その2(7)

 それから二十日ほどが経ち、レイナスは、教会の日報をすべて読み終えた。しかし、ナレ村の力の秘密を解くヒントになりそうなものは何も見つからなかった。

 一方、不老不死の秘術については、一つ試してみたいことが出て来た。そこで、レイナスはサラディンに相談してみることにした。

「何か分かったのですか?」

 山の家の居間で、レイナスとサラディンはテーブルを挟んで向かい合わせに座った。カミルは寝室にいる。

「ちょっと試してみたいことがあって」

「何ですか?」

「不老不死の秘術だけど、あれは悪魔を呼び出して、その力を自分の中に取り込む魔術でしょ?」

「そうですね」

「サラディンがカミルに秘術を掛けた時に出て来た悪魔は、すでにサラディンを不老不死にすることに力を貸している悪魔で、サラディンが調伏した悪魔ってことだよね。だから、その悪魔の力を取り入れたカミルは、その悪魔と同様にサラディンに従うようになってしまった」

「なるほど……」

「だから、その悪魔をもう一度呼び出して、僕の言うことをきかせることができれば、今の状態を解除することができると思うんだ」

「理屈はそうかもしれませんが、そんなことができるでしょうか……」

「考えたんだけど、サラディンにもう一度秘術を使ってもらって、悪魔が出てきたら割って入ろうと思うんだけど」

「それは、無謀ではありませんか?」

「そうかもしれないけど。僕が呼んだ悪魔とサラディンが呼んだ悪魔とでは、どっちが力が上?」

「それは、おそらく、レイナス様が呼び出した悪魔でしょう」

「それなら、僕が勝てると思わない?」

「そうとは言い切れません。何が起こるか分からない……。かなり危険です」

「でも、やってみたいんだ」

「……私は、協力できません」

「お願い。僕は絶対負けないから」

「失敗したら、あなたもカミルも私も、全員が死ぬかもしれない。それはできません」

「どうしても?」

「はい」

「そっか……。それなら、もう一つ考えがあるんだ」

「もう一つ?」

「僕が、カミルの中にいる悪魔を無理やり引きずり出して調伏する」

「それは……」

「それなら、サラディンに迷惑掛けないでしょ?」

 レイナスは立ち上がった。

「どこへ?」

「準備をしなくちゃ」

「すぐに行うのですか?」

「うん」

 レイナスは、実験部屋の方に歩き出した。

「本当にやるのですか?」

「うん。もし、何か危ないことが起きたら、サラディンは逃げていいから」

 レイナスはそう言うと、実験部屋に入り、術を行う準備を始めた。

 床に魔法陣を描き、色々な物をそろえる。時間を掛けて準備を整えると、カミルを部屋に呼び、魔法陣の中心に座らせた。

「カミル、ちょっと辛いかもしれないけど、しばらくここにいてね」

 レイナスは呪文を唱え始めた。それは、長い魔術の始まりだった。しかし、不老不死の秘術と同じ三日三晩が経っても、カミルから悪魔を引き出すことはできなかった。一日休み、今度は物の配置や魔法陣の方角を変えて再度呪文を唱え始めた。それも三日三晩行ったが、効果はなかった。さすがにカミルもレイナスも疲労が限界に達し、それから数日休みを取った。それから、また配置を変え、呪文を唱え……と、それを繰り返して、三か月が経ってしまった。

 居間の椅子に座っていても頭がぼんやりしてしまう。レイナスは、ふらつく足で立ち上がった。

 すると、レイナスの正面に座り、レイナスを見つめていたサラディンが立ち上がり、レイナスの腕を掴んだ。そのちょっとの力で、体がぐらつき、レイナスはサラディンにもたれかかってしまった。

「ごめん」

 レイナスは、慌ててサラディンから離れると、テーブルに手を付いて体勢を立て直そうとした。すると、サラディンが、

「もうやめて下さい」

と、言った。

 レイナスは首を振った。

「だめだ。続けないと」

 その首を振る動作でめまいがし、レイナスはテーブルに両手をついて耐えた。

 サラディンが椅子を移動させてレイナスの後ろに置き、レイナスの両腕を掴んで無理やり座らせた。

「分かりましたから、もうやめて下さい」

「え?」

「私が悪魔を呼びます。だから、もうこの方法はやめて下さい」

「本当に?」

「はい」

 レイナスはほっとした。やっとサラディンがその気になってくれた。サラディンは、感情をあまり表情に出さないから分かりづらいが、優しい男だ。自分がここまでやれば、絶対に力を貸してくれると、レイナスは内心思っていた。

「ありがとう」

「とにかく、一度休んでください。今のあなたでは、とても悪魔に勝つことなどできません」

「分かった」

 レイナスはうなずいた。


 それから数日間、しっかりと休養を取って体力を回復させたレイナスは、改めて魔術の準備をした。今度は、不老不死の秘術と全く同じ準備をする。すべて整うと、魔法陣の中心にカミルを座らせた。

 サラディンが呪文を唱え始めた。それが三日三晩続き、三日目の夜、以前と同じく魔法陣が光り始めた。そして、徐々に黒い煙が現れ始める。

《来た!》

 サラディンとレイナスは目を見合わせてうなずいた。サラディンが魔法陣から離れ呪文を止める。レイナスが、代わって呪文を唱え始めた。

《悪魔よ、僕の言うことを聞け》

《オマエハダレダ?》

《僕はレイナスだ。僕の言うことを聞け。そこにいるカミルを自由にしろ》

 黒い煙はどんどん大きくなり、やがて、レイナスの周りを取り囲み始めた。その煙がレイナスの体に入ってくる。レイナスは、体中に何とも言えない不快な寒気を感じた。

「うあ……!」

 思わず声を挙げてうずくまる。

《僕は、絶対に負けない!》

 レイナスは、顔を上げて呪文を唱え続けた。頭の中を虫が這いずるような、かき乱されるような感覚に襲われる。その状態が長い時間続いた。あまりの苦しさに、息が上がり、自然と涙が零れ落ちてくる。気を失いそうになりながらも、絶対に負けるものかと必死に耐え続けた。

 呪文を唱えながら正気を保とうと、カミルのことを考えた。小さな頃から一緒で、いつも無条件に自分の味方でいてくれた。凛とした涼しい顔立ちも声も長い手足も全部好きだった。絶対に、カミルを正気に戻して、もう一度自分の名前を呼んでもらう。絶対に負けない。レイナスは、目の前にいる黒い煙を睨みつけた。

《カミルを返せ!》

 すると、目の前の煙が飛び散るように広がった。その瞬間、レイナスは頭が真っ白になり、そのままその場に倒れた。

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