その3(9)
カミルは、洞窟の祭壇に向かって祈っていた。
《神様。俺、反省してます。だから、レイを帰して下さい》
このまま、一生レイナスに会えないこともあるのかもしれないと思うと、カミルは不安で仕方がなかった。レイナスに会えなくなるぐらいなら、いっそのこと、あの時のようにレイナスが現れて、この洞窟に閉じ込められた方がいいとまで思った。
「何ここ? すごいな」
ふいに、背後から声がするので、カミルは驚いて振り返った。洞窟の入り口にゼントが立っていた。
「カミル、久しぶり」
ゼントは洞窟の中に入ってきた。
「何だよ。何か用か?」
「冷たいな、カミル。レイナスが消えて元気なくしてるかと思って来てやったのに」
「別に来なくていいよ」
ゼントは祭壇を見渡した。
「これ、カミルが造ったのか? すごいな。ここでレイナスが帰ってくるように祈ってた?」
「うん」
「そっか。やっぱり、レイナスに会いたいか?」
「会いたいよ」
「健気だなあ。レイナスがうらやましい」
ゼントは、いつもの軽い口調だったが、ふいに真顔になり、「サラディンから何も聞いてないよな?」と言ってきた。
カミルは、何のことか分からずに首を振った。
「何も聞いてないけど」
「そっか。そうだよな」
ゼントの意味深な言葉に、カミルは何が言いたいのか気になった。
「何だよ。何かあるなら早く言えよ」
「サラディンには、おまえには言うなって止められてるんだけど……。二日前にレイナスを見つけたらしいんだ」
「え?」
カミルは驚いた。見つかったなら、なぜそれを自分に隠しているのか、意味が分からなかった。
「いくら探しても、見つからなかっただろ?それで、サラディンは思い当たったんだ。その場所自体が結界になっていて、カミルが絶対に近づけない場所にレイナスはいるんじゃないかって」
「まさか……」
「そう、ナレ村」
カミルは唖然とした。
「サラディンも何で早く気付かなかったんだろうって言ってたよ。サラディンはレイナスと話したらしい。だけど、絶対に自分はナレ村から出ないってきかないみたいなんだ。それもよりにもよって、教会の中にいるから、サラディンもあまり長い時間は話せなったらしい。サラディンは、カミルが聞いたら、ナレ村に行くって言いだすんじゃないかと思って黙ってるみたいだ」
「レイ……」
カミルは瞬間移動しようとしたが、その腕をゼントに掴まれた。
「早速行こうとするなよ。無茶だな。言っておくけど、行ったらただじゃ済まないぞ」
「俺はどうなっても構わない」
「多分、レイナスを探すどころじゃない。いくら不老不死でも、痛みは普通に感じるんだからな。行ったとしても、気を失って倒れて、すぐに戻ってくるってのが関の山だ」
「じゃあ、なんで俺に話したんだよ」
「俺かサラディンに言ってくれれば、伝言ぐらいはできる。手紙を渡すとかさ」
それは、そうかもしれない。だけど、そこにいると分かっているのに、行かないことなんてできない、とカミルは思った。
「ありがとう、ゼント。でも、俺やっぱり行く」
カミルはそういうと、懐かしいナレ村の教会を思い浮かべて意識を集中した。
カミルは今まで、レイナスが常に傍にいる前提ですべてを考えていた。いる事が当たり前すぎて、その大切さに全く気が付いていなかった。それは、ナレ村の教会にいた時に、聖書の勉強や祈りに全く身が入らなかった気持ちと似ていた。失って初めて大事さに気付くなんて、本当に自分は馬鹿だと思った。カミルにとってレイナスは、かけがえのない存在だ。これからも、ずっと一緒にいたいし、そのためにならどんな事だってできる。カミルはそう思った。
目の前の景色が一瞬で変わり、カミルの前に懐かしい祭壇が現れた。カミルは、ナレ村の教会の礼拝堂の中に立っていた。
「うああっ!」
カミルは、声を挙げてその場に崩れ落ちた。サラディンが以前、全身が火傷をしたようになると言っていたが、そんなものではない。例えるなら、全身の皮をむかれているような、そんな激しい痛みだった。カミルは、一瞬で意識が遠のきそうになったが、歯を食いしばった。すぐにでも逃げ出したいが、その前に絶対にレイナスに会わなければならない。
カミルは、ありったけの力を込めて叫んだ。
「レイ! いるなら出て来い!」
しかし、それが限界だった。カミルは、目の前が真っ暗になったと思うと、その場に倒れ込んでしまった。
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