獣再び

 祐司は寝返りで目が覚めた。

 今は何時なのかと思ったが知る方法がなかった。(本当の意味で)野宿の経験は初めてなのでどうしても眠りが浅くなってしまう。


 キャンプになら何度も行ったこともある。でもそれは、今の状況に比べれば天国みたいに思える。テント、寝具も寝袋や枕、断熱シートもあった。でも、いまはそれらすべてがない。落ち葉を集めて寝床にしているが体を覆うものも風を防ぐテントもなかった。


 窪地のため風こそ当たらないが、夜の獣の唸り声や遠吠えがそのまま聞こえる。周りを見まわそうにも手元も見えない暗闇だ。しかし、目の前で寝ているアギーの体はかすかな光を伴っており、それが星明かりより暗いものの輪郭ぐらいはわかる明かりを提供していた。


 ここは、何本かの木が絡み風除けぐらいにはなる窪地である。そこにアギーが認識阻害の魔法をかけて外からは見えないようにしていた。これでヴェガの獣やその他の敵は防ぐことはできる。とはいえ、耕輔のことを考えるとジリジリとした焦りを感じてしまう。この未知の異世界で離ればなれになってしまった親友の身を確かめにすぐにも走り出したいところを無謀だと割り切り自分を抑えていた。


 その時、遠くで雷鳴のような音を聞いた。もしかしてと体を起こし見回してみるが窪地のため周りが見えない。立ち上がり見回すが何も見えない。その時、動物の鳴き声にまぎれるようにまたかすかな放電音が聞こえた。方向はわかるものの何も見えない。思わず飛び出そうとしたがこのままというわけにはいかない。アギーに声を掛ける。


「アギー、起きてくれ。耕輔らしい放電音が聞こえた」

 アギーはしばらく反応がなかったが、我慢して待っているとやっと体を起こし伸びをして祐司の方を向いた。

「なあに、ふぁぁ、耕輔がどうしたの」

 まだぼぅとしている。


 こいつは低血圧かと思いながら押さえた声で話しかける。

「アギー、耕輔らしい放電音が聞こえた」

 繰り返したその時、さっきとは違う音だったが放電音が確かに聞こえた。


「もうちょっとすれば朝なのにねぇ。

 まだ暗いけどしょうがないなあ。

 まあ、祐司がいれば大丈夫よね」

 アギーはすっかり目が覚めたらしくしっかりした声で返事を返して来た。どうやらアギーには時間が判るらしい。そりゃそうかここで暮らしているんだものなと納得し、手探りで剣を拾い背負う。その時にはアギーも魔法を解除し空中で耳をすましていた。



 その少し前に、耕輔は目を覚ました。あたりはまだ真っ暗で何ひとつ変わった風はなかった。何時間寝たかはわからなかったが、だいぶ魔法力が回復した感覚があった。これなら大丈夫とここから降りることにした。

 ちょっと名前長すぎたかと考えながら、電磁輪環光エレクトリックマグネティックサークルレイを唱えリングを出す。


 枝を伝い地面に降りた。リングは耕輔を追尾し彼の頭上50cmくらいに常に存在している。リングの光で5m先くらいまではうっすらと見ることができた。


 地面に降りたのは腰が痛くて耐えられなかったことがある。それに、明かりがあれば親友裕司を探せると思ったのだ。しかし、それは早計だったと後悔することになった。


 暗闇の中の明かりは目立つ。しかもしばらく前に実験のため様々な明かりを出しては消していたのだ、遠くから見れは点滅する明かりにみえて、より注意を引くことに気がつかなかったのは耕輔の迂闊であった。待ち伏せされたのだ、リングの明かりを反射して赤く光り、唸る目に気がついた時には周りを取り囲まれていた。戻ろうにも一番下の枝にも手が届かない。


 耕輔は、覚悟を決めて電撃の魔法式を唱える。ここに来てもう何度も唱えてきたのだ、魔法式から電撃が起きる感じはつかめている。この世界の魔力をどうすれば効率良く電撃に変えられるか体感として会得えとくしていた。


 指差す右手から電撃が五メートル以上にわたり放出され敵をぎ払う。しかし、木の陰に隠れた獣は倒せない。敵も耕輔の電撃は学習していた。電撃の到達距離が判るとそれ以外の獣は後ろに飛び下がりダメージを受けないのだった。そして、包囲の輪を徐々に狭めて来ていた。


「くそう、思ったより賢い」

 耕輔は独り言をつぶやいていた。集中すると本人も気がつかず声に出してしまう。口に出すことで考えがまとまるのだが、友人達には不評でよくうるさいと言われたものだ。

「電撃の距離は伸ばせるけど、伸ばすと命中率が下がるし(魔法)力をより使う。

 疲れて魔法が使えなくなるとまずいしな。

 戦闘がいつまで続くはわからないので無理はできないよなぁ」


 焦りの気持ちを押さえて考えるがいい方法は浮かばない。そもそも耕輔は喧嘩(戦い)が苦手だった。反抗心は強いものの相手に強気で来られると引いてしまう。優しい性格とも言えるのだが、本人は嫌でたまらなかった。

 礼儀をわきまえ、必要に応じて強気でいられる親友の祐司が羨ましくてたまらず、よくああなりたいと思っていたものだ。それが彼の性格と言うより、環境と考え方によるとは耕輔は理解していなかった。単純に自分にないものに憧れていたのだった。


 そんな自分の迂闊さからみんなを巻き込み、この世界に放り込まれさらに迂闊さを重ねて困難な状況に置かれている。獣を倒している電撃だってギリギリの状況でやっと使えることに気がつくほど甘々の自分に嫌気がさしていた。だが、意図していなかった初めての戦いという意味では耕輔はよくやっている。とはいえなんとかしなければならない。


 にらみ合いが続く、そのとき多和良たわらの顔が脳裏に浮かびその声が頭に響く『単純バカだな……』ハッとする。

「ああ、そうか。僕はばかだな」

 思わず声が出た。

 戦闘中に初めての魔法を使う、無謀だったが自信がある。自信は魔法の重要なファクターである。


 左手にトリガーを持ち、右の掌をまっすぐに突き出す。そして、意識の中で魔法式を組み立て、起動となるワードを呟いた。『プラズマビーム』突き出した掌から多和良たわらが見せてくれたものより遥かに大きく長くプラズマの射線が走る。


 それは二十m以上の長さに伸び射線上のものを全て炭化させるか蒸発させるかした。射線上にあった何本もの太い木は水分の爆発的蒸発のためにぜ飛び轟音を立て倒れる。獣も爆ぜ飛ぶ、これには吐き気がこみ上げてきて、たまらなかったがなんとか我慢した、そんな余裕はなかったのだ。

「すごい威力だ。多和良たわら先生、おかげで助かります」

 多和良たわらに感謝する言葉が思わず口から漏れた。


 すでに獣の群れの四分の一は倒したが、敵は諦めない。

「なんで、あんなにやられても諦めないんだ。

 くそう。あのババアに操られてんだろうけど、しつこい」

 獣たちは、作戦を変えて射程距離外に群れてこちらをにらんでいる。散発的に襲いかかってくる獣を始末しながら作戦を立てる。


 木を背にしているので背後の心配はないが、脇の注意はどうしても甘くなってしまう。何度か横から来られてギリギリで倒している。一度は爪がかすって服が避けている。それ以来電界を纏うようにしているので接近がわかり、突然襲われる心配はない。だが、これが魔法力を徐々に奪っている。敵は数がいるので、耕輔が弱るのを待って一斉にかかれば良いのだ。あいだに攻撃を仕掛け回復のを与えない。実に合理的作戦をとっていた。


 あせりは正常な思考を奪う、分かってはいてもパニックを起こすとそうは言っていられない。戦い慣れしていない耕輔はパニックを起こしていた。かといって、自暴自棄になることはなかった。


 彼の思考はひとつのことにしっかりと縫い付けられていたからだ。

――藤鞍さんを探してみんなで元の世界に戻る――このことを成すために最善の方法を考えていた。まずは、この獣たちから逃れなければならない。考えてもいい方法がない。なら良くも悪くも現状を如何いかに変えるか、戦術の基本である。周りを慎重に見回す。案外正面の獣の数が少ない、脇のほうが多く同時にかかられると不利なのがわかった。


 耕輔は突破することを決心した。

「やってやる」

 決心の言葉を口にし、歯を食い縛りトリガーを握りしめる。そして、獣の一番少ない正面に向かって駆け出した。プラズマと電撃を振りひるんだ獣の間を抜け、ギリギリで爪をかわし、電撃を後方に振りまき駆け抜けた。


 その作戦はとりあえずうまくいって包囲からは抜け出せた。しかし、抜けはしたが相手は獣だ足では敵わない。追いかけてくる獣を電撃で蹴散らし、時々立ち止まりプラズマで倒しながら逃げた。

 邪魔な木は吹き飛ばす。リングをもうひとつ十m先に出し行く先を照らす。


 さすがに獣たちも犠牲の多さに生存本能が働いたのか追いすがる獣は減ってきたがまだ油断できない。とはいえ、時々立ち止まれる余裕ができてきた。ひと息はつけたといっても安心できない。すでに戻れるかも心もとない。もう、魔法を撃つのもしんどくなってきている。


「どうする、祐司は探しにくるだろうか。

 いやきっと来てくれるはず」

 信じてメッセージを残すことにした。

『アウローラに向かう

 ゲンチで会おう

 レイナはひろった』

 そばの太い木の幹に電撃で文字を書いた。

 元の場所をこれ以上離れたくなかったが、その間にも獣が数匹姿を見せる。


 耕輔は、玲奈が付いてきていることを確信して駆け出した。

 しばらく走ると獣の姿は見えなくなった。

 魔法で獣を追い払う必要はなくなったが、安心できず更に逃げて行く。それはヴェガの魔法の範囲外に出たせいだったが耕輔にわかるはずもない。


 木々の密度が低くなり、白んできた空が枝の向こうに見えるようになってようやく逃げるのをやめた。そのときには完全に迷ってしまってもう元の場所には戻りたくても戻れなくなっていた。


 そして、そろそろ限界だった。激しく肩で息をし地面に倒れこんでしばらく身動きできなかった。

 金色のフクロウが上空を旋回しているのを眺めながら気を失った。

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