その3(7)

 翌日の朝、食事のために居間に三人が集まると、気まずい空気に包まれた。

 レイナスは、いつも通り挨拶はしてくれたものの、その後はずっと無言で、サラディンも何も話さずに黙っていた。カミルは何か話そうと思ったが、話題が全く思い浮かばなかった。

 沈黙を破ったのはサラディンだった。

「レイナス様、私はこの家を出ようと思ってます」

 突然の衝撃的な内容に、カミルは驚いてサラディンを見た。

 レイナスが「どうして?」と、サラディンに尋ねた。

「ここにあなたを連れてくることができて、私の役目は終わったので。これからは一人で静かに暮らします」

「そうか」

 普通に受け入れようとするレイナスに、カミルは焦って、割って入った。

「なんでサラディンが出て行く必要があるんだよ? サラディンがずっとここで暮らしてたんだから、出てくにしても、俺たちの方だろ?」

「私は、この家を守るために住んでいた。レイナス様がいるなら、私がいる必要はない」

「いや、でも、出て行く必要ないだろ? この家、こんなに広いんだし、三人で暮らしてたって、何の不都合もないじゃないか」

「私は、ずっと一人で暮らしていた。元の生活に戻りたい、それだけだ」

「それなら、これからはサラディンの事邪魔しないから。サラディンが一人でいたい時は放っておくし、話しかけないようにするし、それじゃだめか?」

 カミルはその時、全く気付いていなかった。隣にいるレイナスが、刺すような怖い目で自分を見つめていることを。

「カミル、私は別にレイナス様とおまえに別れを告げているわけではない。一緒に暮らさなくても会おうとすればいつでも会える」

「それはそうかもしれないけど、やっぱり寂しいだろ」

「寂しくはない。すぐに慣れる」

「おまえは寂しくないかもしれないけど……」

 その時、レイナスが立ちあがった。カミルは驚いてレイナスを見た。レイナスは、黙ったまま、カミルを睨みつけると、自分の部屋に入って行ってしまった。何も言わなかったが、ものすごく怒っているということだけはカミルにも分かった。

「レイ……。どうしたんだ?」

 レイナスにあんな目で見られたのは初めてだった。すると、サラディンが、

「おまえは本当に鈍感だな」

と言った。

 カミルは、やっと思い当たった。

「もしかして、やきもち?」

「そうだ。どうでもいいが、私を巻き込むな」

「ええ? どうしよう。どうしたらいい?」

「別にどうもしなければいい」

「いや、だって、レイさっきすごく怒ってたし」

「さっきどころか、レイナス様はずっと怒っていた」

「ほんとに?」

「ああ」

 カミルは、立ち上がってレイナスの部屋に行き弁解しようかとも思った。

《弁解? いや、おかしいだろ。俺はサラディンをそういう意味で好きなんじゃないって言ったとして、じゃあレイに対してはどうなんだって話になるじゃんか》

 カミルは思い直して再び座った。そういえば、レイナスは昨日カミルにサラディンの事が好きかと尋ねてきた。あの時好きだと即答してしまったが、自分は決してそういう意味で答えたのではない。

「ああ。俺、馬鹿だ」

 カミルは頭を抱えた。

「気に病むな。仕方のないことだ。それより、どうしておまえは、私が出て行くのをそんなに嫌がる? レイナス様と二人になるのが怖いのか?」

「それはちょっとあるかも。だって……」

 カミルは、昨日の洞窟での出来事を思い出して赤面した。サラディンはそれで察したようだった。

「おまえは、分かりやすいな」

「サラディンは全部知ってるくせに、何で出て行こうとするんだよ」

「全部知ってるから、出て行くんだ」

「頼むから、俺をこの状態で置いていくなよ……」

「正直、おまえの事は気の毒にも思うが、私がいたところで何かが変わる話ではないし、おそらく、さっきみたいに余計にややこしいことになる」

「俺、本当にどうしたらいい?」

「今は気まずいかもしれないが、時間が解決するだろう。そのうち普通に接することができるようになるだろうから、今だけ耐えることだな」

 カミルは、本当にそうだろうか? と不安に思った。しかし、それから数日すると、サラディンが言った通り、レイナスと自然に話ができるようになってきた。

 サラディンは、どこかに家を建て始めたようだった。本当に出て行ってしまうのだと思うと、カミルは寂しく思った。

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