小さな妖精(アグレイア(アギー))
二人がこれからの行動を相談しようとしていたその時、耕輔がさっき耳にした歌が聞こえてきた。
夜の窓の明かりとり、
ななめに並んで走ってく、
隊列組んだ流れ星。
隣の壁の隙間から、
覗いている奴もいて、
食い物こっそり持っていく。
羽の生えてる細い奴、
お空に遊び散歩する、
ほのかに香る花の蜜、
午後の紅茶としゃれている。
「「・・・!」」
驚きすぎて声が出ない。
そばの立ち木の枝に小さな人間の形をしたものが立っていた。どう見ても身長15cmくらいの少女がこちらを興味深げに見ている。
二人が身動きできないでいると、小さい少女が枝から飛び降りてくる。
「戦士と詩人たち。私のおうちに何の用」
思わず受け止めようと、祐司は足を踏み出そうとしたが動けなかった。少女は宙に浮かんで二人を見つめている。よく見ると小さな羽根が生えている。しかも耳が尖っている。
「妖精⁈」
絶句し、初めて見る妖精に二人とも身動きもできずにいる。言葉がわかることも驚きのひとつだった。
「妖精のおうちに近寄るには礼式を守りなさい」
妖精の周りに不穏な波動を
「ごめんなさい。僕らは知らなくて」
「ごめんなさい」
とりあえず耕輔は反射的に謝る。続いて祐司も謝ったが、求められた答えではなかった。しかし、結果的にことは良い方に運んだようだった。
「謝ったとして許されない。まずは太古から伝わる礼式に
・・・
・・・
あら、
なんだかおかしいと思ったらあなたたち・・・
ここの人間じゃないわね」
謝罪は受け入れられず、今にも発動しそうになっていた魔法が急に色合いを変え、妖精にまとわりつく。
彼女は何かに気がついたように興味深げにこちらを伺う。
本当に妖精のようだ。透き通ったベールのような淡い色合いの服を着ているといって、肌が見えるわけではない。ボトムスは虹色に光を弾くミニスカート。細い素足は
顔つきは少女なのだが、それに見合わない目の光がこちらを射抜くように見つめている。
「あなた達はだれ?」
さっきまでの敵意は好奇心に満ちた微笑みと取って代わる。鈴がなるように澄んでいて、そして穏やかな声で語りかけてきた。
「ここの人間じゃないようだから教えてあげるけど。
まずは自分の紹介と相手の領域を侵す理由を述べるのよ」
スカートの
「我は、ダーナの眷属、フローレスヴェレのアグレイア。
オリーの南のラースを守る小さき者。
我れが守護者たるストラボに
「俺は、日本人の高校生、神河家の祐司。魔法学園東京校の高校一年。
祐司は、背筋を伸ばしてそのまま上体を倒し、見本のような美しい礼をする。礼をしつつそれらしい順番で自分の紹介をした。礼儀を叩き込まれている祐司はこういうところにはそつがない。
「僕は、日本人の高校生、耕輔、矢野耕輔、魔法学園東京校の高校一年。
同じく自分の世界に帰る方法を知りたい」
耕輔も祐司に
「その高校生たちが私のおうちに何の用?」
「たまたまです。
自分たちの世界から突然ここに飛ばされて気がついたとこでした。
どうしたらいいか迷っていたところです。
ここは、なんてとこなのですか?」
耕輔が丁寧にチグハグな質問をする。
「ふーん・・・」
二人を上から下までしげしげと眺めて、納得したのかアグレイアは返事をしてきた。
「ここはさっき言ったようにオリーの南の
妖精達が住まう国よ」
急に親しげになって語りかけてくる。
「なんだか初めてあった気がしないわ。
なんだか声が硬いわね。挨拶をしてくれたからもう怖くないわよ」
悪戯っぽくにやりと笑って耕輔の頭に
「やっぱりあなたの髪の毛ふわふわで留まり心地いい。
気に入った。ここ私の場所ね」
「えっ。アグレイアさんそれは勘弁してほしい・・・」
頭を動かさないようにしたまま目だけで上を見ながら耕輔は主張するが。アグレイアは全く聞き入れる様子はない。
「私がそう言ったらそうなの。
それから私はアギーと呼んで」
さらに馴れ馴れしくなってきた。耕輔が祐司のほうを見ると、とりあえず我慢してくれという視線を送ってきている。耕輔はこの場は
「とりあえず今だけだから」
返事をしながらアギーの言葉に耳を澄ます。
「いいじゃない。妖精が頭に留まってるなんて
なんて、勝手なことを言っていたが真面目な顔になってつぶやく。アギーの話す言葉は完璧な日本語に聞こえる。
「外の世界からきたんだ。
帰り方は分からないわね・・・」
語尾の声が小さくなり、何やら考えている風だ、アギーが『外の世界』といったのが気にはなったが黙っていた。耕輔にはアギーの表情は見えない。見えてもちっちゃいので分かりにくかった。
ひとしきり考えた後に二人に説明するように話し出した。
「ここはいま災厄にあるのよ。
この世界の魔法を管理をしている花の姫が眠りの魔法に
そのせいでこの世界は活力を失いつつあるの」
その口からこの世界のことが語られる。
この世界は
眠りの魔法に囚われた姫は、この世界の魔法が偏ったり枯れたりしないように調節する魔法を
「きっと。
中央のカンピスマグニに住む
思案顔で二人に向かって推測を述べる。
耕輔と祐司は顔を見合わせるまでもなく同時に叫ぶ、
「どう行けばいいんだ」
「道教えて」
アギーは、
「いいわよー。
面白そうだからいっしょに行ってあ・げ・る」
小さいながら魅力的笑顔で楽しそうに二人の周りをクルクルと飛び回る。
「ちょっと待ってね」
アギーは、小高い土の円台に向かって飛んでいく。見ていると円台の中心でくるくると回っている。そのうち同じような妖精が集まってくるのが見えた。しばらくフラフラと飛び交わしていたが、ちょっとして戻って来た。
「私が留守にする間荒らされないように頼んでおいたから大丈夫。
それと・・・」といってアギーがラースと呼んだ小高い土の円台に向かって呪文を唱える。
アギーの視線を追ってラースを見ていた耕輔たちは、視野がすっと狭まりめまいを感じた。いつの間にかラースが見えなくなっている。なんというか向こうが透けて見えてる感じじゃなく、視野が不連続につながっているように感じる。見つめるとだんだん不安が沸き起こり目を逸らしてしまう。
「これはなんていう魔法なんだい」
祐司は目を
「まって、相手に魔法のことを聞くのはルール違反だからね。
とてもプライベートなことなのよ。
それに、自分の得意と苦手を相手に知られてしまうからね」
たしかに、自分の得意技を相手に教える格闘家はいないと祐司は独り言ちる。
そんな祐司に微笑みながらアギーは語りかける。
「いいわ、あなた達には特別に教えてあげる。
これは、認識阻害。
指定した場所に作用空間を作り、見る人の認識に作用して、見えているけど認識できないようにする魔法よ。
敏感な人なら視野が不連続につながっているように感じるはず」
「うん、確かに変な感じで見てると不安になる」
「完璧でしょ」
二人が別世界からの
祐司はそれは見なかったことにした。しかめた顔を緩めながら振り返り、さっき自分が歩いてきた方向を見ている。さっきまでの緊張の住み着いた顔に希望の色が浮かんできていた。
しかし、耕輔は暗い顔をしたままでいる。耕輔はずっと気にかかっていることを思い切って聞いてみることにした。
「アギー、二つ聞きたいことがあるんだ。もしわかったら教えて」
「なあに、答えられることなら。
教えてあげてもいいわよ」
アギーは人の頭の上から高姿勢な返事を返す。耕輔は、ムッとした気持ちを抑えこんで丁寧に質問する。
「この世界に女の子が二人、僕らみたいに迷い込んでいると思うんだけど、わからないですか」
耕輔は丁寧に喋ろうとするとちぐはぐな言葉になってしまう。全く国語力がないのであった。
「なにそれ、変な喋り方。にあわなーい。
あなた普通でいいから」
アギーはぷっと吹き出した。
妖精は気まぐれだというが、全くその通りであった。初対面の時の高圧的で
「うーん。
わかんない。
少なくともこの辺りにはいないようね」
アギーは空気を嗅ぎ分けるような仕草をしている。祐司は感心して聞いてみた。
「それは空気を嗅ぎ分けることで、存在を感知しているのかい」
「なに言ってんの。そんなことできるわけないじゃない。
雰囲気を出してみただけ」
祐司は
しかし、耕輔は納得していない。
「じゃあ、わかる方法はないの?
できることなんでもするから」
アギーは、軽く顔を上げ薄っすらと目をつむり、眉間に伸ばした人差し指を当てて考えている。等身大の大きさだったらゾクゾクするするような美しさであったが、惜しいかな綺麗な人形の域を出ないのが残念であった。
「じゃあね。
あまりお勧めしないのだけど」
表情を曇らせアギーはつぶやく。
耕輔は、アギーの顔は見えないものの声の感じから言葉に詰まった。しかし、春華と玲奈の身を案じて——特に春華の——急き立てられる気持ちが抑えられない。祐司へすがるような目つきになり、言葉を発しようとしたが、それを抑えるように祐司が先んじて
「よし、決まりだな。
まずは、その
祐司ってば、男気の
「急いで出発しよう」
祐司も気持ちは同じ、急き立てられる思いに歩き始めてから聞くのだった。
「で、どっちに行くんだ」
はやる心で二つ目の質問はすっかり忘れ去られてしまっていた。
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