踏切~とある会社員と女子大生の会話~

ほがら

第1話 リストラ

「そんなに落ち込むことはないさ」


 そんな同僚の励ましすら、いまの誠司には皮肉に聞こえた。


 落ち込むことはないと言うが、落ち込まないでいられるものか。死を宣告されたようなものだ、と吐き捨てたくなる気持ちをぐっと抑え、屋台のオヤジが提供してくれた安い熱燗を喉の奥に流し込む。


「何も殺されるってわけじゃないんだ。むしろ、新しいスタートだと思えばいい」


 軽い口調でそんなことを言う同僚に、悪気などない。


 ただ単に、落ち込んでいる誠司を元気づけようとしてくれている。それを理解しているからこそ、あえて反論はしなかった。反論する気力さえひねり出せないほど、絶望しているだけなのかもしれないが。


「奥さんも喜ぶんじゃないか? 最近、おまえ残業続きだっただろう。これで少しは家族サービスができるってもんだ。なぁ?」


 そこで、誠司は初めて口を開いた。


「喜ぶもんか。あれはもう、俺のことなんて興味もないんだ」


 我ながら女々しい、と誠司は口にしてから後悔した。


 妻との関係はもう何年も冷え切っている。いまさら落ち込むようなことではないだろうに、何をムキになっているのか。


「悪かったよ、そう怒らないでくれ。こうしておまえと会社帰りに飲めるのも、これが最後になるんだ。暗い雰囲気にはしたくない」


 同僚はそう言って肩をすくめると、追加の熱燗を注文する。


 ここは俺のおごりだ、という同僚の声はどこか遠く、狭い屋台で隣り合って飲んでいるようには思えなかった。それも当然だ、もはや彼とは済む世界が違う……いや、違ってしまったのだから。


「……誠司。次の仕事、早く見つかるといいな」


 そんな言葉とともに背中を叩かれた瞬間、誠司の視界が揺らいだ。


 涙だ、と自覚するまでに時間がかかったのは、すでに酔いが回っているからだろうか。あるいは、涙を流したという事実を認めたくなかっただけか。


 なんにしても、情けないことには違いなかった。


 普段の同僚であれば、きっと笑い飛ばしてくれただろう。


 しかし今日だけはただ、神妙な面持ちで背中をさすってくれている。


 その優しさが、いまの誠司には堪えた。嗚咽を噛み殺しながら、自身の境遇をあらためて実感する。


 誠司は今日、会社をクビになったのだ。

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