第12話 後悔なんて
海岸で、去年より賑やかな秋の花火大会が行われた。渡された手持ち花火に火をつける。もう枯れてしまっているがこの前まで田や畑の土手に咲いていた彼岸花のような火花が散った。みゆきのまわりには後輩たちが集まってきゃっきゃとはしゃいでいる。もえは陸上部の中に混じって笑顔を売り
「はーちゃん?」
なぜ今年もこいつはこれに遭遇するのだろうか。先ほどまで感じていた楽しさは火がつかない花火のように虚しく消えた。
「あーる。こんばんは」
「なんだよ、この人数」
「テニス部と陸上部が合同で合宿してるの」
「はーちゃんは島の人間だから合宿じゃないだろ」
「それよりどうしてここに?」
「今から集まろうって、同級生が」
「そっか。私達はもうすぐ終わるから静かになるよ」
それだけ伝えてあーるから離れようとした。
「待ってよ」
あーるが腕を掴んできた。もう他に用事はないだろうと体中からわたしはあーるに向けてオーラを発信した。嫌々を思いっきり顔に出して振り返り、あーるを集団から離すように歩いた。花火の輪から少しずつゆっくり静かに離れて行きながら話をする。
「何?」
「最近、二人で話すことがなくなった」
「二人?誰と?」
「はーちゃん」
「あっ、そうか。高校生になって生活変わったんだもん。仕方ないよ」
「中学ん時は楽しかった」
「そうだね」
「同じように、今できないの?」
「そっちだって物理部入ってるじゃない」
「部活に入ってる事は関係ないよ」
「思い出は楽しく心に残るもんなんだよ」
「俺は思い出って思ってないよ」
あーるが止まって、横にいるわたしを自分の真正面に置く。久しぶりにあーるの瞳を見上げる。男の子の成長を感じる。弟たちもこんなに大きくなっていくのだろうか。髪の毛が少し長くなって、大きくうねった毛先が夜の黒とは違っていて、芯が青くその周りをこげ茶が覆っているあーる特有の緑がかった黒毛。その髪の毛に手を伸ばす。さっき持っていた花火より意志を持った硬さ。もうすぐ切るであろうくせ毛の部分を指に絡ませる。伸びている時だけの楽しみだ。あーるはこの曲っ毛が嫌だと言うけれど、わたしはこの曲っ毛はあーるそのもので性格がそのまま生えてきていると思えて好きだった。
「はーちゃんはこの髪触るの好きだな」
あーるの言葉に我を取り戻す。今は合宿中だった。みんな数メートル圏内にいるんだった。意識が全く別の方向に行っていた自分が恥ずかしくなった。みんなから見られてないか、髪の毛からすぐに手を引っ込めて、後ろを見る。そうすると線香花火をしていて下を向いている様子が伺えた。
「あーる、もうすぐ花火終わるから、もどる」
「なんだよ。さっきの昔みたいだった」
「合宿中だからじゃあね」
「あのさ、」
あーるが何か言いかけていたが、これ以上は付き合っていられなかった。花火が終われば大移動して、キャンプ場に戻って明日に備えなければならない。腕を掴まれないように自分最速ダッシュで離れる。集団に戻ってみゆきと話をする。去年参加している陸上部員の数人は道をなんとなく覚えているという事だった。その人たちを中に挟んで、先頭はみゆき&みゆき親衛隊が行き、わたしは一番後ろを歩いた。みんなの背中と星空を見ながら後ろを歩いていたら、月先輩がやってきた。
「さっき誰か、違う人と話してなかった?」
「あっ、島の後輩です」
「そういや去年もあそこにいたような」
わたしは焦ってどうにか話題を変えようと思った。去年のあーるの暴言を思い出してほしくはなかった。何か、何か話はないものかと心細い脳みそをフル回転させる。
「先輩、三年なのに、なんでまだ部活してるんですか?」
「推薦で大学行くから。大学でも長距離走るんだ」
「そうだったんですね」
「好きな事を続けられてうれしいよ」
「うらやましいな」
実はもえからすでに月先輩の大学進学&スポーツ推薦の件は聞いていた。ただ、こうやって話をしていると、自分がテニスの強豪高校の推薦を蹴ってしまった事を思い出す。好きな事を徹底的にやっていられたかもしれない自分を描かずにはいられない。
「わたし、実はテニスで推薦の話があったんですけど、断っちゃってて」
「そうだったの?!もったいない」
「ですよね。先輩の話聞いてたら失敗しちゃったなって」
「そっか。だけどその推薦受けてたら、今はなかったわけだし」
「まあ、今は今で楽しいですけど」
「矢歌がいたから、僕は暗闇で女の子に手を引いてもらう羽目になったって事だ」
そう言って軽く笑う月先輩に、さっきつないでいた左手が反応する。今さらだけど、なんで手をつなごうなんて言えてしまったのだろうか。暗さでわたしの感覚は狂ってしまっていたのか、はたまた暗さにおびえてコケた月先輩がかわいくてテンションが上がってしまっていたのか。それから五分くらいでキャンプ場について皆それぞれの宿泊棟に入っていった。
少し肌寒かったので、管理人のおじさんに毛布を全員分一枚多く出してもらっておいた。わたしは疲れて毛布にすぐくるまった。時計を見ると十一時半だった。離れたところでみゆきの布団周りは場所の争奪戦が勃発していた。なんだかやっぱり合宿の目的が違ってしまっている後輩たちに、若干のかわいさを感じながら、わたしはまぶたを閉じていった。
*
朝六時半、テニス部も陸上部もほとんどの部員が睡魔を抱きかかえて起きて来た。朝ご飯はサンドウィッチを仕出しで頼んでいたのでそれを父さんが軽トラを走らせて運んでくれた。他にはテニス部がコンソメ味の野菜スープを作り、陸上部はその間宿泊棟の周辺のゴミ拾いをしていた。温かいスープが体の中にしみわたって、無事朝を迎えられた事にホッとした。
テニス部は帰りの支度をして、ひとまず港にすべて運び、不要なものは港の切符売り場で預かってもらい、午前から島の中学校のテニス部と共に練習をした。砂浜を走るのは中学校の日課である。昨日は船酔い組を看ていたからできなかったけれど、今日久しぶりに砂浜を走って、砂浜についていく無数の足跡が音符となり波の音と合わさって、自分の背中を押してくれるような気がした。高校のテニス部顧問は、練習の指導を完全に中学のテニス部顧に委ねていた。自信のなさと割り切りの良さに泣ける。でも満足いく練習ができて単純にうれしかった。
昼食はみゆきのお母さんがおにぎりと卵焼きとウィンナーのセットを準備してくれていた。十六人分の感謝をみゆきのお母さんに届けるつもりで、いただきますの合掌をした。途中休憩していると、中学の顧問から推薦を受けなかった事を後悔しているのではないかと言われた。わたしは苦笑いをしながら、約二年前の決断が今もまだ自分をこんなに揺れ動かす力があったのかと困惑したのだった。
中学校での練習を終えて、十六時の船に乗ったテニス部をわたしとみゆきは港で送った。
「はじめちゃん、月先輩とあーる君とその他もろもろ楽しそうね」
もえが船に乗る直前、わたしにしか聞こえない声で言ってすぐに乗船していった。船が次第に離れて行く。みんな見えなくなるまで手を振っていた。また明日からも会うというのに今生の別れみたいじゃないか。もえの言葉が脳に突き刺さったまま、わたしも手を振り続けた。船の音が小さくなっていく。このままわたしも小さくなって消えてしましたいと思った日の秋空は透明な水色をしていた。
つづく
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