第13回:現役時代、世界征服がどんなにキツくても、投げ出すつもりはなかった

ーー午前三時。ホタルホタテ職人の朝は早い。深い夜から朝方にかけてしか、お目当てのホタテを取ることができないからだ。空に大量の星が瞬き、家族や、魔族でさえも寝静まった時間帯に、ホタホタ職人であるサニー伊井田さんは家を出発する。



「一年間、毎日こんな感じの生活ですよ。朝は早く起きて、漁に出るでしょ。そんで午前中市場に新鮮な魚介類を卸したり買ったりしてね、店に戻って昼の客の仕込みをして、夕方まで仮眠取る。目が覚めたら夜の客の前で魚捌いてね。また三時ごろまで仮眠取るんだ」



ーーサニーさんはそう言って、取材班に対し笑顔を見せた。一般的に、一人前のホタホタ職人になるには約十年以上の修行が必要だと言われている。さらに下積み時代には魚にすら触れさせてもらえず、皿洗いや店の掃除、おつかいや御用聞きなど、雑務がほとんどだ。



「最初の頃は大将からアレやれコレやれって、訳も分からず言われたことやらされるだけでさ。そりゃあ、ちっとも面白くないよね(笑)。でも五年も十年もやってるうちに、刺身だったり汁物だったり、次第に料理のレパートリーが増えてくんだよ。からっきしだった自分にも、素人なりに見様見真似でちょっとずつ腕が上がっていってるのが分かるんだ。そうなると、どんどん楽しくなって来るね」



ーー『今までやりたくてもできなかったことが、できるようになるのが楽しい』。そう語るサニーさんの目は、まるで少年のように輝いていた。だが厳しい修行時代を終えても、戦いはさらに続く。自分の店を持ったとしても、固定客を獲得するまでは安心できない。今やこのファンタジアも外食産業は盛んで、ライバル店は日に日に増え続けている。朝から晩まで働き、丸々一日の休みは一カ月に一度あるかないか。つらい、辞めたいと思ったことはないのだろうか?



「もちろん、何度もあるよ(笑)。なんでこんなことやってんだろう……って、自分でこの道選んどいて(笑)。それに周りの友達なんか、カレンダー通りに休んでるだろ? その間もこっちはずっと働いてるわけ。若いうちは特に、遊びたいじゃない(笑)。『でもサボったら大将怖いしなあ』とか、『ここで辞めたら収入が……』とか。ナントカカントカ”言い訳”しながら、今日まで続けてきた(笑)」


ーーシュヴァイニー町の一角にある『サニー伊井田屋』は、今では一カ月先まで予約が入ってる超人気店である。最後に、サニーさんが職人になってうれしかったことを聞いてみた。



「やっぱり、お客さんが喜んでくれることかなあ。これはやってみないと、実感が湧かないかも。カウンターに立ってさ、目の前で自分が作った料理を食べてくれてさ。それで『美味い』なんて言ってもらったら、一日の疲れも吹っ飛ぶってもんさ」



□ああ、世界を征服して良かったな□



花:今回は、シュヴァイニー町と言うことですが。

魔:はい。八村目に征服した町ですね。この町にはファンタジアから腕利きの職人や料理人が集まっていて、美味しい料理屋がたくさん並んでいるんですよね。

花:魔王さまのお仕事って、どんなスケジュールなんですか?

魔:私は現役の頃は、大体毎朝七時に起きてました。それから九時までに現場入りして、みんなの前で朝礼ですね。そこから昼休憩を挟みながら、大体十八時ごろまで征服活動です。それでも作戦会議や戦闘が終わらない時は、夜中の二十三時くらいまでやってることはありましたね。

花:フゥン……。

魔:どうしました?

花:いえ、それは大変ですね。肩とか凝ったんじゃないですか?

魔:ええ。現役中は、疲れが取れたことはありませんでした。


花:新米征服者として魔王になりたての頃も、やはり同じような?

魔:新人の頃は、もっと大変でしたよ。一時間前に現場に来るのは当たり前でしたし。

花:へえ……。

魔:……何ですか?

花:いや、それはとてもつらい修行時代ですね。征服を途中で挫折しようとしたことは?

魔:それはありません。好きでやってることですから。でもたまに終電逃しちゃったりした日は、『あれ? 俺何してんだろう?』みたいな(笑)。

花:(笑)。

魔:若いうちは、やっぱり誘惑も多いじゃないですか。毎日カレンダー眺めてね、土日祝日の数を数えて。『来週は三連休だから、それまで頑張ろう。友達誘って町までホタホタ食べに行こう!』とか。『いつもは五〜六時間くらいしか寝てないから、休みの日くらい昼まで寝てよう!』とかね(笑)。


花:逆に、魔王になってよかったことってありますか?

魔:そうですね……なんだろう? 

花:なければ無理してあげなくても……。

魔:やっぱり……征服した村の人が、喜んでくれることですかね。


花:……なるほど。

魔:……??

花:喜んでくれること、ですか。

魔:はい。このシュヴァイニー町なんかもそうなんですけど。征服してからふらっとこの町を訪れた時に、夜中の零時過ぎまで開いてる魚介の専門店があって。

花:随分遅くまで開いてますね。

魔:でしょう? 料理も格別に美味くて。そこの大将がね、また良い人なんですよ。私のこともご存じで、『魔王さまが世界を征服してくれて良かった、魔族と和解したおかげでホタホタが安定して取れるようになった』って、それはお世辞なんでしょうけど。また行ってみたいなあ。人気店みたいで、なかなか予約取れないんですよね……。


花:良い人ですね。

魔:でしょう? 私は実は若い頃一度だけ、ホタホタ好きが転じて、ホタホタ職人になろうと思ったことがあったんですよね。

花:へええ! 魔王さまが料理人ですか。

魔:ええ。でもね、あんまり仕事内容がキツくて、三日で辞めちゃった(笑)。とてもじゃないけど、私なんかがやっていける世界じゃないなって。やっぱり職人さんには頭が下がりますね。そういう苦労をされてる方の笑顔を前にした時、『ああ、世界を征服して良かったな』って思いました。

花:…………。


魔:だからね。私は現役時代、世界征服がどんなにキツくても、投げ出すつもりはなかったんですよ。だって私以上に頑張ってる人を、知っちゃいましたからね。

花:…………。

魔:……どうしました?

花:いえ、とても良いことだと思います。実は今日、魔王さまに内緒でその魚介専門店『サニー伊井田屋』の予約を取ってあるんです。

魔:ええっ……!? 本当ですか?


花:はい。大将も魔王さまに会えるのを楽しみにしてましたよ。

魔:それは……恐縮です。

花:さ、魔王さま行きましょう!

魔:でも花園さん。最近行き過ぎじゃないですか? この頃、私宛に届く領収書の数が……。

花:魔王さま! ホタホタ楽しみですね!

魔:このままじゃ、予算オーバー……。

花:ではまた次回! さようなら!



(文:高宮第三高等学校新聞部・二年三組 花園優佳)

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