15話ー⑮『終止符を打つ』

 ふと思い付いたんだ。それは、あらゆる希望が絶たれ、絶望に身を投じられていた時のこと。自分の行っていたことが全部無駄だったんだと気付いてしまった時のこと。



「俺は、特殊な魔力ウマいメシしか食わない。それ以外なんて死んでもゴメンだな」



 オレを刺した後、ぶつぶつそう呟いていたウイルス。その時のことを思い出し、オレはふと気付いた。



 ――――――もし、オレの魔力マズいメシを無理矢理食わせたら、こいつは死ぬのだろうか?



 このウイルスが特殊な魔力しか栄養に出来ないのなら、それ以外の魔力を食わせたら死ぬのだろうか? それとも、栄養に出来ないだけで流される?

 要は、毒になるか否か、だ。

 けれど、毒になるとしても、どうやってその毒を飲ませる? ウイルスはアニキの中に住み着いている。アニキの中にいる限り、ウイルスはアニキの魔力を食べ尽くす。



「………………あ」



 出来るかもしれない。ウイルスに無理矢理、毒を飲ませることが。

 魔力を人に渡す時、重要なことはその属性だ。人の魔力が体内に入ると、その魔力は自分のそれと混ざり合う。同じ属性ならなんら問題は無いが、そうでないと拒否反応を起こし魔力が暴走してしまう。だからアニキのような異形魔力者は、まずこの魔法の恩恵は得られない。

 しかし、それを逆に利用するんだ。ウイルスにとって毒となる魔力を、その魔法でアニキに流し込む。魔力は体内で混ざり合おうとする。するとどうなるか。

 アニキの魔力のバランスは崩れるはずだ。

 その後は分からない。どちらかの魔力が勝って支配するのか、はたまた歪な形で混ざるのか。無毒化を恐れるなら、アニキの魔力が少ない時の方がいい。

 これは賭けだ。ここまできてしまったら、もうアニキだけが助かるとは思えない。けれど毒になったら、仮に毒にならなくても、魔力の暴走でウイルスは運良く死ぬかも。そうすればアニキが生き残れる可能性もある。



「もしアニキが生き残れたら………」



 この上ない喜びだ。蘭李も喜ぶだろう。アニキさえ生きていれば、光や闇のいざこざも起こらない。みんなが幸せになるんだ。

 その方が、世界は良くなるって分かってる。



 ――――――だから、オレは決めた。





「パラドース・マギ・ジナミ」





 呪文を唱えると、急激に体内から魔力が奪われていく感覚に陥った。実際そうなっているんだろう。オレとアニキの周りには風が吹き荒れ、家具がガタガタと暴れる。とんがり帽子が飛んでいった。



「お前ッ……! まさかッ……!」



 アニキがオレの腕を握る力を強める。痛みがさらに強くなる。だけど絶対に止めない。絶対に離さない。



「朱兎ッ!」



 腕で顔を覆いながら、蘭李は叫んだ。たぶん、何が起きているのか分かってないんだと思う。困惑したような黄色い瞳に、オレはいつもの笑みを向けた。



「大丈夫。きっとこれでアニキは助かるよ」

「………⁈」

「だから………ッ」



 ガクン、と体が傾く。力が全身から抜けていた。立っていられず、アニキと共に床に倒れた。それでも手は離さない。アニキは苦しそうに睨んできた。



「離せッ……! こんなことしたら……お前もッ……!」

「いいんだよこれで……ッ……だって世界は…ッ……アニキを必要として……るから……!」



 意識が朦朧としてくる。ちゃんと呼吸してるはずなのに苦しい。体内の魔力が消えていく。

 ――――――世界とか、本当はどうでもいいんだ。ただ、アニキの死ぬ姿を見て、オレは悲しみたくないだけなんだ。だから、アニキを助けて先に死ぬ。もしアニキがその後死ぬことになっても、これならアニキも寂しくならないし………ね?

 ズルい……かな? でもいいよね。だってオレ、弟だもん。たまには弟のワガママくらい聞いてよ。いつもワガママ言わないから、たまには聞いてくれたっていいじゃん。



「ダメだッ………! 朱兎………!」



 アニキが体を震わせながらオレを見る。



「お前は………まだ、死ぬべきじゃない………!」



 ――――――………視界が揺らいでいたから勘違いしたのか。それとも、オレの願望からか。



 ――――――アニキだった。

 そこにいたのは、紛れもなくオレのアニキ、神空蒼祁だった。



「ッ………!」



 一瞬緩んだ隙を見逃さず、蒼祁は朱兎を突き飛ばした。風が止み、床に転がる朱兎。朱兎は浅い呼吸で虚ろな目をしていた。蒼祁も息が荒く、大量の汗をかいている。青い目があたしを捉えた。



「早く……ッ……殺せッ……!」

「………だ……め…………」



 かすれた声を上げながら、朱兎が手を伸ばしてくる。それを遮るように、蒼祁が声を被せてきた。



「俺は……もう…助からない………ッ……今なら……殺せ…るッ………!」

「…だ………め……!」

「華城さんッ! これをッ!」



 振り向くと、梅香がナイフを投げてきた。反射的にそれを受け取る。

 朱兎が唱えた魔法は、魔力譲渡魔法だった。発動者自身の魔力を渡す魔法。つまりたった今、蒼祁の中に朱兎の魔力が送り込まれた。

 どうしてそんなことを? ―――たぶん朱兎は、ウイルスに「普通の魔力」を送るために魔法を唱えたんだ。きっとそれでウイルスは今、怯んでいる。

 だから今なら、簡単に蒼祁を殺せるのかもしれない。

 でも…………!



「朱兎の努力を無駄にするなッ!」



 蒼祁の怒鳴り声に、あたしはハッと我に返った。



「こいつは死を覚悟して俺を止めたッ! お前はその努力を無駄にするのか⁈ 蘭李ッ!」



 そこまで言って、蒼祁は吐血した。あたしはナイフの柄を握り締め、蒼祁の傍に立った。

 ――――――そうだ。朱兎が体を張って作ってくれた機会なんだ。躊躇ってちゃいけないんだ。



 何より、朱兎の努力を無駄にしないために。



「…………ごめん……蒼祁……!」



 あたしはしゃがみこみ、ナイフを両手で持って振り上げた。

 そして、蒼祁の胸にナイフを振り下ろした。



「ッ……⁈」



 肉の感触と同時に、血が顔に飛び散る。ウイルスが抗っているのか、その傷口からはとてつもない量の衝撃波が出てきた。その抵抗のせいで刃の進行は止まる。吹き飛ばされそうになるのを何とか踏ん張り、あたしは全身の魔力をナイフに込めた。衝撃波に混じって電撃が飛び散る。蒼祁は、握り潰す程の力であたしの腕を掴んだ。骨が軋み、痛みが走る。



「くッ………!」



 刃が少しずつ進むにつれ抵抗が強くなる。あまりに強い衝撃波に、呼吸さえままならない。でも、ここで力を抜いたら負けだ。

 あたしがここで負けたら、全てが無駄になる……!



 負けない………! 絶対無駄になんかしない………!





「ッ…………ああああああッ!」





 全身の力をナイフに込めた。刃は肉の中を進み、そして――――――。





 ―――――――――抵抗は、無くなった。

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