7話ー⑧『地雷』

 蒼祁が腹に拳を入れると、雷は気絶しその場に倒れた。その一瞬の出来事に、卯申は少したじろぐ。が、すぐに余裕そうな表情に戻る。



「それは、貴方の優しさですか?」



 卯申の問いに、蒼祁は鼻で笑った。くるりと彼らに向き直り、右手をひらりと軽く上げる。



「俺は優しい人間だからな」

「……………貴方は愚かだ」

「あ?」



 卯申は不敵に笑う。彼の背後の男がしゃがみこみ、蘭李の鎖を外した。そして、彼女をポイと前へ投げる。蘭李はごろりと転がり、ちょうど卯申と蒼祁の真ん中くらいに収まった。



「その選択が、貴方自身を破滅へと導いた―――!」



 蘭李がむくりと起き上がった。黒く濁った黄色い瞳で、辺りをキョロキョロと見回す。やがて倒れる雷の姿を見て、ピタリと静止した。



「――――――え?」



 蘭李は雷をじっと見る。何がなんだか分からない、といったような表情を浮かべている。蘭李は次に朱兎を見た。彼にも同じような顔を向ける。そんな彼女に、金茶の目を光らせる卯申は語りかけた。



「その二人を殺したのは、そこの男ですよ?」



 蘭李は蒼祁を見た。蒼祁は無言で彼女を見下ろしている。目が合う二人だが、動く気配はない。


 そんな光景を、俺は遠目で見守っている。


 この山に飛ばされ、しかしただの人間だったが故か、敵にも会わずに山頂まで来た。初めは俺一人が飛ばされたのかと疑ったが、微かに聞こえた叫び声や銃声で、他の誰かもいると確信した。

 そしてちょうどその時、雷が山頂に来たのだ。声をかけようとしたものの、『師走卯申』とかいう、恐らく六支柱の奴に先を越され、こうして木の影に隠れて眺めているわけだ。

 ……え? なんで出ていかないかって? 俺が出たところで、余計に人質を増やすかもしれないだろう? 相手には気付かれてないんだし、こうして一発逆転の機会を窺っててもいいだろう。


 六支柱は、始めからこうするつもりだったのか。結果的には同じだけど、当初の計画では恐らく、雷と蒼祁が本当に戦い、雷が負けたところで蘭李を起こす。蘭李は幻術ないしは洗脳されていて、状況から雷が蒼祁に殺されたと認識する。そして今度は二人に戦わせる。それでも蘭李も敵わないだろうから、卯申達六支柱が手を貸すって算段だろうな。

 しかし果たして、そんなので本当に蒼祁を殺せるのだろうか? いくら「戦いにくい存在」を入れたところで、最強と言っても過言ではない彼に勝てるのだろうか?

 六支柱は、まだ何か隠している……?



「…………殺した? この人が?」



 その発言に、蒼祁が眉をひそめた。俺も違和感を覚える。蘭李が蒼祁を、まるで知らない人みたいに言うなんて―――幻術のせいか? 蘭李には、別の誰かに見えているのか?



「ええ。そうです」



 卯申の答えに、蘭李は目を見開いた。

 これ、マズイんじゃないか? やっぱり蘭李は洗脳されている。早く気絶させないと、蒼祁と戦うことに―――!





「―――――――アッハハハハハハハハハハハッ!」





 ―――――――――――――は?





殺したのは・・・・・あたしじゃない・・・・・・・……ッ! あたしじゃないんだッ……!」



 蘭李は笑った。空を仰ぎ、ネジが外れたように笑った。蒼祁は何も言わず、表情も変えない。卯申とその仲間は、驚愕していた。かくいう俺も、驚きを隠せない。

 いや………恐ろしい。恐ろしいんだ。

 何故笑う? 友達が殺されたんだぞ? 普通悲しむだろう? 悲しすぎておかしくなった?

 それに、その発言はまるで、人を殺したことのあるような――――――。



「な……何を笑っているのですか? ご友人を殺されたのですよ?」



 卯申は戸惑いながらも、冷静に語りかけた。蘭李は彼に振り返る。よどんだ瞳は、じっと彼を見据えた。しかし、だんだんと焦りの色を浮かべてきた。



「――――――――まだ・・生きてる・・・・………⁈」



 蘭李は立ち上がり、後ずさった。その反応に、卯申も俺も驚く。彼女はぺたぺたと自身の体を触り始めた。ポケットにも手を突っ込んでいる。

 なんだあれは………何かを……探している?



 ――――――――――――ゴトッ



 刹那、蒼祁が拳銃を落とした。蘭李の目の前に。蒼祁は何も言わない。彼女は目を見開く。

 何故……銃を? うっかり落としたわけではない。完全に意図的に落としていた。彼は蘭李に何をさせる気なんだ?



「うっ………ああああああああああああああああっ!」



 蘭李は銃を取り、叫んだ。それと同時に、発砲音が響いた。一瞬のことで、何が起こったのかはすぐには理解出来なかった。

 うっすらと硝煙を放出する銃口は、卯申に向けられていた。卯申の表情は驚愕で固まっている。彼の周りには、結界のようなものが張ってあった。しかし、鼻根辺りを中心として円状に、ガラスを割られたように拳一つ分位の穴が開いていた。卯申の体がゆっくりと後ろに倒れていく。

 ――――――嘘だろ……?



「はっ……はっ……はっ……!」



 拳銃を握る蘭李の左手は、目に見える程震えていた。顔も青ざめている。

 彼女が撃ったのは確実だ。しかし、とても信じられなかった。蘭李が人を殺した。しかも銃で。コノハではあんなに「傷つけたくない、殺したくない」と言っていたのに、あっさりと殺してしまった。



「………!」



 卯申の仲間の男が、彼を抱えて突如消えた。瞬間移動の魔法道具だろうか。だけどそれよりも、蘭李の状態が気になってしょうがなかった。

 蘭李はゆっくりと辺りを見回した。蒼祁を見つけると、再び銃を構えた。次の瞬間には、銃声が響く。



「もう寝てろ」



 銃弾は木の幹に食い込んだだけだった。蒼祁は蘭李の背後にいた。彼女の首裏を手刀で素早く叩き、蘭李を気絶させる。俺は息を飲んだ。

 蒼祁にも銃口を向けた。卯申を殺したから、洗脳が効いてないはずなのだが……?

 それに蒼祁は、何故拳銃を渡したのか。こうなると分かっていたのか?

 何故、銃弾が結界を突き破ったのか。魔法道具を仕込んでおいたのか?

 疑問が多すぎる。とても一度に理解するのは無理だった。



「おい、そこにいるんだろ? 出て来いよ」



 ビクリと肩が上がった。その言葉が俺に向けられていることくらい、すぐに分かった。

 ばれていたようだ。彼に気配を悟られずにいるのは無理そうだな……。

 俺は立ち上がり、木々の間から彼に姿を現した。蒼祁はフン、と鼻を鳴らして俺を出迎える。



「助ける気もないなら、なんでお前はついてきたんだ?」

「助ける気はあったよ? だけどタイミングを考えないと、俺みたいな非力な人間は足手まといにしかならないだろう?」

「非力な人間ねえ」



 青い視線が向けられた。海斗とは異なる、どこか神秘的な何かを感じさせるような色。うっかりすると、見入ってしまうような雰囲気。

 けれど、心の中を探られているようで、決して良いものではなかった。



「まあいい。とっとと帰るぞ」

「他の皆を助けないと」

「一人は忌亜とかいう奴が先に連れて帰った。あまりにも怪我が酷かったからな」

「それは誰かい?」

「忌亜は『白夜』とか言ってたかな」



 白夜……怪我が酷いのか。大事に至らないと良いけど……。

 残りは海斗と槍耶か。メルが早く来てくれれば探しやすいが……。



「主!」



 まさに期待していた声が降ってきた。見上げると、白い羽を羽ばたかせるメルが降りてきていた。隣で蒼祁が、興味深そうに「ほう」と呟く。メルは目の前に降り立った。



「遅れて申し訳ありません!」

「いや、それより槍耶と海斗を探してくれ!」

「かしこまりました!」



 メルが再び空へと飛び立つ。間に合うといいが……どうか無事でいてくれ。二人とも。

 蒼祁がしゃがみ、蘭李と朱兎を両肩に抱えた。蘭李の寝顔を見ると思わず、先程のことを思い出してしまった。

 ――――――彼女が、卯申を殺した瞬間を。



「何ぼーっと突っ立ってんだよ。お前も雷とかいう奴担げ」

「……ねえ、蒼祁。君はさ」



 蒼祁が不審な目を向けてくる。しかし、訊かずにはいられない。

 蘭李のあの様子―――何かがおかしかった。蒼祁が友人を殺したと聞いて、笑っていた。洗脳されていたはずなのに、銃で卯申を殺した。洗脳主である卯申を殺したのに、今度は蒼祁を殺そうとした。



「蘭李に何をさせたんだい?」



 何もしていない―――そう返ってくるだろう。だけど、何故だかそう問いかけてしまった。

 沈黙が流れる。蒼祁は真っ直ぐに俺を見ていた。やがて、嘲笑するように笑い、青い瞳を光らせた。



「友達を殺させたんだよ」





 こうして、少年少女の反逆劇は終わった。結果だけを見れば、双子は無事に生きているから勝ちと言えるだろう。

 しかし現状を考えると、とても勝ったとは思えなかった。コノハは取られたまま、白夜は大怪我で意識不明、槍耶と海斗は毒のせいでしばらく動けない。雷は責任を感じてすっかり気落ちしてしまい、紫苑も何か悩んでいるようだった。

 そして蘭李はといえば………。



「ごめんなさい……ごめんなさい……」



 ――――――ずっと、誰かに謝り続けていた。







7話 完

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