第5回:いつの時代の魔王のイメージなんですかそれ

花:魔王さま、ここは?

魔:屋上庭園です。最近はここでブギーと過ごすのが日課なんですよ。



ーー取材班が案内されたのは、デルリィン城の最上階の、さらに上だった。上空四〇メートルはあるお城の天辺から、さらに円柱状に伸びた石の塔を非常階段で登って行くと、そこには目を奪われるくらい美しい庭園が広がっていた。綺麗に楕円の形の整えられたギエナ科の盆栽や、庭の片隅の小さな池で泳ぐ、黄金の寒帯魚。花壇に植えられた七色の花々や、プカプカと宙に漂う黄色メロンなど、その光景はまさに桃源郷と呼ぶに相応しかった(写真12)。ここが魔王さまの、この城一番のお気に入りの場所だと言う。



□ここに来ると、心が落ち着くんですよ□



魔:隠居してからは、下の階にいても現役大臣たちの仕事の邪魔になりますからね(笑)。ここで一人のんびり景色を眺めたり、たまに遊びに来る孫娘たちとボードゲームをしたりして楽しんでます。

花:へええ……。

魔:おいで、ブギー。

ブ:ワン! ワン!

魔:よしよし……いい子だ。

花:かわいいお孫さんですね。

魔:違います。これはペットのブギーですよ。魔犬なんです。



ーー巨大なツノの生えた魔犬・ブギーの頭をわしゃわしゃと撫で、思わず頬を緩める魔王(写真13)。魔王は魔犬を抱えたまま屋根のついたベンチに腰掛け、リラックスしたようにぼんやりと晴れた空を眺め始めた。展望台代わりのこの庭園からは、王都『デルリィン』の景色が端まで一望できる。眼下に広がる高層ビルも、この高さからじゃブロックのおもちゃのようだった。外の喧騒から離れた、空に浮かぶ小島のような秘密裏の場所で、穏やかな時間がいつも魔王を癒している。



花:不思議……あそこに見える国旗は、あんなはためいてるのに。ここの風は緩やかで、心地良いですね?

魔:魔法の力で、風の強さを調整していますから。季節に関係なく、いつでも快適な時間が過ごせますよ。私の貴重なリフレッシュ空間でもあるんです。ここに来ると、心が落ち着くんですよ……。

花:なるほど。この庭園で、逆らう者たちを地面に突き落としたりしてるんですね。

魔:はい?

花:反逆者や捕虜を、見せしめに塔の先端に括り付けて怪鳥の餌にしたり……。

魔:しませんよ! そんなこと今やったら、軍法会議で極刑です。

花:しないんですか? 魔王なのに?

魔:いつの時代の魔王のイメージなんですかそれ。たとえ敵国であれど丁重に扱うと言うのは、長い歴史のある『世界征服法』で、きちんと明文化されてますから! そんなこと、したいと思ったこともありません!



ーー歴史を重んじ、突き落としたい衝動は理性で抑える。非常に残忍で暴力的と言った昔ながらの魔王のイメージも、今代によって変わろうとしていた。空中庭園を後にし、次に取材班が案内されたのは、屋外に建てられた巨大な宮廷露天風呂場だった。



花:広い! 東京ドーム三個分はありそうですね!

魔:何ですかそれ?

花:私たちの国で、大きさを表現する時に使う単位です。

魔:へえ……この大浴場は、もともとは巨大な宝物庫だったんですよ。奪った財宝なんかをここに展示して、海外や異世界からの来賓に自慢する場所です。だけど時代が変わって、宝物庫もその役割を終えた。ただ単に自分の力を誇示するようなやり方じゃ、他の征服者に笑われるだけだと私は思ってます。

花:なるほど。ここでいつも気に入らない奴の顔を湯船に沈めたり、足元に石鹸を置いたりしてるわけですね?

魔:してませんよ! そんなの、ただのいじわるな奴じゃないですか。

花:いじわるじゃないんですか? 魔王なのに?

魔:自分で言うのも何ですけど、そんなにじゃないと思います……。



ーーそんなにじゃなかった魔王(写真14)。まあ魔王クラスになれば、石鹸に頼らずとも相手を社会的に転ばすことなど容易いことであろう。大理石でできた大浴場は、口から熱々のお湯を噴き出すマータイガー像や、黄金の散りばめられたサウナ場など見どころ満載で、王室の気分を味わえること間違いなしである。宮廷露天風呂場は毎週一回、冥曜日に一般市民にも無料開放されているので、興味のある方はぜひその広さを体験していただきたい(詳しくは下記参照)。さて、取材班が城内の見どころとして最後に連れて行かれたのは、大浴場に負けず劣らずの広さを誇る食堂であった。料理長のゲイボルグ陽介さん(54)が、私たちを案内してくれた。



□□



料:魔王さまは、世界を征服された際に『毎週一回はカレーの日を作ること』と制定されたんですよ。

花:本当にカレーが好きなんですね。

魔:だから言ってるじゃないですか。別に何の隠語でもないって。

花:どうしよう。先週号までで読むの止めた読者は、きっと魔王さまが近隣諸国から『カレー』と言う名の大量魔術兵器を輸入して国家転覆を目論んでると思ってるわ……。

魔:自分で征服しといて、何で自国を転覆せにゃならんのですか。


料:だけど毎週毎週同じカレーじゃ飽きるから、味を工夫するのに苦労してるんですよ。先週は海鮮物を仕込んだり、先々週は野菜をふんだんに使ったり……。魔王さまはああ見えて、味にはうるさいからね。なかなか「美味しい」と言ってくれないんですよ。

花:非道い! 薄情! 魔王!

魔:魔王ですけど……でもやっぱり思い入れが強いんですよ、カレーには。


料:いつか魔王さまの舌を唸らせる、究極のカレーライスを作ってみたいですね。

花:これは料理長のプライドをかけて、カレー対決をしないとですね。

魔:なんですかカレー対決って?

花:つまり料理長が持てる技術の全てをつぎ込んだ至高のカレーライスを作り、その味を魔王が判断する。調理人と捕食者の料理対決です!

魔:捕食者って……戦う意味が分からない……。

花:料理長が勝ったら、彼は魔王さまの真の仲間になります。

料:それは燃えますね。 

魔:待ってくれ。君はもう仲間じゃないか!

花:魔王さまが勝ったら、裸エプロンです。お二人とも頑張ってください!

料:はい!

魔:ダメだ……何だか頭が痛くなってきた……。



ーー真の仲間になりたそうに魔王を見ている料理長(写真15)。かくして宮廷料理長と魔王さまのカレー対決の火蓋が切られた。果たして運命はいかに!?



□一時間後□



料:負けました……。

魔:負けちゃダメだろう。そもそもどんな対決なんだこれは。勝ち負けの基準が分からないよ……。

花:料理長、今の感想をどうぞ。

料:悔しいですけど、勝負は勝負ですもんね。はあ……明日から新しい就職先、探さなきゃ……。

魔:それじゃ、明日から私たちの晩ご飯はどうなるんだ。待ちたまえ。美味しかったよ。うん、すごく良いカレーだった。スパイスが効いてて……。

花:今更ですよ、魔王さま。このタイミングでそんなこと言ったって、言葉だけが上滑りして、何もかもが薄っぺらく聞こえます。ちゃんと普段から言ってやらないと。

魔:うーん……確かに私も、カレーのことになると辛口が過ぎたかもしれない。


花:明日からはちゃんとみんなの前で「美味しい」って言えますか?

魔:うん……うん、言います。

花:良かった。良かったですね、料理長さん。

料:はい、ありがとうございます。戦ったかいがありました。

花:本日はありがとうございました。それでは魔王さま、プレゼント企画がありますので、至急裸エプロンに着替えていただいて……。

魔:何だろう……さっきからすごく納得できない……。

花:それではまた次回! さようなら!



□観光案内□

・デルリィン城・城内観光

開城時間:朝十時〜夕方十七時まで

定休日:土日・祝日

入城料:大人/一五〇〇ルビィ・子供/七〇〇ルビィ(昼食にカレー付き)


※チケット発券売り場にて案内嬢に「この記事を読んだ」と一声かけていただければ、二〇〇ルビィ割引いたします。料理長の手作りカレーには、美味しいと言ってあげてください!


(文:高宮第三高等学校新聞部・二年三組 花園優佳)

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