第四章 世界の中心

偵察部隊

 太陽は中天を過ぎている。そこは森というには木がまばらな場所であった。春の太陽の日差しは心地は良いが長く当たっていれば汗が滲んでくる。そのせいか男たちは木陰が落ちる場所に佇んでおり、それが小さな集団となり雑談をしている。離れて居眠りをしているものもいた。男たちは粗末な布の服を着て見た目は農民のようにも見えるが、よく見れは皆長短数本のナイフを腰に下げ、その目つきとかもし出す雰囲気が見た目通りではないことを物語る。そんな男たちが二十人ほど何するでなく居るのはこのような場所では一種異様であった。


 中心から少し離れて木に綱をかけて建てたテントが三つほどあり、その一番大きいテントの中で五人の男が話し合っていた。どこかの軍隊の偵察部隊らしい。

「ランドルフの隊は川の南側、グレッグの隊はここから西側、ユスタスの隊は北側の偵察。

 目標は地形の把握とこの土地の政治状況の把握だ、できれば農民を五・六人さらってってこい。

 いいか、くれぐれもこの土地の守備兵に捕まったりするな。

 助けはこないからな」

 革製の兜をかぶり飾り羽をつけた指揮官らしい男が指示を出す。この男がだけがチェインメールに革の鎧をつけ胸には紋章をつけている。


「本隊が二日の後方にいる。

 明日の午後には本隊に合流のため後退を開始する。俺らの情報がこの遠征の成功の可否を決めるから、そのつもりいろよ。

 働き次第でいつもより褒賞が期待できるぞ。

 各自障害は自力で排除しろ。偵察出発は各隊に任せる」

 各偵察小隊の指揮官は自分の隊に戻り指令を伝える。各隊は五人構成で三隊が偵察、二隊が拠点防衛と本隊との連絡業務を行っていた。


「やれやれ、部隊長は人使いが荒い」

 ランドルフと呼ばれた兵士が自分の隊に戻り指示を出す。

 彼は一応小隊の長となっているが命令権限はないに等しかった。この偵察部隊は本隊から向いている人間を各隊の推薦で集めたため厄介者や上官の嫌われものなど曲者揃いで、部隊内の上下関係ははっきりしていない。互選で長を選んだぐらいだから、指示というか相談に近かった。みんな面倒を押し付けあったのが実情だった。


「俺らは、早めの夕飯を食ってできるだけ明るいうちに出発するぞ」

 他の隊員から合意の声が上がる。

 ランドルフは食事までの間、木陰に腰掛けこの偵察任務についてぼんやり考えていた。この偵察部隊に任命された時にあまり乗り気になれなかった。そもそもこの遠征自体が気に入らなかった。


 ランドルフは戦いの中で十年以上過ごしてきている、戦いは慣れたものだ。命をかけた戦いもいつものことでそれに乗り気も何もなかったが、その中で培ったカンが告げている。

 『この土地は謎が多すぎる。嫌な予感がする』

 ほんの数ヶ月前までこんな土地があるなんて誰も知らなかった。土地の言い伝えにはあったらしいが、誰も見たことがなかったのに突然発見されるなんてあまりにおかし過ぎる。

 気が付いたら谷の向こうに抜ける道があることに気がついた。好奇心の強い奴が抜けてみたら、緑の豊かな大地が有ると言うじゃないか。その上、みたことのない生き物や、伝説や神話の中の獣をみたと言う噂もある。馬鹿げた話だと笑いのネタにしていたが、いざ来てみると笑い飛ばす気になれないものを漠然ばくぜんと感じるのである。


 彼自身はそんな生き物を見たことはなかったが遥か遠くに鳥とは思えない巨大な生き物が飛んでいるのを見た隊員がいるらしい。

 近隣の領主達は何を考えたか、まとめて遠征部隊を仕立てて土地を取りに打って出た。自分はそのあおりで駆り出されたわけだが。もっと時間をかけて偵察や密偵などに探らせるべきなんだが。

 などと考えていた。同じ小隊のブルクルスが飯だと呼びに来たので、首を振り「まあ考えても仕方ない、まずは任務だな」と呟き立ち上がるのだった。


  —— ☆ ☆ ☆ ——


「川原さん」

 春華のベッドの脇に座る玲奈に原田医師は声を掛けた。ベッドの脇には色々とお見舞いの品物が置いてある。カードの名前は父親の知人ばかりだった。


「はい?」

 にこやかに笑顔で振り向き明るい声で玲奈は返事をする。

 玲奈はもう退院しており、毎日のように面会に来ては春華の顔を眺めている。もちろん、祐司や耕輔の様子も見には行くのだが主には春華の病室にいる。そして、最も時間を使っているのが異世界の三人の様子を原田医師に伝えることだ。


 理由は不明だが異世界のフクロウの自分に繋がると、経験していた記憶が、忘れていたことを思い出すように浮かび上がる。

 原田医師はこの現象についてこうだろうと説明してくれた。無意識領域では繋がっている。だがいつもは意識下にあって記憶にアクセスできない。意識的に繋がると意識領域からアクセスできるようになる。のではといっているが玲奈はよくわからない。そんなものかなと思っていた。


 玲奈の報告で状況がわかり、耕輔や祐司が魔法を使うタイミングが推測できるようになってきた。おかげで怪我の治療や機械でのモニタを行えるようになった。いまでは耕輔たちも慣れたのか、魔法行使に伴う事象改変は最初の頃のようには起こらなくなっている。とはいえ完全には漏れ起こらないわけではない。特に耕輔が魔法を使うと漏れ出る電撃で感電する恐れがあった。いまは、その心配をせず面倒を見れるはありがたかったのである。


 玲奈はそろそろお昼ごはんにしようかと思っていたところに、原田医師から声を掛けられたのだった。

 原田医師は難しい顔をしている。

「少し時間を取ってもらっていいかな?」

 いつも話をしているのに、なぜわざわざそんなことを言うのかと疑問を覚えた。そして思い当たる節に緊張し、笑顔から玲奈は真顔になる。

「はい、大丈夫です」


 原田医師は、玲奈をブリーフィングルームに連れて行った。六畳ほどの部屋で照明は明るい。四人がけの小テーブルが三つほど置いてあり、一番手前のテーブルに資料を置き向かい合わせに座った。


「川原さんのおかげで大変助かっています。

 特に矢野くんは危険なので助かります」

 原田医師は挨拶として感謝を述べる。


 玲奈は、これは何度かされている話なので、この後に続くであろう話を聞き漏らさないように緊張して原田医師の顔を見つめている。

「これは皆さんの保護者の方にいずれ伝える話なのですが、まず川原さんに伝えておきます。

 できれば二人にも伝えてください」

 原田医師は言いにくそうにしている。


「三人の全脳的魔法演算領域が高度活動状態の話はしていますね。

 この状態になってからもうすぐ一週間になります。

 脳波の状況から観ても活動度が徐々に上がっており、このまま行けばいずれ限界を越えてしまうのも近いと思われます。

 予想通り、あと二日以内に平常に戻さないとかなりの確率で永久的なダメージが残る危険性があります」


「命に関わるのですか?」

 玲奈はもっとも聞きたくない結果をあえて聞いていた。

「その可能性がないとは言い切れません」

 原田医師の返事に玲奈の顔に悲壮感が広がる。


 原田医師は重苦しい声で説明を続けた。

「といって、命の危険はすぐにはないでしょう。

 でも、彼らの魔法能力の永久的喪失か、身体的・精神的後遺障害が起こる可能性は、かなり高いです。

 いままでに、このような現象は報告されていないので確定ではないのですが、大脳生理学的観点からは間違いないと思います」


「……そうですか」

 玲奈はうつむいて唇を噛んでいる。

 判っていたことではあるが実際に宣言されると言葉の重さが玲奈の心にのしかかって来る。

「みんなに伝えます。

 私ができることはそれほどないですけど、みんなを助けて少しでも早く快復できるようにしたいです」

 顔を上げ涙がにじむ瞳に決意を込め原田医師を見つめる。

「先生!

 きょうから私も泊まり込みであの世界に繋がってみんなを助けます」


 原田医師は少し思案をした上でうなずいた。

「わかりました。

 本当は私からもお願いしたかったことなのですが……

 でも川原さんは未成年です。

 一旦帰宅して親御さんに許可をもらってください。私からも親御さんに説明しておきます」


 原田医師は大きく噛みしめるように語りかける。

「もちろん無理にではないですからね。

 もし、許可がもらえたら連絡を下さい。私は、それに備えて準備はしておきます。

 でも、無理はしないでくださいね。

 川原さんにまで何かあったら私は一生自分が許せないでしょう」


「わかりました。

 先生、心配してくれてありがとうございます。

 私はみんなを(絶対)助けます」

 玲奈は強く頷き帰宅するために席を立った。


  —— ☆ ☆ ☆ ——


 馬車はゆっくりと街道を進んでいく、馬車の乗り心地にもだいぶ慣れ、耕輔も文句を言わなくなっている。耕輔は馬車の後ろの立板に肘をついて馬車が通ってきた道を眺めている。

 時々車輪が大きな石を踏むと肘が外れて顔をぶっつけそうになっている。肘をついて眺めている馬車の後方には緑の草原が広がっていた。その草原を割って、馬車が辿ってきた一本の茶色い道が続いていた。


 山岳地帯を抜けてからそろそろ一日が経つ。この辺りは緩やかな丘陵地で丘の斜面を利用した葡萄畑やあたり一面緑の麦畑が広がっている。丘の所々に塀に囲まれた集落が散見される。


 この頃にはクラクもすっかり回復しており、いつものように手綱を握っている。目的地まであと一日半くらいの日程になってきているが、日もだいぶ傾いてきておりそろそろ宿か野営の場所を考えなければならない時間になってきていた。


 耕輔が先に行こうとしつこく主張するので、宿場を先に延ばしていたらシャレじゃなく野営しかなくなってしまった。ちょうど良さそうな林があったので、今日はここで野営することになった。


 先人のキャンプの跡で炎を起こし、夕食を取り終わった頃には日はすっかり暮れていた。耕輔はここは自分の出番でしょとばかりに、電磁輪環光を三つほど灯してみんなに受けていた。


 明かりのおかげで祐司とファーファは日課の修行ができると喜んでいた。昨日は二人ともどことなくぎこちなかったが、今日はまあ普通に手を取って指導していた。

 見られたファーファより見た祐司の方がぎこちなかったのはして知るべしだった。そして、ライリーがそばで鬼の形相で、これは言い過ぎだが雰囲気はそのままである、睨むように監視している。少しでも不自然な動きをすると咳払いや、『そこ近い!』などと注意が入るのだった。


 さすがにファーファが強い調子で『修行の邪魔をするな』と注意したので、しぶしぶ声を出すことはしなくなったが、監視はそのままだった。


「こんな短い時間じゃとても無理なんだけど、ファーファは飲み込みがいい。

 最低基本の型だけは覚えて欲しい」

 そう言って、手本を見せてはファーファにやらせて指導していた。

 耕輔はそれを眺めている。

「それと、護身のためこの技も教えておく。

 相手に腕を掴まれた時に」

 ファーファの手首のあたりを押さえる。


 ライーリーが目をくがそれは無視して続ける。

「ここを押さえてこっちにひねると無意識に関節を守るため体がこう流れるので……

 そうだ、耕輔ちょっとお願いしていいか」

「えー、しょうがないなあ」


 耕輔は時々祐司のに付き合っているので受け身は取れる。技を掛けるのはだめだが、掛けられるのは得意だった。


 祐司は耕輔を簡単に投げ飛ばして見せる。

「こんな感じ、投げた後の落とし方次第で硬い床なら相手を簡単に壊せるから。

 練習の時には気をつけて」

 ファーファは真剣な表情で祐司の腕を取り、言われた通りに引いたり押したりしている。


 祐司はもう何度か耕輔を投げ飛ばして見せ、タイミングと力のかけ具合を教える。更にファーファを投げ飛ばし、受け身の取り方も教えるのだった。


「なんだか簡単に投げ飛ばすな、わざとじゃないのか?」

「良かったら試してみるか?」

「いや、いい。

 ユウジの技は疑わないよ」


 茶々を入れたバーデンが首を横に振って断ってきた。

 さすがに先日のことがあったので試す気にはならなかったと見える。マーフィーはというと、裕司の技が口だけじゃなさそうだと理解して、視線が幾分柔らかくなったがそれを口に出すことはなかった。

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