第23話 三年後
大学は夏休みに入った。今年も陸上部は島での合宿をする。というより、島のおばちゃん達の熱い要望で、恒例企画へと昇華されていた。
「若い人がいると元気もらっちゃうのよー」
「島にはもう学校がないんだからさー、陸上部の子達が来ると活気が出るんだよね!」
「あの子、まだいる?あの子ずっと来てくれてるでしょ?おばちゃん大ファン❤」
「今年も美味しい食事作るからさ!腕が鳴るーーーぅ!」
等々、過疎化の島にとって一点の華となった陸上部なのであった。
わたしは猛勉強の末、月先輩のいるF大学に合格した。大学でテニス部には入らなかった。みゆきがいないテニス部に魅力を感じなかった。みゆきからは、何度もテニスを続けるべきだって連絡があったけれど、他の事にも興味があった。
夏休みに入る前、陸上部の部長さんに呼ばれるのは今年で三度目だ。もう慣れたもので、日時・大まかなタイムスケジュール・参加人数の確認をする。テラスに座って待っていると、
「矢歌さん、お待たせ」
声の方向を向くと短髪が短髪している部長さん、の後ろに、
「矢歌さんも知ってると思うけど、四年生の
そういって、短髪が短髪している部長さんは、去っていった。取り残された私達が、しばらく立ちっぱなしになっていた。
「座ろっか」
月先輩の声に、笑顔を返す。ようやく話を進めると、ふと月先輩が笑った。
「何か面白かったですか?」
特に笑える内容じゃないと思ったけれど。
「いやね、海阪くんがこの話聞いたら、おれの方が部長代理にふさわしいっって意気込んで来そうだなって」
そう言って笑いがとまらない月先輩につられて、わたしも笑ってしまった。
「ごめんごめん、話が逸れたね。ところで、毎年僕達の合宿に付き合ってもらってるけど、矢歌のサークル活動とかって大丈夫なの?」
笑い涙を親指でぬぐいながら月先輩の質問に答える。
「民俗学研究サークルでの私のテーマは、島の文化保存なんです。夏休みは島に帰ってインタビューとか調査で、歩きまわってるのでお気になさらず。陸上部の合宿に至っては、わたしより島のおばちゃん達が仕切ってくれてるみたいなものなので、心配してません」
そう言うとなんだか笑えて、また月先輩と笑うのだった。
――――今日から陸上部の合宿がはじまる。
港に出て船着き場の端っこに座る。波が寄せては返す。水面は夏の暑い日差しを受けて、一層きらめきを増すのだった。ぐーんと背伸びをした。
「はーちゃん、早過ぎじゃない?」
突然影になった。上を向くとあーるが立っていた。
「月先輩が部長代理だからって張り切る事ないのに」
そう言ってあーるが隣に座る。
「もうさ、月先輩の事でつっかかってくるのやめてよ」
月先輩の予想通り、部長代理の件を聞いて以来、あーるはそれが気に入らなくてしょうがない様子。
誰もが、あーるは偏差値上位のT大学に、進学するものとばかり思っていた。F大学を受験すると聞いて、腰が抜けたのは、わたしだけでなく、担任・校長・島のあらゆる人々。誰からの意見も聞かず、F大学一本だった。そしてわたしの受験勉強を手伝ってくれた。というより、わたしにいつも張り付いて、野際や葉山を威嚇していた。
そしてついにわたしは、大学のキャンパスで月先輩と再会した。
「矢歌、合格おめでとう」
名前を憶えてくれていただけで、感激・卒倒してしまいそうになったのに、月先輩は合格おめでとうだなんて言ってくれた。桜咲いたのは、この瞬間に間違いない。
「ありがとうございます」
わたしは顔を真っ赤にしながらも、笑顔で月先輩を見つめた。
でも、
それだけで済まなかったのが、わたし達?らしい。
「はーちゃん、おれ、陸上部入るから」
固まるわたし。
「あーる、陸上部は高校の物理部みたいな感覚じゃないんだよぉ、、、、」
腕を組んであーるがわたしを見下ろす。
「おれさ、運動神経もそこそこ良いって知ってるでしょ」
これはもう、何を言っても聞き入れてくれない、あの状態だ。もういい、勝手にすればいい。ていうか、この人、勝手にしかしてない、今までも。
船の音が聞こえた。
立ち上がってその方向を見る。
「はーちゃん」
「もう月先輩の事は聞かないよ」
「それはもういい。確認だって」
「何を?今日のスケジュール?」
「違う」
「じゃ何?」
「中学の時に大好きだったって人の事」
「は?」
「その人はずーっと、何年経っても、はーちゃんの事大好きだぞ」
「今言いう?」
「今だから、言う」
ドボンっっっっっ!!!
ニヤっと笑ったあーるを、海に突き落としてやった。
船が入ってくるのに危険だろと騒がしくなった。
だけど、大丈夫。
わたしには、魔法があるから。
たぶん。
完
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