15話ー④『余命』

 少年は少女に言いました。どこかへ行けと。

 少女は首を傾げました。彼が、彼女と共にいた、赤い目をした少年の兄であると分かると、少女は喜びました。



「これで、いえにかえれるね」



 しかし、少年は首を横に振りました。ポカンとする少女に、少年は静かに言い放ちました。



「俺は、弟を殺しにきた」



「………続いてのニュースです。昨日早朝、頭部が切断された男女数人の遺体が発見されました」



 テレビでニュースが流れている。健治は呆然とそれを眺めながら、カップを口に近付けた。コーヒーのにおいを嗅ぎながら、口の中へと一口分流す。熱々の苦い液体が喉を通った。

 蒼祁の病気を知ってから、今日でもう一週間である。蘭李の呪文は完成しておらず、軍への対策も思い付いていない。

 事態は深刻だと、健治は考える。白夜達がいくら協力し合っても、軍に勝てるとは思えない。朱兎への対策は当然されているだろうし、彼らに賛同する魔力者を集められるとも思えない。

 このままだと、彼らも死んでしまう。彼にとって、それだけは・・・・・何とかして・・・・・避けなければ・・・・・・ならなかった・・・・・・



 ―――――――――ピンポーン



「…………?」



 健治は首を傾げた。今日は休日なので、今朝から蘭李達は皆トレーニングルームに篭っている。正午近いこの時間に誰が訪れてきたのか、彼には予想出来なかった。



「誰だろう……」



 メルも特訓に付き合っている為、健治が対応した。玄関の扉を開けそこにいた人物に、彼は驚いた。



「………!」



 ソファーに着席する蘭李。ちらりと視線を前へやる。テーブルを挟んだ向かいのソファーに座っている、黒髪碧眼の青年。優雅に足を組むその姿は、蘭李には見慣れたものだった。



「で? お前は習得出来たのか?」



 蒼祁は妖しく笑いながら言い放った。

 そう。彼こそ、健治宅を訪れた人物だったのだ。白いアウターはところどころ赤く汚れており、顔にもその跡があった。

 何故そんな格好になっているのか。蘭李はその姿に不審がりながらも、彼の問いに短く答えた。



「………出来てない」

「だろうな」



 ケラケラと笑う蒼祁。二人だけしかいないリビングは、いつもとは違って静かだった。蘭李はじっと蒼祁を眺める。特に苦しそうな様子ではなかった。

 しかし突然、その顔はピタリと笑みを止め、真剣な面持ちになった。



「そろそろ俺、死ぬんだよ」



 蘭李は目を見開いた。大きな黄色い瞳は揺れ動き、至って真面目に話す蒼祁を映している。



「多分、今日か明日辺りに」

「…………なんで?」

「一昨日からずっと取られっぱなしなんだ。そろそろ魔力が底尽きる」



 ぽたり、としずくが蘭李の膝に落ちる。続けていくつものしずくが、雨のように落ち始めた。



「いやだよ………死なないでよ………蒼祁……」



 膝上に雨を降らせる蘭李は、か細い声で呟いた。



「いやだあ………やだよ………」

「良いじゃねぇか。もう俺にあーだこーだ言われること、無くなるんだぜ?」

「そんなのッ!」



 がばりと顔を上げた蘭李は驚愕した。蒼祁は笑みを浮かべていた。いつものように、誰かを嘲笑うかのような笑みではなく、妖しく目を光らせながらでもなく、

 ――――――辛そうな、苦しそうな笑みを。





 ――――――アニキ………本当は死にたくなんかないんだよ。





 朱兎の言葉を思い出した。蘭李は蒼祁の表情を見て、本当なんだと確信した。



 ならば………ならあたしが出来ることは………。

 今、やらなければいけないことは……!



「………蒼祁。まだ時間はあるよ」

「は?」



 蘭李は立ち上がり、白い手袋で覆われた蒼祁の手を取った。戸惑う彼を見下ろし、黄色い目を光らせて強く言い放つ。



「魔法の練習しよう! 絶対出来るようになるから!」

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