魔法行使トリガー
三々五々生徒が出て行く実習室に残った春華達は雑談をしている。
「それでどうしたの。神河くんまで遅刻って」
「まあ、たまたまなんだがな。
俺は、部活の三年の先輩に捕まってどうしても離してくれなくって。
卒業後の私物の整理にきていたらしいんだが、もう失恋したとか、後輩は聞く義務があるとか、なんとかって。
俺には関係ないって。
ひと通り話を聞いて。次は
「それは災難ね」
春華は軽く眉をひそめ同情を示し、そのまま視線を耕輔に移し
春奈は、入学式で再会したとき耕輔を思いっきり無視してしまった。違うクラスと分かったときには安心もした。でもその後、自分では事故のことは割切っていたつもりだった春華は、軽く落ち込んこんだ。あの事故は耕輔の責任じゃないことはわかってる。でも、感情が納得させてくれない。責任がないことで人を責めるのはいや。二つの間で揺れるこころ。
そんな中で合同実習でいっしょになった。意を決して声をかけたものの、そのときには彼も壁を作り返事もしてくれなかった。でもいま同じグループになって、話しているうちに普通に会話ができるようになった。その機会を作ってくれたのは、祐司や玲奈のおかげ。それには感謝の念を感じていた。
頭を整理したのか、少し間が空いて耕輔は理由の説明を始めた。
「食堂で、喧嘩のあおりを食らって関係ない子のうどんを被ったんだ。
前に並んだ奴らが言い合いを初めてさ。僕まで突き飛ばされて。
後ろにいた子のうどんがね。
熱かったし。始末で昼飯食う時間なかったし、さんざんだ。
あー腹減った」
「なる、それでうどんくさいのか」
玲奈は納得顏で頷く。
「なんだよそれ。慰めるぐらいしてよ」
「矢野くん遅刻結構多いし、結局自己責任でしょ」
声に軽い非難の色合いを乗せて春華が突っ込む。
「えーそれ関係ないよ。うどんは事故だし」
「まあまあ」
玲奈はにこやかに両手を上げ、おさえるような仕草をしつつ話題を変えた。
当然そうだろうとばかりに春華に話題を振る。
「それはそうと、トリガーはどうする?
春華はもう持ってるよね」
「うーん。今は、持ってないのよね。前のは処分しちゃったし」
玲奈は、ハッと目を見開き口を右手で抑えた後、すぐに真顔に戻り、申し訳なさそうな声で春華に謝る。
「ごめんなさい。思い込みで変なこと言って」
「いいのよ、気にしないで昔の事だし。気分を変えて新しいものがいるなとは思ってたから」
四人とも春華の事情は知っていた。
Sクラスの春華がCクラスの授業に出ることは、最初の授業で簡単に説明されていた。先天的魔法使いが所属するSクラスの生徒は、人数が少ないので他のクラスで授業を受ける。そして、Aクラスの授業に出るのが普通だった。
魔法学園は、いや国の方針は、希少な才能である魔法適性の高い子供を早いうちから専門的教育と特殊処置で魔法使いとして教育する方針をとっている。全国合わせても一学年あたり約2000人前後、それだけ魔法の適性のある人間は少ないのだ。
現代の魔法技術は、科学と技術の進歩で魔法適性のある児童を後天的処置で魔法使いとする方法を開発した。しかし、それは十三歳から十八歳までの短い期間しか有効でなかった。
全国の児童は十歳になると適性検査を受ける。そして適性のある子は魔法使いになるのか十三歳までに選択を行うのだ。対して本当に数の少ない先天的魔法使いは、能力が発現するとともに特別クラスに強制的に集められる。そして、コントロールの仕方と適性に合わせた訓練を行うのであった。
春華の事故はその特別クラスでの訓練中の事故だった。
「どうせトリガーは、魔法式の起動の引き金になればいんだろ。
だったらなんでもいいはずだよな。
でも、なんでこんなに高いんだ」
耕輔は、教師からもらったプリントに挟み込んであったカタログを見て
「矢野くん何を言っているの。
トリガーはそれの存在を含めて起動の鍵とするわけでしょ。基本的に一生ものだから。途中で替えるのは儀式のやり直しが必要になるし、手間がかかって面倒でしょ。
だから作りもしっかりしているし素材もいいものを使ってるの。
授業聞いてたの?」
春華は、呆れた表情を浮かべ耕輔の目を見つめる。
いつもは春華の目を見ないようにしていたのに、真正面から見つめられて鼓動がはね上がってしまった。耕輔はドギマギして耳が赤くなってしまった。恥ずかしさからすぐ視線を外して、授業を聞いていなかったので、恥ずかしかったんだ、というふりをした。
「それは、・・・聞いたような・・・忘れてたような」
語尾をごにょごにょとごまかした。平静を装っていても美少女と目が合うと恥ずかしくなってしまう。そんな、普通の男子だった。
耕輔は誰にも言っていないが、特別クラスのとき春華に憧れていた。クラス一の美少女で、ハキハキして明るく責任感にあふれた春香は魅力的だった。淡い初恋だったのかもしれない。
それも事故で声をかけることもできなくなった。いや、彼女は特別クラスに出てこなくなり会えなくなった。家族に連れられ方々の病院や研究所で手を尽くしたものの、低レベルの精神的探査能力と極弱い物体移動ができるぐらいまでしか回復できなかった。
いっぽう耕輔は、事故の影響はなかったものの、魔法技能は伸びることはなく、中学入学前の検査で一軍落ち(特別クラスに行ける才能なしとの判定)そして普通の中学に通うことになった。
家族の落胆を心配して落ち込んでいた耕輔。
「それは残念だったな。普通の中学もいいとこだぞ」
など口では残念だというが喜びを隠さない家族にそれはもう切れまくったものだった。普通の家庭にとって、将来有利になることがわかっていたとしても魔法なんて得体の知れないものに関わるのは御免こうむりたいところだったのだ。
そんなだったが、生来の負けず嫌いと、家族を見返したい一心で努力をした。本来なら努力でなんとかるものではないのだが、わずかながらの先天的魔法素質と努力を評価されSクラスではなく、Dクラスでの入学が許可されたのだった。
そういう訳で、入学式で春華に再会したときはそれはもう嬉しかった。とびっきりの笑顔で挨拶をしようと春華に駆け寄ったところ、完全に無視された。視線を合わせることなくかけた言葉すら無視されたのだった。
耕輔は、それはもう落ち込んだ、天国から地獄である。クラスも違ったので様子をうかがいに行くこともなかった。どんよりと日々をすごし、おかげでクラスでも地味で暗いやつ認定され構ってくれる友人もできなかったのであった。
二学期からの合同実習でいっしょになったときには、さらに気が重かった。好意を感じていた分無視されたことが、(理由は想像つく)重く心にのしかかっていた。そのせいか、このころから悪夢を見るようになっていた。
裕司と玲奈のおかげで仲直りできて、同じ実習グループにもなれた。
口には出さないが、友人たちには思いっきり感謝していた。
「で、春華さまとしてなにかアイデアが?」
自分の心を隠すため、
苗字ではなく名前で呼べたことがなんとなく嬉しい。
耕輔の好意は、祐司と玲奈にはもろバレだったがまぜかえすほど子供ではない。
春華は気がついていない。
お嬢様の自分に向けられる好意も敵意もいつものこと、そんなことが、春華をして他人の気持ちに疎くさせていた。
「もう、かわいくないわね」
耕輔の茶化しを軽くいなし、続ける。
「知り合いのアンティークのお店が魔法アイテムも扱っていて。
良さそうなものがありそうなの。
週末行ってみない?」
「やったー。賛成!
春華と初めてのデート。デート」
玲奈は嬉しそうに両手を挙げ笑顔で見回す。
残り三人は、困惑顏で視線を交わしたが、反対なわけではなかったので、決まりだった。
「じゃあ、詳しくは放課後にね!」
玲奈は声をかけて、次の授業の教室に向けて春華の手を引っ張っていく。祐司はその後を追い、耕輔は自分の授業の教室に向かうのだった。
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