第2話 始まり
♪しゅくーめいってやつが~♪
突如聞き覚えのあるメロディが聞こえてきて、私はハッと動きを止めた。
これは、今まさに私が掛けようとしていた夫、圭吾のスマホの着信音に違いない。
音源を探すと、リビングの丸テーブルの上でそれは、バイブレーションに身を振動させている。
顔をぐっと近づければディスプレイには数字だけの見慣れない番号が。
…なんだか嫌な予感がする。躊躇いながらも、私は恐る恐るそれをとった。
「あの~、もしも…」
「◯×▽※*ゝ_℃∞@◆●#%☆★′ーーーーーー!!!!!」
突然、爆音のような叫び声が聞こえ、私は思わず耳を離す。
一呼吸して気を取り直し、今一度それを耳に当てると、私は小さな声で言葉を発した。
「あ、あの~、すみません。夫はただ今仕事に行っておりまして…」
「あ、なんじゃおまえは?
さては、佐倉の女房か。どうもこうもないわあの
え、え?
「あの、失礼ですけど、誰かとお間違えじゃないですかね。うちはそちらからお金なんか借たことないんですけど…」
「はあぁっ!?」
「ひっ、すみませんっ」
「…まあええわ。なんも聞かされとらんのやな、可哀想に。
…なああんた、佐倉の嫁なんやろ?
ならあんたと話させてもらいまひょか。
今週中に____」
ピッ!
思わず通話を切ってしまった。
な、ナニナニなに。
一体何が起こってるの?
借金、バッくれ?
え、え?
私は、もう一度あたりをよーく見回した。
私はこの家に関してはプロフェッショナルな専業主婦だ。
家にある物の配置と数は、残らず記憶している。
ちなみに、"7つのまちがい探し"も大得意だ。
私は、この部屋のいつもの姿を頭の中に描くっ、もう一度、散らかった部屋を見回した。
買い物に行く前には有り、今は無いもの…
干してあったパンツとシャツ、圭吾の服が入った箪笥の引き出し、預金通帳の引き出し、それに……
圭吾のスーツケース。
あー成る程ね、こりゃビンゴだわ。
って…
ウソ。
さっきの電話、
つまり、これっていわゆる夜逃げってやつで、
この惨状は…
圭吾の仕業だったんだ!
そんなまさか。
一体何が起こっているのかさっぱり分からない。
さっきの電話、ヤバそうな人ではあったから、圭吾の方にも、余程のことがあったんだろうけど。
それでも、私たちを置いて?
自分だけ逃げ出した?
そんなこと…そんなことって……
「う そ で しょ ーーー!!!…って、ん?」
ふとみれば、丸テーブルの上に置かれたコップの下に、決定的なものが置いてある。
それは置き書き小さなメモ用紙。
走り書きでたった3文字の
「ニ ゲ ロ 」
それからその下に、事務的な用紙が一式ある。
震えながら持ち上げたそれは、片方だけが走り書きで埋められた離婚届だ。
それで私は、事態が思った以上に切迫していたことを理解した。
こうしてる場合じゃない。
逃げなくちゃ!
私は圭ちゃんを抱っこで抱えたまま、大急ぎで準備をはじめた。
その間にも、圭吾の携帯はひっきりなしに鳴っている。
このままここにいたら恐らく、さっきの電話の男みたいな奴らが大挙して押し寄せて来るに違いない。
準備にかかった時間はおよそ10分。
貴重品と、とりあえずの身の回り品だけをトートバッグに突っ込み、私たち母子は、
♪しゅくーめいってやつがー♪
のBGMを背中に、住み慣れた家を飛び出したのだった。
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