上げると、蜜柑を透過して二つの影がビルの屋上から飛び降りていた。目を凝らして見る。一人は小学生くらいの少年、もう一人は二十歳前後程の男だった。どちらもスーツを着ており、六支柱であることは何となく予想できた。着地すると、少年は満面の笑みを向けてくる。



「はじめましてらーちゃん! しゅーくん! ぼく、たつみ! よろしくね!」

「辰巳、ちゃんと自己紹介しなさい」

「え? 今したじゃん! ぼーにい!」

「彼は水無月辰巳です。その隣にいるのが、睦月酉午ゆうご。我々と同じ六支柱です」



 やっぱり六支柱……! なんで四人もここに……!



「やはり保険をかけておいて正解でしたね。とはいえまさか、神空朱兎が洗脳対策を講じていたとは……」



 卯申が朱兎を眺める。あたしも見下ろした。

 恐らく、魔導石で洗脳対策をしていたのだろう。朱兎、蒼祁の事件以来色んな魔法を習得してるみたいだし、あり得なくはない。短期間で会得したのは、さすがに蒼祁の片割れといえる。



「ねえねえ! たつみのどく、どお? くるしい? くるしい?」



 辰巳がとことこ近付いてくる。苦しそうに呼吸する朱兎の顔を覗き込み、嬉しそうに笑った。



「よかったー! ちゃんときいてる!」

「毒ってまさか、この矢に……!」

「そおだよ! たつみのどく、よくきくってひょうばんなんだ!」



 小さな悪魔に、あたしは震えを抑えることが出来なかった。辰巳は朱兎から矢を雑に抜くと、その矢を自分の腕に突き刺した。躊躇いのない行為に、あたしは硬直する。ぐりぐりと肉を抉り、やがて矢を離すと傷口からドクドクと血が流れ出す。それでも辰巳は笑顔だった。



「らーちゃんにもたつみのどく、あじわってほしいなあ!」

「蘭李……! 逃げて……! オレはいいから……!」



 腕の中で朱兎があたしを突き放そうとする。

 朱兎を置いていくなんて出来ない。でも、六支柱相手にどうすれば……!



「待て。辰巳」

「あうっ!」



 矢を振りかぶった辰巳を、背後から酉午が引っ張った。淡黄の長髪を靡かせる酉午は、鋭くあたしを見下ろす。



「お前、魔力者大会にいた魔具使いだろう?」



 思いがけない問いに、呆けてしまった。

 魔力者大会? たしかにいたけど、どうして急にそんなこと……。



「……そうだけど」

「先程の口ぶりからすると、私が折ったはずのあの魔具は、やはり生きているのか」



 ――――――瞬間、コノハが真っ二つに折れた光景が脳内で再生された。魔力者大会の乱闘戦、あたしは一人の男と対峙し、守る術を持たなかったため、コノハを盾にした。それによりコノハは一時、記憶喪失になった。

 そして今の発言からすると、まさか………こいつは……!



「あの時の……魔具使いの男……⁈」

「ああ」



 やっぱり……! あいつがまさか六支柱だったなんて……! 世界は意外と狭い―――いや、そんなこと思ってる場合じゃない!



「お前のせいでコノハは死にかけたんだぞ!」

「魔具は生命原石で生き延びたのだろう? むしろ死にかけたのはお前だろう」

「うるさい!」



 鶯色の視線に貫かれる。無意識に、朱兎を抱き締める腕に力が入っていた。

 たしかこいつの魔具は弓だったはず。ということは、辰巳の持っている矢が魔具? 動いている様子は見えないけど、注意しておかないと……。



「ゆーくん、なんのはなし?」

「……彼女のお陰で、とてもいい情報が得られた」

「そーなの?」

「酉午、どういうことですか?」



 卯申がいつの間にか近くに来ていた。四人であたし達を囲むように立っている。どうやら逃がす気はないらしい。

 まずい……このままじゃ朱兎と一緒に殺される……!



「生命原石は、魔具を「命あるもの」と認識しているらしい」

「ほう?」

「それを使えば、錆びた魔具でも復活させることが出来るかもしれない」

「成る程。一理ありますね」



 腕の中で朱兎がもぞもぞと動く。何事かと思って視線を落とすと、朱兎の髪色は真っ赤に変化していた。朱兎が何をしようとしているのか、一瞬で理解した。しかし、辰巳にも気付かれてしまう。辰巳が急いで腕を振り上げた。



「だめ!」

「――――――スティグミ・キニマ!」



 朱兎の叫び声が響き渡る。辰巳が振り下ろした矢に刺される寸前、視界が切り替わった。



 ――――――――――――暗転。

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