13話ー③『魔警察』

「まあ元気出せよー!」



 橘がポンポンと、彗の背中を叩く。彗はうざったそうにその手を払いのけた。しかめっ面をして、橘から顔を背ける。



「いいじゃんか! 難易度が低い分なら!」

「あなたは蟻を踏み殺して「やったー! 勝ったー!」なんて思える?」

「思えるわけないだろ!」

「それと同じだよ」

「いや全然違うだろ⁈」



 すっ、すげえ……魔警察のこと「蟻」って言いやがった……そんな極端な例えあるかよ……。

 彗はハンデ無しを要求したが、風峰さんに丁重に断られた。何度訴えても同じで、結局ハンデ有りで始めることになったのだ。

 ただの命知らずか、それとも本当に自信があるのか……天下の天神家の娘だ。きっと後者だろうけど。

 こっちとしては絶対、難易度が低い方がいい。この人は、俺達もいるってことを分かっているのだろうか? それも含めて自信があるっていうのか? 恐ろしいな………。



「キャーーーーたすけてーーーー」



 ――――――今、物凄い棒読みな叫び声が聞こえたんだが。声のした方に目を向けると、ビルの屋上に、人影が二つ。

 鉄の扉の先に広がっていたこの街は、所謂「異空間」だという。健治さんの家のトレーニングルームと同じ仕組みなんだろう。道路も建物も空も、忠実に再現されている。

 物体はともかく、果たして空はどうやって作りだしているのだろうか? 訊いても教えてはくれなさそうだが……。



「誰かーーーーーーたすけてーーーー」



 屋上で叫んでいるのは、河東さんだった。縄で縛られている河東さん。その傍にいるのは風峰さん。片手には大鎌が握られている。



「クウ、もうちょっとそれっぽく出来ない?」

「え⁈ 結構名演技だったと思うんだけど……」

「………そっか」

「何その返事!」



「殺人犯」と「人質」がそんな親しげに話していていいのか……? どうも緊迫感に欠けるなあ……。

 ふと横目をやると、彗が鋭く二人を見上げていた。左手には既に、大剣が握られている。橘も槍を構えていた。



「即終わらせてやる」

「なあ、光属性ってどんな魔法使うんだ?」



 彗は答えず、地面を蹴った。高く飛び上がり、ビルの途中で窓を割って中へと侵入する。隣の橘はため息を吐き、苦笑いしながら俺を見た。



「ひとまず、お手並み拝見しておくか」

「あ、ああ……」



 ――――――――――――ドオオオオオオオンッ



 突如、轟音が鳴り響いた。ビルが一部、爆発したのだ。俺達は背後へと飛ぶ。屋上にいた風峰さんが河東さんを連れて、道路へと跳躍する。それを追うように、崩壊していくビルから彗が飛び出してきた。



「今のあいつが⁈」



 驚愕の声を上げる橘。彗は風峰さんに大剣を振り下ろした。河東さんを抱き抱え、風峰さんは飛んで避ける。



「成る程。自信があるだけのことをやってくれましたね」

「すっごいパワーだね! ワタシ、力強い女の子大好き!」

「クウ、ちょっと黙ってて」



 ある程度距離を取った風峰さん。彗はその場で大剣を振り下ろした。アスファルトについた瞬間、光輝く衝撃派が刃から飛んだ。それは地を這うように、魔警察へと走っていく。風峰さんは大鎌でなぎ払った。衝撃派は無くなったものの、風峰さんの周囲から一瞬、強い光が放たれた。あまりの強さに、俺も目を覆う。



「ッ――――――!」



 目を開けると、風峰さんの目の前に彗がいた。しかし二人の間には、飛炎さんがいた。飛炎さんは、風峰さんの大鎌を持って、彗の大剣を受け止めている。ギリギリと、刃が擦れる音がした。



「自信満々なだけあって、こんなに強い目くらましは初めて体験したわ」

「チッ……!」

「けどね、アンタ根本的に勘違いしてるのよ」



 彗から再び光が放たれる。視界が光に包まれた。目が慣れた頃に確認すると、衝撃的な光景が映っていた。

 道路に横たわる彗。大剣を持つ左腕には大鎌が突き刺さっており、悔しそうな顔には銃口が突き付けられていた。

 その銃を持っているのは、ワインレッドの目を光らせる、飛炎さんである。



「光属性は前線向きじゃないわ。あくまで援護に徹する方が、よっぽど勝率がある。つまりね………」



 飛炎さんは、彗に顔を近付けた。



「誰かと協力して戦わないと、ただの雑魚ってことよ」

「ッ……うるさいッ!」



 彗が鋭く飛炎さんを睨み付けた。ワインレッドと橙色の視線が絡み合う。



「天神さん。そもそも貴女は、魔警察というものがどういうものか、分かっていますか?」



 風峰さんが、飛炎さんの背後から顔を覗かせた。



「魔警察は、非魔力者に害を為す魔力者を排除するのが目的です。非常時ならともかく、毎回毎回あんな風に躊躇なくビルを破壊していては、一般人への被害が甚大ではありません」

「一般人なんて知ったこっちゃないわよ」

「アンタ、何しに来たわけ?」



 カチャリと、トリガーを触る音が聞こえた。彗の表情が険しくなる。



「アタシだって、それなりに気配りはしてるのよ?」

「えっ、そうなの?」



 疑問符を打ったのは、道路にぺったりと座る河東さんだった。飛炎さんは、目を細くして河東さんを横目で見る。



「何よ」

「だってカヤ、マイとしか任務行かせてもらえてないじゃん」

「そんなことないわよ! 一人でだってあるわ!」

「私を騙してね」



 恨めしそうに飛炎さんを見る風峰さん。この人、苦労してそうだなあ―――お疲れ様です、と心の中で労っておいた。

 ため息を吐いた風峰さんは、俺達や彗を見渡しながら言った。



「魔警察はあくまで一般人の味方です。なので、一般人の平穏を脅かしてもいい、などという心持ちではまず魔警察にはなれません」

「カヤはよくなれたね」

「アタシ猫被るの上手かったから」



 堂々と言ってるけど、あれはいいのか? バレたらアウトな気がするけど……。



「というわけで……」



 風峰さんがこちらに目を向けた。深緑の視線に捉えられる。



「もう一度皆さんで、我々を捕まえてください」



「さーて。どーすっかなー」



 橘が電柱にもたれながら呟く。腕を組み、空を見上げながら沈黙する。俺は横目を向けた。少し距離を置いて、縁石に座る彗がいる。左腕には包帯が巻かれ、時折そこをさすっていた。



「もういっそ三人で正面突破するか?」

「いやそれは………」

「じゃあ何かいい案あるか? 奴等を捕まえる方法」



 風峰さんと飛炎さんを捕まえる方法か……。正直、とても実力で勝てるとは思えない。今回風峰さんは人質を守るのに撤し、飛炎さんはその援護。以前みたいに、とんでもない威力の銃は撃ってくる気配が無いから、まだマシだろうけど……。

 ――――――………あ、そういえば……。



「あのさ」

「なんだ?」

「確証は無いんだけど……」



 俺は話した。飛炎さんの、あのとんでもない威力の銃のことを。

 ――――――撃った後、少しの間静止していたことを。



「それ本当か?」

「分からない。けど違和感はあったから、可能性はあると思う」

「それが本当なら捕まえられるじゃんか!」

「やめた方がいいよ、それ」



 異議を唱えたのは、彗だった。橙色の目で俺達を睨み上げながら、静かに立ち上がる。



「射程は分かってるの?」

「そこまでは………」

「なら圧倒的にこっちが不利。撃たれた後に見付けられるとも限らないし、そもそも弾を避ける自信あるの?」

「それは………」



 無い。撃ってくると分かって土壁を作っても、防ぎきれるかも不明だ。彗の言う通り、たしかにこの案は駄目だな……。



「……………あ! なら!」



 ポン、と手を叩く橘。俺と彗の疑問の視線を浴びる中、いたずらっ子みたいに笑いながら、橘は言い放った。



「逆に撃ち抜いてやろうぜ!」

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