6話ー⑤『友達』

 いつもなら鍵がかかっている。しかしドアノブを回すと、抵抗されることなくドアは開いた。紫苑はゆっくりとくぐり、屋上に入る。曇り空のせいで辺りは薄暗く、今にも雨が降りそうだった。ひんやりとした風が吹く中、一人の男子生徒が立っている。彼の横には、スクールバッグが置かれていた。彼は紫苑に気付くと、穏やかな笑みを浮かべる。



「やあ………忌亜くん」

「やっぱり……篠塚……!」



 紫苑は『篠塚』を睨んだ。篠塚は変わらず微笑んでいる。



「なんでお前が……!」

「あの男の人が、僕の願いを叶えてくれるって言ったから」

「あの悪魔のことを信じたのか⁈」

「僕見たよ。忌亜くん、この世界には魔法っていうものが本当に存在するらしいね?」



 サーモンピンクの瞳が紫苑を捉えた。彼は戦闘体勢に入る。篠塚が、右手をズボンのポケットに突っ込みながら微笑を浮かべた。



「それを見て思ったよ。これなら願いが叶えられるって」

「願い……?」

「そう」



 篠塚はポケットから手を戻した。その手には、野球ボールくらいの黒い球が握られていた。紫苑の視線がそこに集中する。篠塚は幸せそうな、辛そうな笑みを浮かべた。



「これでやっと、手に入れられる……!」



 篠塚は球を紫苑に向けて投げた。



「がはッ……!」



 白夜が咳き込むと、口から血が飛び出した。悪魔が彼女に飛びかかろうとする。白夜は振り向いて、右の手のひらを彼に向け突き出した。彼の影から黒い手が二本現れ、彼の胴体を掴んだ。白夜は逃げるように駆け出す。



「人間の闇が、悪魔の闇に勝つと思ってんのか?」



 悪魔がそう呟くと、同じく影から黒い手が二本現れる。それらが彼を捕まえている手に掴みかかると、白夜の黒い手は二本とも、悪魔の黒い手に吸収されてしまった。吸収した手は、少し大きくなる。そのまま一本は、白夜の去った方へと飛んでいった。もう一本の手に悪魔は乗り、彼女を追いかけた。



「裏に行くつもりか」



 白夜は校舎の脇を通って、静かな校舎裏へと向かう。当然誰もいない。だからこそ彼女はここに来たのだ。戦っているところを、誰かに見られてはいけないからである。

 白夜は振り向く。手から降りた悪魔と対峙した。



「諦めろ。お前じゃオレに勝てない」

「例えそうでも諦めるもんかよ……私だって死にたくないんでね……!」

「………なあ、なんで放っておかなかったんだ?」



 悪魔の問いに、白夜は少し首を傾げた。



「本当に自然に寝てるだけかもしれない。それなのにわざわざ訊き回ったりして……」

「コノハが取られたってなったら、何かされたって考えるのが自然だろ」

「なら、なんでそこまで華城に手を貸す? あいつはそんなに大切なのか?」

「友達だからな」

「………友達、ねえ」



 鋭い黄緑の視線が白夜を貫く。白夜は地面に手を当てた。彼女の影から黒い手が現れ、悪魔へと向かっていく。悪魔も影から手を作り出し、対抗した。ちょうどその時、秋桜が空から飛んできた。



「大丈夫か⁈ 蜜柑さんが蘭李を起こしに行った!」

「そっか……! 睡蓮は―――」

「おお、お前は友達を裏切った華城秋桜じゃないか」

「っ………!」



 嘲笑したような言葉に、秋桜がたじろぐ。白夜の二本の手は、悪魔のものに吸収された。秋桜は悪魔を睨み付けた。悪魔は不敵に笑っている。



「何も言えないか。事実だもんな」

「………」

「華城は皆そうだ。自分のことしか考えてない。そんな奴を助ける義理なんてどこにある?」

「……そんなことねえよ」



 白夜のその言葉に、悪魔はピクリと眉を動かした。白夜は真っ直ぐに悪魔を見据える。



「人間なんて皆、自分がかわいい。そんなことは分かってるよ。私だって人のこと言えないし。そこも含めて皆友達でいるんだ。だから、私は助ける」



 悪魔の周囲に闇が充満していく。高まっていく殺意に、白夜達はじりじりと後ずさった。悪魔は目を光らせた。黄緑色の視線が、紫色の瞳を捉えた。



「なら、殺してやる。助けなきゃよかったって思うようにな」

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