8話ー①『残った者』
「お前達はしょっちゅう怪我するな? そんなことで魔力者をやっていけるのか?」
若干キレ気味に声を上げた、白衣の眼鏡男・若俊。バサリとデスクに書類を放り、組んだ足の膝に手を乗せる。レンズ越しに、真っ黒い瞳が健治を貫いた。健治は薄く笑う。
「良いじゃないか。お客様は神様。病院だってそうだろう?」
「抜かせ。そんなことを言っていたら医者は皆死ぬぞ?」
「でも君には、殺される程の患者はいないだろう?」
若俊の睨みが、さらに鋭さを増した。診察室に沈黙が流れる。健治の背後に立つ蘭李は、ぼんやりと室内を眺めていた。彼女の傍では、睡蓮が心配そうに彼女を見下ろしている。
六支柱との戦いの後、蘭李達は再び赤いポストで帰宅した。時刻は既に、空がオレンジ色に染まる夕方である。
白夜と槍耶と海斗は、怪我の為若俊に治療してもらい、紫苑と雷は彼らの様子を見ている。蘭李は健治に連れられて、直接若俊の元へと訪れた。
なかなか部屋から出ていかない健治に、若俊がうざったそうに問いかける。
「で? まだ何か用か?」
「携帯出来る治療薬って、貰うことは出来るかな?」
「ここは店じゃない。欲しいなら魔法道具屋にでも行くんだな」
「じゃあもう一つ。携帯出来る「魔力を吸いあげる装置」は………無いよね?」
「あるわけないだろ。魔法道具屋にだってそんなもの置いてないっていうのに」
「分かったよ。じゃあ、白夜達をよろしくね」
「言われるまでもない」
健治がひらりと片手を上げ、くるりと踵を返した。スタスタと部屋から出ていく。途中で蘭李の肩をポンと叩き、彼女と睡蓮も彼についていった。
廊下に出ると、そこは少ない照明のみで照らしている為に薄暗かった。人の気配もまるでない。二人の足音だけが響いていた。
「薬は夏に売ってもらうしかないね」
「…………別にいいよ」
「え?」
健治は振り向いた。蘭李は俯いたまま、彼の横を通り過ぎる。睡蓮は蘭李と健治を交互に見て、彼女に慌ててついていく。
「いらない」
「そういうわけにはいかないだろう?」
健治が小走りに蘭李の背後についた。彼女の肩に手を置くが、振り払われてしまう。
「蘭李、コノハを取り返しに行くなら治療薬は必須だよ。例え蒼祁や朱兎が一緒だとしてもだ」
「なんで? いらないじゃん。あいつら強いんだし」
「彼らが強いからって、君が無事でいれる保証はどこにもないんだよ?」
「大丈夫だよ。だって戦争の時は守ってくれたもん」
「昔と今は違うんだよ」
ぐいっと健治が強く、蘭李の肩を引いた。不満そうな彼女と目が合う。蘭李はまた振り払おうとしたが、力を入れた健治には抗えなかった。
「戦争の時は、まだ君達は知られていなかったから勝てた。でも今は違う。恐らく相当研究されているよ」
「それでも今回二人は死ななかったじゃん」
「だが君は洗脳されただろう?」
蘭李は唇を噛み締めた。何も言い返せず、悔しそうに俯く。ため息をついた健治が静かに手を離した。
「一週間以内にコノハを取り返さないと君の魔力は暴走する。焦る気持ちは分かるけど、ちゃんと準備していかないと……」
「魔力が暴走? どういうことだ?」
廊下に響く第三の声。蘭李の背後から歩いてきたのは、蒼祁と朱兎だった。彼らも、蘭李達と一緒にこの町に来ており、病院内を一通り歩いてきた後だった。
蘭李は二人を睨んだ。朱兎はその視線に萎縮するが、蒼祁は気にした様子はない。健治も彼らを見据えた。
「コノハがずっと魔力を吸い上げているせいで、蘭李は魔力を永遠に回復し続けるような体になっちゃったんだよ」
「ほお………ま、そうなるか。だが、お前が今焦ってる理由はまた別だろ?」
蘭李は眉をピクリと動かした。自然と拳に力も入っている。健治が不思議そうな視線を向けると、蒼祁は言葉を続けた。
「「あの時」のことを見せられた上に、コノハがいないこの状況が怖い―――そうだろ?」
目を見開いた蘭李。蒼祁はニヤリと笑い、左手を腰に当てた。
「お前が洗脳された時のあの反応……すぐに「あの時」のことを見せられたんだと分かった。
「なんだって……?」
健治の驚愕した呟きに、呆れたように蒼祁が言い放つ。
「ああいう奴らは常に生命原石は持ってる。常識だな」
「だけど生命原石なんて、そうどこにでもあるものじゃないだろう?」
「光軍はデカイ組織だし、六つくらいあっても不思議じゃないとは思うが?」
「そうなのか………」
その最中、蘭李は突然駆け出しその場を去ろうとした。瞬時に蒼祁が右腕を、彼女へ向け水平に上げる。その指先から放たれた青い紐が両手足に巻き付き、蘭李は静止させられてしまった。
「逃げんな。お前、いつまで引きずってるつもりなんだ?」
思いっきり紐が引っ張られ、蘭李は尻餅をついた。彼女はキッと蒼祁を見上げる。彼も青い視線で彼女を見下した。
「………蒼祁には関係ないでしょ」
「関係あるから言ってんだろ。なあお前……」
ガシャンと音が鳴った。蒼祁がコートのポケットから、何かを蘭李の目の前に落としたのだ。彼女が視線を落とすと、そこには銃(・)が落ちていた。蘭李の目が大きく見開かれる。
「もうコノハを使うのはやめろ」
「ふっざけんなよッ!」
蘭李は立ち上がり、銃を思いっきり蹴った。銃は大きな音を立てて廊下を滑っていく。蘭李はそのまま蒼祁の胸ぐらを掴み上げた。
「コノハを見捨てろってこと⁈」
「違う。取り返してもそのまま使うなってことだ」
「同じことでしょ⁈」
「なら訊くが、なんで銃を使わないんだ?」
蒼祁は目を青く光らせた。冷酷なその視線に、蘭李はたじろぐ。しかし、黄色い瞳はすぐに睨み返した。
「必要ないからだよ」
「必要ない? ハッ、笑わせるな。コノハごときで、どんな敵にも対処出来るわけないだろ?」
「でも現に今あたしは生きてる!」
「周りが助けたからだろ。自惚れてんじゃねぇよ」
唐突に、健治が二人に割り込んだ。二人共彼を睨むが、すぐにそっぽを向いてしまう。健治はふう、と一息し、蒼祁を見た。
「君が言っていた、蘭李が銃の才能を持っているっていうのは本当かい?」
「本当だ。俺が教えてやったしな」
「ウソだよ。銃なんて全然使えない」
「六支柱の頭ぶち抜いといてまだそう言うか」
「偶然当たっただけでしょ」
「しっかし、使ってなかったにも関わらずスキルは衰えてないな。そこだけは尊敬する」
「もういい加減にしてよッ!」
蘭李は叫んだ。彼女の目には涙が溜まっており、健治は驚きの表情を浮かべた。それでも蒼祁は冷めた瞳で見ている。
「蒼祁には関係ないでしょ⁈ あたしが何を使おうが指図される筋合いはないッ!」
「あるって言ってんだろ。というかお前、悪魔に狙われてんだろ? 銃も使わないとすぐ殺されるぞ?」
「うっさい! もうあたしに関わるなッ!」
蘭李はそう吐き捨て、廊下を駆けていった。健治が彼女を呼び止めるが無駄に終わり、不安な表情を浮かべる。睡蓮は彼女を追いかけ、朱兎は心配そうに廊下の先を見つめた。
ちょうどその時、雷と紫苑が彼らのもとへ戻ってきた。たった今の事情を聞くと、二人も彼女を心配した。
そんな中、蒼祁は飛ばされた銃を取りに行き、それをコートのポケットにしまった。何かを話し込んでいる健治達を眺めながら、ぼそりと呟く。
「………先にあいつを片付けるか」
彼の言葉は、誰にも聞かれず薄暗い闇の中に溶けて消えた。
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