5話ー⑤『あっけない終わり』

「はあー。アンタねえ、いつまで泣いてるつもり? いい加減うざいんだけど」


 助手席に座るカヤが、呆れたようにため息を吐いた。腕を組み、苛立った顔で流れる風景を眺めている。

 運転手の若俊はバックミラーに視線を移した。蘭李は後部座席で俯いたまま動かない。カヤが再びため息を吐き、素っ気なく吐き捨てた。


「魔力者なんていつ死んでもおかしくないのよ。だから戦えないあの老婆は死んだのよ」

「お? 励ましてるのか? お前が?」

「違うわ。これ以上傍でめそめそされるのがうざいだけ」

「照れるなよ」


 カヤが若俊の頭を思いっきり叩いた。「痛いな」などと呟きながら、眼鏡の位置を整える。


「事故るだろ」

「自業自得よ」

「チッ……まあ華城、こいつの言う通りだな。死ぬ時は死ぬんだ。覆らない運命もある。特にあいつらの魔力は強力だからな。あいつらの夢に抗いたいっていう話がそもそも無理なんだ」


 ―――蘭李の放った弾丸は、老婆を切り刻んだ直後の女の頭部に当たった。そのおかげで女は死亡したが、老婆も息絶えていた。残党は老婆の死を確認するとあっという間に退散してしまい、取り残された蘭李は血を流しながら部屋に戻った。


「おばあさんは!?」


 部屋で蘭李を出迎えたのは、不安と疑念の声だった。彼女は目を見開くが、決して慎の方を見ようとしなかった。

 慎はふらふらとベッドから降りる。父親の制止も聞かず蘭李へと駆けた。彼女の胸倉を掴み上げる。


「おばあさんはどうしたんだよ!」

「おいやめろっ!」


 慎を蘭李から引き剥がすコノハ。しかし彼の興奮は収まらなかった。同時に呼吸も荒くなっていく。


「守ってくれるって言ったじゃないか! こんなことなら僕の護衛なんかしなくてよかったのに!」


 慎はその場に泣き崩れる。蘭李は何も言えなかった。代わりに慎の父親が怒声を上げた。


「慎! 何てこと言うんだ! 謝りなさい!」

「絶対に……絶対に正夢にしたくなかったのに!」



 蘭李は再びしゃくり上げる。三度目のため息が助手席から聞こえたきた。


「アンタどうにかしなさいよ。子供の相手得意でしょ?」

「誰がいつ言った」

「アンタ小児科じゃなかったっけ?」

「総合病院だ」

「ふーん」

「しかしあいつら、一体どこの差し金だったんだろうな」

「いくら拷問しても吐き出さなかったわね」

「お前、拷問下手くそすぎだ。すぐ死んだぞ」

「アイツらが弱いのが悪いのよ」


 車がガタガタと揺れる。蘭李は顔を上げ、虚ろな目で窓の外を見た。木ばかりしか見えない山道を写す黄色の瞳は赤く充血しており、頬には涙の跡がある。そんな彼女のことを、睡蓮は心配そうに見下ろしていた。


「蘭李……大丈夫?」

「お前のせいで死んだって、誰も文句は言わないさ」


 睡蓮の横で秋桜が、後頭部で手を組み寝そべりながら呟いた。蘭李は鈍い音を立てて窓に頭をぶつけた。そのまま動かなくなる。


「それに良かったじゃん。正夢には・・・・ならなかったんだし・・・・・・・・・

「そうなの? 秋桜兄」

「ああ。だって夢の条件は『慎がその場を見ていること』だろ? でもあいつは現場にいなかった。事件は夢から引き起こされたものかもしれないが、結果は正夢ではなく普通の殺人・・・・・ってことじゃん」

「なるほどお。たしかに」


 蘭李は口を閉ざしたままだった。ため息を吐く秋桜の横で、蜜柑が訝しげに彼女を見下ろす。


「何故そこまで気にするのかが我には理解出来ぬ。それに、あの時のおぬしの行動も不可解じゃったな」


 幽霊二人の視線が蜜柑に移った。


「銃を使うのを躊躇っておった。初めてで戸惑ったようには見えなかったし……まるで、何かに怯えているようじゃったな」


 蜜柑は蘭李の視界に入るよう回り込み、鋭い瞳で捉えて問う。


「おぬし………昔、何かあったな?」


 カヤと若俊は二人で話している。蘭李にとってその声は、遥か遠くから聞こえているようだった―――それは、彼女自身の意識が遥か遠くにいるからか。

 むくりと窓から頭を離した蘭李。蜜柑を見上げ、うっすらと笑みを浮かべて答える。


「別に。何もないよ」


 探るような視線と、それを強く拒む視線。どちらが折れることはなく、次第に険悪なムードへと変化していく。

 それでも蘭李はそれ以上何も言わなかった。四人の華城はその日、沈黙のまま帰宅したのだった。



* * *



5話 完

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