裕司の事情
耕輔は夜空の闇を見上げていた。村の周りを囲む塀に肘をつき星が輝く夜空を見上げている。月はなく星明かりの元に広がる草原。都会育ちの耕輔はここまで星が多く綺麗な星空を見たことがなかった。
夜の明かりがないとここまで星が綺麗に見えるのかと、ここに来て初めて知った。それは、
玲奈は暗くなると元気になって何処かへ飛び去っていった。きっと、夜空の下思いっきり羽を伸ばしているのだろう。
実は耕輔は疲れ果てていた。もちろんブレヴォン村の村民は歓待してくれたのだが、そもそも旅人は珍しい土地である。それも吟遊詩人となれば村人もどこから来たのか旅の出来事など話を聞きたがる。自分がどこから来たか本当のことを隠して話すのは、若く人生経験の少ない耕輔には本当に骨の折れるきつい経験だった。さっさと自分の魔法を披露してその場をごまかした。まあ、魔法の演武は大いに受けたので結果オーライではあった。
早くアウローラに向かいたかったが、結局一晩の宿を借りることになってしまった。
村人たちは珍しい来訪者を言い訳に耕輔そっちのけで歌えや踊れの宴会を始めてしまい、おかげで宴会から簡単に抜け出せたのだった。
—— ☆ ☆ ☆ ——
同じ頃、祐司は夜空を見上げていた。宛てがわれた部屋のベランダの手すりに肘をつき、昼の熱気が夜の
見ているうちにも
時計がないので正確な時間はわからないが、時刻にしたら七時少し前ぐらいだろうか。ここから見える街並みは人通りも絶え、東京だったら二十四時もとうに過ぎた住宅地の深夜を思わせる。灯りも大通りの交差点に松明が置かれているくらいでほどんど灯りが見当たらない。街の灯りが無いせいで星がよく見えるためか、キャンプで見た夜空を思い出していた。
「しばらくキャンプに行ってないな。
昨晩は野宿でキャンプとは言えないし」
苦笑してつぶやく。
「この世界に来てまだ二日もたっていないのにもう
振り返るとスタンドライトの様な灯りでぼんやりと部屋の中が照らされている。部屋の隅にかすかな光があり目を引く。目を凝らすとアギーの体から出る光がぼんやりと壁を照らしていた。
彼女はもう就寝したようだ。この世界での自然なリズムなのだろう、自分たちの都会での夜更かしな暮らしが不自然なのだろうかと、
あまり意味のないことに思え、それ以上考えないことにした。視線をベランダの外に再び投げる。
伝説の魔法剣の使い手の
実家で見ていた夜空と変わらない星空をボンヤリと眺めている。
別の世界なのに星空(星座)は同じなんだなと考えていた。
自然と自分が暮らしていた寮の窓から見ていた景色と比べていた。東京でみていた空には星がほとんど見えなかった。実家で見た夜空よりもここでみる夜空の方が星が多い。
実家は地方の小都市の郊外に所在している。裏山の修練場から家に帰るときに夜空を見上げていたことを思い出した。
実家——親のことを思い出して胸にチクリとトゲが刺さる。
父親とは去年の三月に魔法学園高校に進学するため、祐司が東京に出てきて以来会っていない。というか地元での最後の日にも顔を合わせていない。盆正月も実家には帰らなかった。
魔法学園高校への進学の希望を相談してから一体何度口論をしたことか、父親は
それでも、十歳の適性検査で祐司の魔法適性が示されたときには、父親は大層喜んでくれた。お祝いのパーティまで
しかし、父親は現代魔法の技術、科学的アプローチは認めなかった。父が喜んだのは裕司の可能性、伝統的方法で秘伝書に記された技を再現できる可能性だったといまでは思っている。
父親(武術家としてはそれなりに知られていた)を尊敬していた祐司は日々の修行に精を出していた。それも、十四歳になるころには、祐司は焦りを覚えていた。近代からの記録を見てもわずかでも使えるようになったと思える先祖は数える程もいない。
祐司は、魔法を使えた先祖は開祖以降いないのではないかと疑っていた。
先祖の悲願を叶えられる可能性を秘めた現代魔法と父親の
あるとき、祐司は気がついた。もう時間がない。たとえ魔法学園高校への進学を希望したとしても、この成績では合格もおぼつかないと。そして、魔法学園高校への進学を決心した。
それからは、すべての時間を修行と勉強にあてた。友人と遊ぶこともなかった。唯一武道の演武や試合で昔からの格闘技仲間と拳と武器で語り合うことが気晴らしとなっていた。
魔法学園高校は母親の協力もあり合格はできたが、最後まで反対する父親からの援助はあてにできなかった。結局は一族の中で祐司を援助してくれそうな親戚を頼り、上京して寮で暮らすようになったのだった。
そんなことを考えていた祐司の注意を引くものがあった。どこからかかすかに笛の
廊下の突き当たりを右に曲がり階段を二階分ほど上ると空中庭園に出た。出入り口の両脇にある魔法の灯りで近くの様子は分かる。庭園というには小さめだが植え込みはよく手入れされており、春の花の強い香りを放っている。
奥のほうは灯りが届かず暗闇になっていてよく見えない。笛の音は奥のベンチに腰掛けた人物が吹いているものだった。
かすかに聞こえる音色が気になりここまで来て見た。近くで聞くその音色は曲想と相まり心に
祐司はしばし聞き入っていたがどのような人物が吹いているのか気になってきた。演奏を邪魔しないように、
暗闇だがこちらを向いたのがわかった。シルエットから女性かと思っていたが近づいてファーファだとわかった。確かに女性だったと心の中で独り言ちる。
「だれだい?」
シルエットからわかったのか、祐司と認めて声をかけてきた。
「カミカワ?」
「ファーファだったんだね。
いや、笛の音に誘われて、誰だろうと思わず見に来てしまったよ。
いい曲だね。演奏もとても素敵だった」
祐司も照れを夜の暗闇で隠して声はあくまで平静に返事をする。
ファーファは五十㎝くらいの棒状のものを両手で持っており、顔を上げてこちらを見つめていたが、立ち上がって近づいてくる。
「この曲は、『エヴァン湖を渡る風』というんだ。
ボクはこの笛の音色が好きで、特にこの曲とよくあうんだ」
警戒心の
「悪い、邪魔したね」
祐司は居心地が悪くその場を立ち去ろうとする。
「ちょっとまって」
立ち去る祐司に早足のファーファが出入り口の近くで追いついた。
「お願いだから、少し話をさせてもらえないかな」と切羽詰まった表情で声をかけてきた。
祐司には内容に想像はついたものの断る選択肢は持っていなかった。
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