ドラゴンブレス

「びっくりしちゃった。突然抱っこするんだもん」

 ほんのり赤い顔をしてニコニコしている。

 暗い中でもそれはわかった。


「怒ってないの?」

「なぜ?助けてくれたんでしょ」

 この人は何を言っているのかといった表情で小首をかしげげる。

 その仕草がむちゃくちゃ可愛い。


 やばい、『僕はロリコンじゃない』、と心の中で呪文のように唱える。

「僕には春華さんがいる」、といつの間にか名前で春華のことを呼んでいる。

 でも、口に出す時には名字でないと呼べないのだった。

 耕輔もこの世界に来て短い期間といえ、なんども死線を越える経験もした。確かに精神的に成長はした、が情けなさはそんなに変わっていなかった。


「はは、どういたしまして。

 さっき名乗り損なっちゃったけど、僕は矢野耕輔、耕輔でいいよ」

「なに、デレデレしてんのよ。

 あんたには会いたい人がいるんでしょ」

 アギーが突っ込む、なんだか機嫌が悪い。


 耕輔は、聞かなかったふりをした。つくと変なボタンを押してしまうような気がして、そして今はそんな状況じゃなかった。

「道わかるの?」

「うん、この近くに住んでるんだもん」


 なるほど、土地勘があるのも当たり前だった。道はわかるとは言うもののドラゴンの咆哮ほうこうは未だ響き渡っており油断はできない。道を戻り交差点に出た途端、心配していたとおり低空まで降りてきていたドラゴンと鉢合わせしてしまった。

 白っぽいドラゴンはちらりとこちらを見たがすぐに正面の斜め上空の黒いドラゴンを睨みつけ咆哮を上げた。そばで見るドラゴンの迫力に圧倒されたが、耕輔は無意識のうちに回避行動を取っていた。


 咄嗟とっさにフロスを自分の体でかばい、アギーをふところに突っ込みながら最も強力なプラズマビームの詠唱を始める。耕輔の周りに魔力が集まり見つめる先に事象改変の兆候が現れる。

「だめー!

 エクスダインは味方なの」


 その時だった。

 耕輔がなにをしようとしているか気がついたフロスがまっすぐに差し出した耕輔の腕にしがみつき魔法の邪魔をする。

 途中で邪魔された魔法が事象を改変する前に虚空に四散する。

「なにをするんだ!」


 耕輔は、魔法を邪魔されて思わず腕を力いっぱい振ってしまう。反動でフロスは尻餅をついてしまった。耕輔は慌てて駆け寄り助け起こした。

「ごめん。乱暴して。大丈夫?」

「いいの、それより白い子は、エクスダインは、守護ドラゴンなの、

 みんなを守ってくれているの」


 フロスは乱暴されたことには触れずドラゴンを弁護する。

「ごめん。そうなんだ。

 ありがとう。味方を攻撃するところだったんだ?」

 耕輔は軽率けいそつさを反省し謝った。しかしながら、耕輔をそしるのは筋違いというものだ、目の前にドラゴンを見て冷静でいられるわけがない。フロスも目の前で繰り広げられているドラゴンの戦いから目を離せないでいた。

 エクスダインと呼ばれたドラゴンは大きく羽ばたくと黒いドラゴンに体当たりをかまして、もろともその先の館を押しつぶした。


 周りを見回すと甚大な被害が出ていた

 周辺の屋敷から避難する人々がそこここに道を右往左往している。みんなどこに避難していいのかわからないでいるのか必死な形相ぎょうそうで道を左に逃げる人、右に逃げる人で収拾がつかない。といっても耕輔だってどこに逃げたらいいかわからない同じ立場だった。


 その頃には、街のそこここから幾つものオレンジ色の炎の塊や矢が黒いドラコンに向かって放たれ、ぶつかっては五〇センチくらいの爆炎となり爆ぜる。矢は鱗にはじかれて全く歯が立たない。炎は魔法による攻撃らしい。耕輔は初めて見るものなのでどう言うものかはわからない。分かるのは音も派手だが見た目ほどダメージは与えていそうにないことだ。

 ドラゴンの分厚い鱗にさえぎられ表面で爆ぜるだけ。黒いドラゴンは攻撃してくる魔法使いをうっとおしそうに睨みはしたが無視してエクスダインに咆哮とともに躍り掛かった。


 エクスダインは、黒いドラゴンを空中で蹴り飛し、続けて落下する相手を両足で踏みつけた。腹に響く轟音とともに黒いドラゴンはそばの屋敷を押しつぶしたがダメージはそれほど受けていないようだ。驚くほどの丈夫さだった。起き上がると空中に飛び上がりエクスダインと50mほどの距離で睨み合う。


 まわりから悲鳴が上がる。耕輔をかすめるように破片が飛んでくる。見ると飛び散った破片から逃げ切れなかった人が何人も倒れて血を流している。他人事なのに耕輔に怒りが沸き起こる。さっきまで安寧あんねいの日々を過ごしていた人が突然巻き込まれ怪我をし、挙句に命まで落とす。


 その理不尽に、友人たちを巻き込んだ自分の迂闊うかつさと後悔の念が重なり、自分への怒りを通し耕輔を焦燥感で苦しめる。

 なんとかしなければ、なんとかしたい。


「耕輔お兄さん、あいつ、あいつやっつけて」

 女の子のその叫びは、耕輔の引き金を引く。

 今度こそ魔法の詠唱を完成させ、今までで最大のプラズマを発射した。それは太さが三〇センチを超え数十メータの光の柱となり黒いドラゴンに命中した。丈夫な頭のツノを吹き飛ばし、続けて二発、三発と命中するがドラゴンの鱗とぶ厚い皮膚で致命傷にはならない。

 翼膜よくまくを一部切り裂いたがすぐに腕でガードされた。さすがに黒いドラゴンはたまらず悲鳴の咆哮を上げ高度をあげ空中に逃げる。プラズマの射程外であったため今度は稲妻がドラゴンを包み込むように襲う。辺りは、雷鳴と雷光で目を開けていられない。


 黒いドラゴンは強く羽ばたき更に高度を上げる。エクスダインが立ちはだかるが、距離が離れたため耕輔の攻撃は届かなくなってしまった。


 二頭は羽ばたきながら空中で睨み合っている。その時、白く輝く光の塊が黒いドラゴンに向けどこからか放たれた。妙にゆっくり飛んでいくように見えたが急速に加速し次の瞬間命中した。直後に起こった爆発で直径数メートルの爆炎と閃光が起きる。さしものドラゴンもよろめき飛ばされる。少し遅れて爆音が届いた。


 黒いドラゴンは羽ばたきも弱く地面に激突する。弱々しく咆哮を上げ立ち上がるその時、黒いドラゴンの喉が膨らむ。

 それを見たフロスが叫ぶ。

「みんな、逃げて」


 耕輔は思い切り引っ張られながら後について逃げていく。黒いドラゴンの口から光輝が湧き上がるのが目の端に見えたが、次の瞬間近い屋敷の壁に開いた穴から中に飛び込み部屋の隅にフロスに押し倒される。幼いながら女の子のいい匂いがする。

 耕輔はぼうっとなりながら必死に自分に言い聞かせた。


「こんな時に僕は何を考えているんだ。そうじゃなくて、僕はロリコンじゃないはず。

 お願い、これはまずいです」

 ここまでに耕輔は0.1秒、しかし周りの状況が理解できず高鳴る鼓動を必死で抑えている。フロスは押し倒され固まっている耕輔を無視してじっとしている。

 その0.5秒後、壁の穴から猛烈な熱気が部屋に吹き込んでくる。熱気はすぐに去って室内には影響なかったものの壁の穴のあたりに火がついて燃えだした。その炎の光で室内が見える、物置なのか結構狭い部屋だった。


 やっとフロスが耕輔から離れる。

 すっかり正気に戻った耕輔はさっきまでの自分に赤面したい気持ちだった。


「今のは?」

「ドラゴンブレス。

 やられそうになった黒いドラゴンが苦しまぎれに吹いたの。

 ドラゴンブレスはドラゴン自体にもダメージがあるからよっぽどでないと吹かないのよね。

 ほんと危なかったね。

 ギリギリだったよ」

「助かった。よくわかったね」

「うん、エクスダインとはよく遊んでいるから雰囲気でわかった」

「えっ、遊んでいるって」


 フロスはニコニコ笑って黙っている。

「それより、外が静かになったみたい」

 耕輔は、火が消えて真っ暗になった狭い室内にフロス女の子と二人でいることに気がついて、慌てて壁の穴から外に首を出し様子を伺う。大丈夫だと見てすぐ外にい出した。


 アギーも耕輔の胸元から顔を出す。

「ぷはっ、あー苦しかった。

 狭いし暗いし、耕輔の鼓動がうるさいし。

 散々だわ」

 そう言い、耕輔を見上げにやにやしている。


「しーっ」

 耕輔は慌てて人差し指を立てて沈黙のお願いをした。

 アギーは口に手を当てて笑いながら耕輔の頭の定位置に移動した。

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