02. 泉野高グラウンド
年が明けて、一月二十六日。金沢は雪化粧で白く染まっていた。
雪の降らない地域では冬の間もグラウンドで練習出来るが、雪国ではそうもいかない。雪に閉ざされた間の練習は室内がメインとなり、屋外と違って多くの制約がある中で練習を行わなければならない。野球に力を入れている私立の強豪校なら設備の整った専用の室内練習場で練習が行えるのでハンディは少なく出来るが、それ以外の高校では著しく影響を受けることになる。日本海側及び東北の高校が春夏通じて全国制覇を成し遂げていないのは、冬の環境による練習の差があるからと言っても過言ではないだろう。
弱小公立校の泉野高も御多分に洩れず、他の運動部と少ない屋内スペースを分け合いながら練習に励んでいた。ボールやバットが使えない代わりに、下半身や体幹を重点的に鍛えるトレーニングで肉体強化を図っていた。
その日、泉野高野球部の面々に、ある通達が言い渡された。
『十六時、グラウンドに集合』
……そんなに積雪量がないにしても、何故グラウンドに集まる必要があるのだ?首を傾げる部員も少なくなかった。
岡野もそう感じている内の一人だった。
(……どうして、この寒い中わざわざ外に出なければいけないんだよ)
気だるそうな表情をしながら、グラウンドへ向かう。どこか“冷めている”性格の岡野は、合理性が見出せないことに関してとことん消極的な姿勢を見せる。熱血や根性といった体育会系の特徴とは一線を画している。
そもそも、学校側から何か言われること自体、珍しい出来事だった。万年一回戦負けの野球部に期待する者は殆ど居らず、監督と部長も野球を全く知らない素人だったこともあって、“自主性”の名の下に部員達が思いのままにやれた背景がある。
内心不満を抱えながらグラウンドに行くと、既に他の部員が集結していたが……それ以上に目立ったのは、部外者の存在だ。
明らかに高校生には見えない大人達がカメラ片手に何かを待っている様子。しかも、新聞社だけでなくテレビ局の腕章をつけた記者の姿もちらほら見られる。
どうしてウチにマスコミの人々が来たのだろうか。最初は疑問を抱いた岡野だったが、すぐに氷解した。
(―――そうか、今日はセンバツ出場校の発表日か)
本来であれば、北信越予選で一回戦敗退の泉野高がセンバツに出場出来る可能性は、限りなくゼロに等しい。それでも、泉野高には一縷の望みが残されていた。
それは……『二十一世紀枠』
二十一世紀最初の年である二〇〇一年から設けられた出場枠で、練習環境が整っていなかったり部員不足に苦しんでいるなど何かしらのハンディを抱えながらも奮闘する学校や、ボランティア活動等の野球以外の活動で他校の模範となる学校に、出場の機会を与えるのが目的で創設された。
各地区毎に推薦校が選定されるが、概ね都道府県予選で準々決勝進出または同等程度の成績を残すことが条件となっている。
泉野高は『県内屈指の偏差値を誇る進学校で、部員が主体となって練習に取り組んでいる』ことが評価され、北信越地区の推薦校に選ばれた。……後半部分に関しては単純に指導出来る人間が居ないので仕方ないだけなのだが。戦績に関しては石川県予選準優勝なので問題なしだ。
……身の蓋もないことを言えば、報道陣が殺到している段階で結果は推して知るべしだが。
指定された十六時の五分前、校舎から校長がグラウンドに姿を現した。こちらはユニフォーム姿で上着を羽織ってないのに、校長はしっかり分厚いコートを着ている。
思えば、校長がこのグラウンドに立ったのは初めてなのでは?まぁ、用事もないのに来られても邪魔なだけなんだが。
部員達が校長の前に整列するのを確認して、校長はおもむろに口を開いた。
「先程、高野連から連絡がありました」
そこまで言うと校長は一旦言葉を区切った。
……別に焦らさなくても答えは分かっているのに。岡野は寒さに震えながら次の言葉を待つ。
部員達の顔をじっくりと確かめた後、校長はゆっくりとした口調で再び話し始める。
「センバツへの出場が……決定しました!!」
直後、整列していた部員達から歓喜の声が上がった。隣同士で肩を組む者、天に向かって腕を突き上げる者、雄叫びを上げる者、それぞれがそれぞれのやり方で喜びを爆発させていた。
そして、普段感情の起伏があまりない岡野もまた、珍しく表情を綻ばせて舞い込んでいた吉報に興奮していた。
(分かっていたけれど……やっぱり嬉しいなぁ)
甲子園。高校球児憧れの聖地。その夢舞台に、立てる。
自分が甲子園のマウンドに立っている姿を想像するだけで、体が震えてきた。叫びたい、みんなと一緒に騒ぎたい。体の内から突き上げる衝動を堪えるのに必死だった。
形はどうであれ、選ばれた以上は全力を尽くす。冬の金沢の地で、春のセンバツに向けて強い決意を胸に刻んだ。
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