第10話 半合同合宿
合宿は、去年陸上部が行った、十月最初の週末になった。島のキャンプ場の宿泊棟二棟の利用者がいないからだ。午前九時、わたしはみゆきと港で、島にテニス部を迎え入れる。半分は船酔い、半分はみゆきのまわりに集まり、やっぱり何を期待してるんだかわからない状況になっていた。
みゆきと顧問と話し合い、船酔い組は宿泊棟で静養、元気組は島をジョギングする事にした。もちろん私は静養の担当になった。布団に横になってもらい、ドリンクを置いて、わたしは外に出た。
十月の砂浜の照り返しが心地よくて、わたしは海の方に歩いた。夏が終わって、キャンプ場は閑散としていた。サンゴ礁や貝殻が割れてできた白い砂浜にも空の色を映す碧い海にも人はいない。目の前に広がるどこまでも素直な島の風景を眺める。
そろそろ船酔い組の方に戻らなければと思い、体を反転させる。そうすると、宿泊棟の方から人の声が聞こえる。男の子の声が聞こえるので、陸上部だとすぐにわかった。戻るのがためらわれたが、体調の悪い部員たちを放っておくわけにもいかなかった。
歩いて近づくと、やはり陸上部がいた。
「矢歌、おはよう」
「月先輩、おはようございます」
「テニス部は早かったんだね」
「はい。でも船酔いした子が多くて、宿泊棟で寝てます。わたしはその看病というか」
「そっか。僕たちは去年、船酔いで失敗しちゃったから、今年は酔い止めで対策したんだ。けど、やっぱり二人ほど酔っちゃってね。練習をどうするか話し合ってたとこ」
「それなら、私、まだこのまま居残りますから、おふたりの様子はわたしが看ます」
「悪いね。助かるよ」
そう言って月先輩は、二人の不調者を置いて、キャンプ場を離れていった。蛍光イエローのウエア―が眩しかった。いってらっしゃい、島のおばちゃん達にも鋭気になりますと、心の中で見送った。
昼ごはんは、仕出しのお弁当を頼んでいた。テニス部と陸上部の分だ。父さんに頼んで港まで取りに行ってもらった。ついでに夜ご飯のカレーの材料もお願いしていた。ご飯はうちの母さんとみゆきのお母さんに、おにぎりを頼んでおいた。父さんの軽トラの音が勢いよくキャンプ場に入ってきた。
「ありがとう」
「夜のおにぎりは夕方取りに来いって母さんが言ってたぞ」
「わかった」
「お前、他人の世話できるのか?」
「父さん、わたし家で弟たちの面倒みてるし」
「それは家族だろうが。他人の心配は別もんだ」
「そうかもしれないけど、うまくやれるつもり」
父さんと話しながら、弁当や食材を運ぶ。そういや、久しぶりに父さんと話した気がする。父さんは漁から帰ると、次の漁に使う道具の用意もするし、それが終わると疲れて寝る。だから話しかけられない。元々口数の少ない父さんとこんな話をするとは思わなかった。
みゆきもいるし、心配ないと言うと、父さんは安心したようだ。我が娘より、他人の娘を信用するのか。つっこみたかったが、そこは本当の事なので黙っていた。父さんの軽トラと入れ違いにテニス部がもどってきた。
昼食を終えると、私たちは、島の中学校へ行き、中学生と練習を共にした。船酔いが治らない子たちを、午後はもえが世話すると言ってきた。その方が余計に心配だったが、久しぶりに中学校へ行きたかったから任せた。最近は縁遠くなっていた母校のコートに立つのはうれしかった。島の後輩たちと一緒に和気あいあいとボールを打ち交わした。
練習を終え、十六時にキャンプ場へもどった。テニス部が先にシャワー室を使う事になっていた。十七時頃にはお風呂を済ませ宿泊棟でおしゃべりをしたり、海辺に繰り出し騒いでる子たちもいた。陸上部もキャンプ場に戻っていた。
陸上部は男子が多いという事で、少ない女子のみシャワー室に行き、その他のみんなでカレーの準備に取り掛かった。野菜を切ろうとした時に、みゆきから話しかけられた。
「はーちゃん、私たち、おにぎり取りに行った方がいいよね」
「そうだった。何人か連れて行くでしょ?」
「うん。私のうちについて行きたいっていう子が結構いて」
「そうでしょうね」
「だけど、みんなつれて行ってもカレーの人手がいなくなるし」
「じゃ、半分はうちについて来てもらう」
そう指示を出すつもりでいたところに、
「はい、はい、はーーーぁい」
もえが割って入ってきた。
「おにぎり、重いでしょ。女の子ばっかりより、男の子もいた方がいいんじゃないかなー」
「大丈夫だよ、家近いし」
「うん、そう言うと思った」
もえは振り返り
「月せんぱぁーーーい。今からおにぎり取りに行くんですって」
思いっきり叫んだ。可愛さを乗せて。
「あっ、そうなんだ。ついて行くよ」
あれよという間に、月先輩と数名の男子部員がうちに行くことになった。ホームグラウンドだというのに、またもえの術中にはまった自分が情けなかった。古ぼけた我が家を月先輩に見られるのも嫌だったし、母さんに男の子と一緒の姿を見られるのも嫌だった。嫌な気持ちだらけで、わたしは家に戻った。
「ただいま。母さん、おにぎり」
「できてるわよ。台所に取りに来なさい」
「わかった。先輩たちは、ここにいてください」
母さんもいることだし、家の中に月先輩を入れたくはなかった。おにぎりのお皿を台所から玄関に運び、外にいる先輩たちに渡した。先輩たちは玄関先にある、父さんの漁の道具を珍しそうに見ていた。それもなんだか恥ずかしかった。
おにぎりのお皿をもってキャンプ場にもどろうとした時、弟たちが走って追いかけてきた。何かと思えば、漬物だと言って、タッパーを渡された。月先輩たちが、爆笑した。何を笑われたのかわからなかった。だっておにぎりには漬物がいるんだもの。
無事、おにぎりも運べ、カレーも出来上がった。みゆきのお母さんが作ったおにぎりの横にも漬物はあった。やはりおにぎりには漬物が必要だ。再確認しながら、夜になっていく空の下でテニス部も陸上部も一緒に夕飯を食べた。
片づけを終わらせると、陸上部の男子がシャワーを終わらせ、その後に花火の予定にしていた。わたしは去年のあの花火を思い出していた。月先輩の隣にいて、うれしかったのに、あーるが怒って困ってたな。そんな事を考えて、ぼーっとしていたら、ローソクがないとみゆきが言ってきた。
「ソッコー、そこの墓から取ってくる」
「ごめんね」
「五分だし」
わたしは父さんの実家のお墓が近いので、そこへ走っていくつもりだった。
「矢歌、お墓に行くの?」
月先輩が信じられないといった面持ちで聞いてきた。
「はい」
「夜だし、暗いし、ついて行こうか?」
「いえ、たぶんわたしについて来れないと思うんで」
「どういうこと?」
「わたしは先輩と比べて夜目がききますし、けものみち通るので」
そう言って今度こそお墓に行こうとした。
「はじめちゃん、先輩について行ってもらう方がいいんじゃなぁーい?」
もえが来た。こればかりは譲れないと思った。
「あんたね、外灯ひとつない、竹やぶに入っていくのよ。本土の子には無理よ」
「そうなの?」
「そうよ、ついて来られても足手まといになるだけ」
「ふーん」
「さっさと行かないとみんな待たせるから」
今度の今度こそお墓に行こうとし時、
「矢歌、なんか僕達のこと馬鹿にしてない?」
月先輩から、予想もしない言葉が出てきた。
「そういうつもりで言ったわけじゃないんですけど」
「僕だってね、夜走ったりするんだよ。ついて行けるよ」
月先輩が挑戦的に言ってきた。横でもえが微笑んでいる。わたしはまた女帝の手のひらの上で踊らされてしまったことに気が付いた。
「わかりました。ついて来ていいですけど、気を付けてくださいね」
「大丈夫だよ」
わたしは月先輩とお墓に行くことになった。お墓にいるご先祖様たち、どうか何も起こりませんように、先輩が怪我しませんように見守ってください。そう願いながら、キャンプ場を離れた。
つづく
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