15話ー④『余命』
少年は少女に言いました。どこかへ行けと。
少女は首を傾げました。彼が、彼女と共にいた、赤い目をした少年の兄であると分かると、少女は喜びました。
「これで、いえにかえれるね」
しかし、少年は首を横に振りました。ポカンとする少女に、少年は静かに言い放ちました。
「俺は、弟を殺しにきた」
*
「………続いてのニュースです。昨日早朝、頭部が切断された男女数人の遺体が発見されました」
テレビでニュースが流れている。健治は呆然とそれを眺めながら、カップを口に近付けた。コーヒーのにおいを嗅ぎながら、口の中へと一口分流す。熱々の苦い液体が喉を通った。
蒼祁の病気を知ってから、今日でもう一週間である。蘭李の呪文は完成しておらず、軍への対策も思い付いていない。
事態は深刻だと、健治は考える。白夜達がいくら協力し合っても、軍に勝てるとは思えない。朱兎への対策は当然されているだろうし、彼らに賛同する魔力者を集められるとも思えない。
このままだと、彼らも死んでしまう。彼にとって、
―――――――――ピンポーン
「…………?」
健治は首を傾げた。今日は休日なので、今朝から蘭李達は皆トレーニングルームに篭っている。正午近いこの時間に誰が訪れてきたのか、彼には予想出来なかった。
「誰だろう……」
メルも特訓に付き合っている為、健治が対応した。玄関の扉を開けそこにいた人物に、彼は驚いた。
「………!」
・
・
・
ソファーに着席する蘭李。ちらりと視線を前へやる。テーブルを挟んだ向かいのソファーに座っている、黒髪碧眼の青年。優雅に足を組むその姿は、蘭李には見慣れたものだった。
「で? お前は習得出来たのか?」
蒼祁は妖しく笑いながら言い放った。
そう。彼こそ、健治宅を訪れた人物だったのだ。白いアウターはところどころ赤く汚れており、顔にもその跡があった。
何故そんな格好になっているのか。蘭李はその姿に不審がりながらも、彼の問いに短く答えた。
「………出来てない」
「だろうな」
ケラケラと笑う蒼祁。二人だけしかいないリビングは、いつもとは違って静かだった。蘭李はじっと蒼祁を眺める。特に苦しそうな様子ではなかった。
しかし突然、その顔はピタリと笑みを止め、真剣な面持ちになった。
「そろそろ俺、死ぬんだよ」
蘭李は目を見開いた。大きな黄色い瞳は揺れ動き、至って真面目に話す蒼祁を映している。
「多分、今日か明日辺りに」
「…………なんで?」
「一昨日からずっと取られっぱなしなんだ。そろそろ魔力が底尽きる」
ぽたり、としずくが蘭李の膝に落ちる。続けていくつものしずくが、雨のように落ち始めた。
「いやだよ………死なないでよ………蒼祁……」
膝上に雨を降らせる蘭李は、か細い声で呟いた。
「いやだあ………やだよ………」
「良いじゃねぇか。もう俺にあーだこーだ言われること、無くなるんだぜ?」
「そんなのッ!」
がばりと顔を上げた蘭李は驚愕した。蒼祁は笑みを浮かべていた。いつものように、誰かを嘲笑うかのような笑みではなく、妖しく目を光らせながらでもなく、
――――――辛そうな、苦しそうな笑みを。
――――――アニキ………本当は死にたくなんかないんだよ。
朱兎の言葉を思い出した。蘭李は蒼祁の表情を見て、本当なんだと確信した。
ならば………ならあたしが出来ることは………。
今、やらなければいけないことは……!
「………蒼祁。まだ時間はあるよ」
「は?」
蘭李は立ち上がり、白い手袋で覆われた蒼祁の手を取った。戸惑う彼を見下ろし、黄色い目を光らせて強く言い放つ。
「魔法の練習しよう! 絶対出来るようになるから!」
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