ブレヴォン村

 祐司とアギーがアウローラを視野に収めた頃、耕輔は自分をつつく声に目を覚ました。


「おいあんた、生きてるか?

 こんなトコで行き倒れてるとコボルトに食われちまうぞ」

 目を開けると目の前に農夫らしい人物が背に芝を背負い自分を覗き込んでいた。手には小枝を持ち耕輔をつついている。


「おお」

 思わず叫んで飛び起きる。


「コボルト!」

 なぜかさっきまで戦っていた獣の姿とコボルトが繋がって反射的に叫んでしまったのだった。周りを見回すが農夫以外の気配はない。そこでやっと力を抜いてふぅとため息をついた。


 農夫に視線を向け警戒感を和らげるために笑顔を浮かべて会釈する。

 農夫はびっくりして枝で身を守る仕草をしていた。

「あんた、勘弁してくれ。びっくりするじゃねーか」

 逃げだそうとしていた足の位置を正面に戻して話しかけてくる。

「大丈夫か、ボロボロじゃんね」


 怪訝な顔をして耕輔の姿をしげしげと眺める。

「また随分若い吟遊詩人さんと見えるが、こんなトコで何してなさる」

「いや、森の獣に襲われてね、逃げて迷って疲れ果てて倒れてしまったんだ」

「そうですか、そりゃ災難でしたね。

 今日はどうしたことか森がざわざわして物騒だったらありゃしない。

 しかし、なんでまた沈黙の森に入りなすった。ここは街道から随分と離れてますが」


 農夫は素朴な疑問を聞いてきているのだろうが、耕輔は答えられない。

「いや、変わった色の鳥を見つけてね。追っ掛けていたら迷ってしまったのさ」

 適当に返事した。

「それはまた奇特なことを、吟遊詩人さんはあっしらのような凡夫には思いつかないことをなさる」


 農夫が一通り喋り終わったと見て耕輔は質問をしてみる。

「それで、アウローラはどっち行ったらいいかな」

「アウローラとな。

 ここからだと随分かかるなぁ。

 もう昼になるから明るいうちに着くのは難しいかね」

「まいったな。そんなにかかるのか」


 そのときお腹がキュウっとなる。

「そういえはもう丸一日何も食ってない。

 腹すいた」

「うちの村よったらいいさ。

 吟遊詩人さんならみんなも歓迎するだろうさ」

 そういい、先に立って歩き始めた。


 耕輔が移動を始めたのを見た玲奈フクロウが飛んできて肩に止まる。これには、農夫も腰を抜かすほどびっくりしたが、吟遊詩人がフクロウを連れていることには疑問を覚えないのか何も質問されなかった。


「耕輔、耕輔。

 玲奈、空飛んで気持ちよかったよ」

 玲奈が嬉しそうに話しかけてくる。すごくご機嫌なのがわかる。それがフクロウなのでなんだかおかしくて、思わず「フクロウなんだか可愛い」と思ってしまった。


 それは声には出さないようにした。

 玲奈とは仲良くはしていたが(普通に話したり、学校帰りにみんなでお店入ったりとか)、壁も感じていたからだ。

 玲奈は、裕司には気安い(いや、馴れ馴れしい?)態度を取っていたが、耕輔と話すときには微妙に温度の違いを感じていた。自分には覚えがないので、『さては自分に気があるのか?』なんて考えた瞬間もあったが、わざとにしてはブレがないので、理由はわからないけど気にしないことにしていたのだった。

 で結局、耕輔は適当に相槌をうっている。


「ヒッコルさん」

 農夫はヒッコルと言う名で、どう見ても年上だったので、呼び捨ては気が引けてさん付けで呼んでいた。

「さっきのは、魔法ですか?」

 村の周りには認識幻惑の魔法がかけられていると直前に玲奈が言っていた。

「そうさね。まっすぐ歩くと元の場所に戻るんだよ。

 あれでコボルトや獣から村を守ってるんだよ」

 玲奈が教えてくれていなければ、耕輔も同じ目にあっていただろう。


 村に入ると子供達が駆け寄ってきた。村からまだ遠いうちに誰かが気がついたのかもう村中に知れ渡っていた。大人たちは珍しもの見たさで家から出てきているが、警戒してるのか近寄ってこない。


「わー、お兄さん吟遊詩人?」

 子供達は警戒心が薄いのか元気に話しかけてきた。

 耕輔は実感がないので『そうらしいよ』と返事するが、声をかけてきた子供は首をかしげげてしまった。

 でも直ぐに笑顔になって笑い声を上げて玲奈の足に触ろうとする。玲奈はいやがって離れた木の枝に止まって居眠りを始めた。そういえばフクロウは夜行性だったと思い出す。

「フクロウにとっていまは夜なわけだ」と納得した。


 子供達は口々に村長さんが待っているよ、と笑い叫び耕輔を取り巻いて村の中央の大きめの館に引っ張っていくのだった。


  —— ☆ ☆ ☆ ——


 原田医師はうなずきメモを取りながら玲奈の話を聞いている。もちろん録音もしているのだが、リアルタイムのメモも取る主義であった。

 当の玲奈は視線が定まらないながらも質問にはしっかり答えている。

 空を飛んで回ったこと、耕輔の様子、村のたたずまいや人々の様子をなるべく詳しく説明した。


 玲奈を含め様々な検査をしたり、玲奈に他の三人の様子を視させたりしたが検査からは新たに分かったことはなかった。

 もちろん、さっきの『チャンネル』の件も報告した。そこで玲奈はたいそう叱られてしまった。それは、当然玲奈を心配してのことだ。この事件が落ち着いたら『チャンネル』の相談にのるから、それまでは絶対この魔法を使わないように厳重に約束させられた。


 その日の午後遅くブリーフィングルームには四人の家族が集まった。春華、玲奈、耕輔の母親と祐司の兄が来ていた。それに玲奈を加え、パイプ椅子に腰掛けた五人に向かい、壁面モニタを背にして原田医師は立ったまま説明していた。


「今日もお忙しいところわざわざお越しいただいてありがとうございます」

 挨拶もそこそこにすぐに内容に入る。

「すでにご連絡していますように、昨晩突然の事象改変が発生しました」

 皆一様に驚きの表情を浮かべる。連絡は受けていたものの実際に口にされると改めて驚きを覚えたのだった。


「お子さんたちの魔法レベルからは考えられないくらいの現象が起きたのですが、幸いにも一部機材が損傷した以上の被害は受けないで済みました。

 いまでも時々発生しますが、昨日夕方の規模に比べましたらそれほどではなく落ち着いてきているように見えます。

 それ以外は、お子さんたちの状況は変わっていません。魔法演算領域の活性度は高レベルで推移しており魔法演算も活発に働いていることを脳波が示しています。脳波パターンから覚醒と夢遊状態や睡眠らしいパターンも見えたりしています。

 押し並べて申しますと状況は変わっていないということです」


 耕輔の母親が右手を肩の位置まで上げる。

「矢野さん何でしょう」

 原田医師は、耕輔の母親に発言をうながす。


「昨日は息子が皆様に大変ご迷惑をおかけしたと聞いております」

 立ち上がり深々と腰を折りお辞儀する。

「その事はまことに申しわけなく存じております。

 ただその、何でしょう。

 家は身近に魔法のことが分かる人間がおりませんで、息子はどのような事になっているのでしょう。

 面会もお断りされてしまっているものですから」


 原田医師は手元の資料を確認する。ひと通り内容を確認したのち視線を正面に戻し、職業柄身についた笑顔を浮かべ説明を始めた。

「お子さんの耕輔くんですが、魔法使いのレベルとしては五段階評価の二、能力としては初歩的電場の操作ができるとなっていますね」

 ここで一旦話を切る。


 耕輔の母親がうなずいているのを見ながら話を続ける。

「昨日の魔法はレベル四強に匹敵する現象を起こしていました。測定器が数台火を吹いて壊れてしまい。

激しい稲妻でベッドの金属部分が数カ所以上蒸発してしまうほどの魔法が発動していました」


 耕輔の母親は目を大きく開けて口元を右手で隠し、驚きの表情を浮かべ座り込んでしまう。それには構わず医師は続ける。

「その後は、そこまで派手な事はないですが、パリパリと放電が起きたりしたので危険と判断して面会を控えてもらいました。

いまは落ち着いており放電は起きていないようですね。

そして……」


 視線を祐司の兄に移して説明をする。

「神河祐司くんの場合は……」

 書類に視線を落としてから視線を戻す。

「レベル一という事ですが、昨日は空中浮上していましたし、現象として慣性中和も観測されていました。

 どちらもレベル三以上と規定されている魔法です」

 祐司の兄は渋い顔つきを浮かべたが、すぐ無表情に戻り無言でいる。原田医師はなんらかの事情を察したがもちろんそれには触れない。


「藤鞍春華さんは、事象改変らしき現象は起きていないですね。

 三人とも意識が戻らないのは同じですが」

 春華の母親の顔に失望の色が浮かぶがすぐに娘を心配する母親の顔に戻る。

 原田医師は、その微妙な変化に気がついた事はおくびにも出さない。


「そちらの川原玲奈さんについては、意識はあるものの不定期に幻覚と言いますか、白日夢を見ることが起きています。

 幻覚ではフクロウの姿をしており空を飛び回ったり、色々なところを見て回ったりしているようです」

 全員の驚きの視線が玲奈に集まる。


「それが、なんというか単に幻覚というには詳細で曖昧な部分が見受けられません。

何度聞いても、内容にブレがなく、まるで実際に見てきたみたいに詳細なのです。

 まあ、内容はここでは触れませんが、興味深いことに白日夢では矢野耕輔くんと行動を共にしているらしいのです」


 玲奈の顔を見ながら質問する。

「他の二人は見ていないのですね」

「はい、私が視たのは矢野くんだけでした」

 椅子に腰掛けたまま玲奈は答える。


 原田医師は腕を組み天井を見つめた。それからそれからゆっくりと視線を戻し、全員の顔を見回した。

「今日はわざわざお越しいただいのに、回復の目処めどもお伝えすることができず、まことに申し訳ございません。

 二十四時間以上経ちましたが、彼らに変化はなく、M領域を含め活動度が高いものの他には影響が現れていないことが、唯一の朗報とお伝えすることしかできません」


 腰を九十度近くまで折り深々と謝罪の礼をする。頭を上げたもののしばらく無言で逡巡じゅんじゅんしていたが意を決したように閉じていた口を開いた。

「これは私の私見でなんら裏付けのあることではないのですが」

 しかしまだ迷いがあるのか口は重い。


「三人は藤鞍春華さんの内的世界に囚われているだけでは無いような気がしています」


 途端ざわつく、春華の母親が思わず立ち上がり問いかけた。

「先生!それはどう言うことですか⁈」

「川原玲奈さんの話を聞いていて、その詳細かつ具体的な内容から、肉体はここにあるものの精神は、もしかしたら別の世界に囚われているのかもしれない。と考えるようになったのです」

 玲奈から全員の顔へと次々と視線を移し、自分の考えを伝える。

「もちろん証明する方法はありません。そして、だからと言って解決の目処がつくわけでもありません」


 軽く、頭を下げ視線を落とした後に戻して話を続けた。

「ただ、これはカンなのですが、川原玲奈さんが藤鞍春華さんに会えた時、事態に変化が起こる気がしてなりません。

 もちろん、裏付けはありませんがいまは八方に手を尽くしているものの、経過を観察しつつ看護しているしかないわけです。なら、川原玲奈さんの協力を得てインタビューをすることには変わらないにしても、視点を変えた上で状況を監視し、見守ることもひとつの方法かと思っています。

 魔法使いの医師として此れは私の義務だと心得ています」


 そこまで一息で語り自信に満ちた表情を浮かべた。

 原田医師の私見に期待したもののなんら状況を変えるものではないと知った家族は、失望の色を隠せなかった。と言って別に反対をするようなことではなかったのでそれぞれお願いしますと頭を下げてその場を後にするのだった。


 原田医師は、全員が退出したあと、ため息をひとつついて独り言ちる。

「本当になにが起こっているのか知りたいと切望しているのは私だろう。

 どこをどう調べても、こんなのは初めてのケースなんだよ。

 私の魔法感覚が、非常に大きな魔法が広範囲に進行していると感じているのに、実際の事象改変は起きていない。

 それに比べれば電撃や空中浮遊の規模は微々たるものだし、いったいこれはどういうことなのか。

 従来の魔法理論で説明できるのだろうか……」

 かぶりを振りつつ、灯りを消して部屋を後にした。

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