巨人と裕司

 ヴェガの大木からかなり離れてきた。森の木々にカーテンのようにぶら下がっていた苔も見当たらなくなってくる。裕司が木の密度も下がり進路の調整が楽になって来たと安心したのもつかの間、広い空間に出たところで巨大な手に捕まり放り投げられた。


 身長五mはあろうかという巨人が油断した祐司たちを捕まえたのだ。


 三人は空中でバラバラになり地面に落ちる。慣性中和のせいで祐司は真下に落ちたが、手を離した耕輔は慣性中和領域から出たところで巨人の腕に当たり遠くへ跳ね飛ばされてしまった。衝撃なく地面に降り立った祐司は直ちに剣を構えなおし巨人に相対あいたいした。


 『縮地』で事象改変されていた領域魔法を解除し、再び剣に時間固定の魔法をかける。

 いまや裕司は自分の中の疑念を払い、魔法の行使に自信を持っていた。慣性中和を使わないのは、巨人のような大質量の敵と戦うためには剣の慣性があったほうが有利と見たのだ。


「ぁおう、こまかいの、おらはストラズク、パロール族バラク氏族の族長だ。誓約のもとにフクロウのばばぁの要請に従いお前を捕まえる。

 観念してしてフクロウのばばぁのいうことを聞きな」

 見下ろし腹の底から響く極低音の声で威圧する。


 祐司は見上げながら名乗った。名乗られたのなら名乗り返すのがルールだ。

「俺は神谷祐司、国立魔法学園高校一年。親友を守るために戦う。

 それは聞けない話だ」


「なら、潰れろ」

 ストラズクは足を上げ踏みつぶそうとしてくる。祐司は横っ飛びに転びながら避ける。避けたところを次々に踏みつぶそうとしてくる。裕司は連続的に転げまわりなんとか避けていたが、このままではいつか捕まる。その上剣から手を離してしまった。逃げることに精一杯で取りに戻る余裕がない。


 巨人も膨大な体重で動き回り疲れたのか攻撃が一息つく。裕司はやっと体勢を立て直し荒い息を整える。ストラズクから目を離さないようにしながら剣に視線を飛ばした。


 ストラズクは位置を確かめるように裕司をにらみつけ、大きく息を吸うと再び足を上げる。

 裕司はストラズクの次の攻撃は難なくかわす。逃げる準備はできていた。巨人の顔に焦りが生まれてきている。裕司は巨人の動きの先を読みながら足をかわし剣の方に逃げていった。


 数回の巨人の足をかわしなんとか剣を拾い上げる。剣に魔法を掛け直そうとしたがその隙はなかった。足踏みでは潰せないと判断したストラズクが背中の棍棒を振り下ろしてきたのた。


 裕司は魔法式の詠唱を中断しギリギリでけた。棍棒が地面を打ち轟音を上げる。余波の衝撃波が裕司の髪を揺らし、破壊力が緊張を高める。緊張で体が固まるのを吐息とそくでほぐし、次の攻撃に備える。


 棍棒となると余裕がなかった。先読みは難しくなったが攻撃の間隔は長くなる。かろうじて剣に魔法を掛け直し構え、棍棒の攻撃を真正面で受けた。これは賭けだった。使い慣れていない技を対人戦闘で使う。ちょっとでも間違いがあれば叩き潰される。


 裕司は賭けに勝った。巨人の棍棒は真っ二つになり、先の方は吹っ飛んでいき立木に激突する。しかし、手元の半分はそのまま裕司に襲いかかる。それは読んでいたがさばき切れず左肩から鎧をかすめ吹き飛ばされる。


 転がりながらもストラズクの足を払うが、体勢が悪い。どんな切れる刃物でもある程度勢いか力を込めなければ太い、それこそ巨人の足など切れはしない。

 ストラズクは驚きと痛みに顔をしかめるが棍棒を投げ捨て止めようしない。


 祐司も先ほどからの魔法の連続行使と戦いで体力も限界に近づいていることはわかっていた。


 日本刀とは違う形ではあるが、剣を中段の構えで持ち気を集中しストラズクの隙を見定める。巨人となるとその質量のため素早くは動けない、というものの捕まれば無事ではすまない。ともすれば恐怖感が湧き上がり呼吸を乱しそうになるが、呼吸を整え全てを目の前に集中した。


 ストラズクが傷めた足をかばいつつ掴みかかってきた。足の痛みのせいか最初のときほど動きにキレがない。十分に集中できていた裕司にはゆっくりとした動きに見える。気合いとともに一刀でその腕を切り落とした。

 巨人は叫び声をあげ腕を押さえて辺りの木をなぎ倒しながら転げ回る。


 唸りながら祐司を睨んでいる。

 自身のそれこそ腕をかけた戦いで、ヴェガとの誓約が果たされたのか、祐司の見事な技に観念したのか、その目にもう戦意はなかった。

 祐司は残心の構えを解かずしばらく相対あいたいしていたが、巨人の言葉で構えを解き歩みよった。


「参った。

 ストラズクは降参する。

 その剣さばき見事やで神谷祐司。

 お前と戦えたことはおらの誇りだ。

 家来にしてくれ」


 突然の申し出に頭がついていけなかったがこれだけは返答する。

「申し訳ないが、家来はいらない」

 そう言って魔法式を唱える。ストラズクの腕の切り口から深さ数ミリの部分の時間を止める。

 「これで血も止まるだろう。

 しばらくは大丈夫なはずだから仲間に治療してもらえ」

 そう言って目的の方向へ歩き去る。

 ストラズクは体を起こし痛みが消えた腕の切り口を不思議そうに眺めながら祐司を見送る。


 巨人から十分離れたとろころまで来ると膝の力が抜けて祐司はへたり込んでしまった。この世界に来てから緊張が続いていた、そこに見たことのない獣との戦い。

 いままで使えたことのない魔法を連続で行使し、最後は巨人との一騎打ち、初陣ういじんにはハード過ぎだぜとつぶやいて呼吸を整えていた。


「あ、いた。大丈夫?」

 上空から声がかかる。

 慌てて見上げるとアギーが空中から降り来て剣の柄に留まった。

「見てたわよ巨人との戦い、大したものよ。うんうん。感動したわ、最後魔法で助けるなんて騎士並みの情けね」

 あまりアギーがめるものだから流石さすがの祐司も照れてしまった。

「いや、巨人はさすがに怖かったよ。でも、往生際もいさぎいいし礼儀正しいし。

 なんだかね」

「凄かったのは確かよ。

 でも、疲れてると思うけどここは長居するとこじゃないわ」

 アギーはひとしきり褒めた後、周りを見回し祐司をそくした。

「耕輔も探さないと」


「そうだ」

 さけんで立ち上がる。

「どっちだ」

「それがわからないの。空中で離れて。

 わたしは飛べるし、遠くへは飛ばされなかったからすぐ戻れたけど」

「参ったな、アギーにわからないとなると、探しようがない。

 それに、そろそろ日が暮れる。

 あいつ大丈夫かなぁ」

 途方にくれるとはこのことだった。


 しばらく考えこんだものの探す方法がない。

 この暗い森では少しでも日が暮れると全く見えなくなってしまいそうだった。

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