教えて、理央先生! 未来人だからって、翔子さん(大)なんて必要なくて⁉

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いくら未来人だからって、翔子さんが大小二人もいるのはおかしいでしょう⁉

 気がつけば僕は、しちはまの砂浜の上に体育座りして、寄せては返す波を、ただぼんやりと見つめていた。


 ──止めどもなく流れ続ける涙を、拭おうともせずに。


「大丈夫ですよ」


 不意にすぐ耳元でささやかれた優しげな声とともに、後ろからそっと抱きすくめられる。


でなら、どんなに泣いても、大丈夫です」


 あえて振り向かずとも、それが誰かは、わかっていた。


「よく頑張りましたね」


 身体全体を包み込む、柔らかく温かい体温と鼓動。


「かえでちゃんの前では、けして哀しみの感情を見せずに、よくぞ彼女の願いを、常に笑顔で叶えてあげました」


 僕が『思春期症候群』に見舞われたのと時を同じくして、なぜか現れるようなった、正体不明の年上のひと


ことを自覚しているかえでちゃんに、お兄ちゃんの自分が泣き顔を見せてはいけないと、何度も己に言い聞かせて」


 がわ県では結構有名な進学校であるみねはら高校指定の、ベージュのブレザーと紺色のスカートで、ほっそりとした華奢な肢体を包み込んでいるものの、現実世界ではけして姿を見せることはなかった。


「──だからここでなら、思いっきり泣いていいのですよ。今この世界の中で、あなた以外に存在しているのは、この私──『しょうさん』だけなのですからね」


 それが、我慢の限界だった。


「翔子さん! 翔子さん! 翔子さん! 翔子さん! 翔子さん!」


 身を翻すや、まったく見ず知らずの──だけどどこか懐かしい感じのする、少女の胸へと飛び込んでき、思いのままに嗚咽をあげる。


「おお、よしよし。いいんですよ、もう何も、我慢する必要は無いんですよ。──さあ、翔子さんの胸で、思う存分泣きなさい!」


 最初に会った頃とは違って、今やほとんど同年代となった少年のことを、何の躊躇もなく受け容れて、力の限り抱擁してくれるひと


 ──あたかも、母親が我が子を、慈しむかのように。


   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑


 ……とはいえ、いったん気分が落ち着いてしまえば、気恥ずかしさばかりが残るわけでして。


 だから僕は、照れ隠し半分に、すぐ隣に座って海のほうを眺めている端整なる横顔に向かって、ずっと聞きたかったことを口にした。


「……あのう、しょうさん」

「うん、なあに?」

「どうしてあなたは、別に知り合いでも何でもない僕なんかに対して、こんなにも親切にしてくれるのですか?」

 一瞬虚を突かれた表情になるものの、すぐに苦笑を浮かべるお隣さん。

「そうか、さく君からすると、知り合いでも何でもなくなるのかあ」

 ……今のって、どういう意味だ?

 わけのわからない台詞で年下の少年を翻弄しながらも、どこか遠くを見つめるような瞳をして、話を続ける少女。

「私も一番辛くて絶望していた時に、から『優しさ』を分けてもらったの。それは返しきれないほど、たくさんね。だから私も困っている人がいたら、、優しさを分けてあげようと誓ったの。──ねえ、素敵と思わない? こうして一人一人が、他人に優しさをお裾分けしていけば、いつか世界中が、優しさに溢れ返るに違いないわ!」

 いかにも脳天気に宣うその姿を見て、僕に反論なぞあろうはずがなかった。


 何せたった今彼女に優しさを与えられて、確かに絶望を忘れることができたのだから。


「──最後に一つだけ、教えてください」

「今度は、何かしら?」

「そもそも翔子さんて、一体何者なんですか?」

 その言葉を聞くや、なぜか待ってましたとばかりにいきなり立ち上がり、モデル立ちになってドヤ顔で言い放つ、年齢不詳の女子高校生。


「私は、あなたの夢の中にだけ存在することを許された、思春期『まっただ中』症候群を患っている、あなた自身の『青春の尽きせぬ欲望』が具現化した幻なの!」


 …………メー○ルかよ。


   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑


「──いや、それってメ○テルというよりも、むしろマ○ーンじゃないのか?」


 その日の放課後、毎度お馴染みのみねはら高校の物理実験室にて、ここ最近再び頻繁に見るようになった、あの不思議な夢について、『困った時の論理の魔女ロジカルウィッチ』で名を馳せている友人のふた嬢に相談を持ちかけたところ、開口一番とんでもないことをほざきやがったのであった。


「だからおまえは、何かとヤバい発言ばかりするなと、言っているだろうが⁉」

「だって、どう考えても、『マリ○ン』そのものじゃん。何か困ったことがあればそのつど、主人公の許に現れる年上の美少女。場所はもちろんロマンチックな波打ち際。けして自分の正体を明かそうとはしない少女に、次第に淡い恋心を抱く主人公。そしていつしか二人は、現実世界においても、運命の出会いを果たし──」

「──だあーっ! だからそういうのはよせって、言っているだろうが⁉ しかもすでに何度も伝えたように、『翔子さん』はあくまでも夢の中限定キャラで、これまでけして現実世界に現れたことはないんだからな」

、なんだよなあ」

 僕の心からの主張を耳にするや、なぜかここでいかにも真剣な表情となる、『論理の魔女ロジカルウィッチ』。

「おそらくその、夢の中しか現れないことこそが、キーポイントになるだろうね」

「おお、おまえもこれがただの夢じゃないって、信じてくれるのか?」

「ああ、まあね。聞いた限りその『翔子さん』とやらは、単なるあずさがわの夢の産物とは思えないほど、現実味があるし。ここは毎度お馴染み、『思春期症候群』が一枚かんでいると見るべきだろう。──とはいえ、夢の中で出会った女の子を追っかけて、進学先の高校を選ぶのは、どうかと思うけどね?」

 ほっとけ。

「……それで、翔子さんの正体については、何か当たりがついているのか?」

「まあ、大体のところはね」

 …………へ?

「おいおい、本当かよ⁉ さすがは、論理の魔女ロジカルウィッチ! それで一体全体、彼女って何者なんだ⁉」

 望外の回答を得ることができて、身を乗り出してまくし立てる僕に対して、さもあきれたように苦笑いを浮かべる、他称『魔女』。

「現段階では『ひょっとしたら』といったレベルの見解に過ぎないから、詳細を述べるのは避けるけど、おそらく梓川は、現実でも彼女と会うことになると思うよ?」

「えっ、翔子さんと実際に会えるって、しかも近い将来だと⁉」

「うん、やっぱこれって、『マリー○』だよ。いや、変な意味じゃなくて。いくら何でもまったく接点のない女の子が、梓川なんかに親切にしてくれるわけがないしね」

「……それでおまえは、僕と翔子さんとが、『近い』に接点を持つと言っているのか? ──あくまでも『過去』ではなくて?」

「だって、これだけ深い関係にありそうで、いかにも現代風の女子高生の格好をした女の子に対して、梓川自身は面識が──つまりは、『過去に接触した記憶』が無いって言っているんだろう? だったら残るは、『未来で出会う』しかないじゃないか」

 そしてその白衣美少女は、何の躊躇もなく、とどめの言葉を言い放った。


「そう。その『翔子さん』とやらは、おそらくは割と近い未来の世界から、梓川の夢の中に、してきているんだよ」


   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑


「──うわあああああああああっ‼」


 激しく降りしきる大雨の中、ずぶ濡れになるのもまったくいとわずに、僕は大声で叫びながら走り続けた。


 くそっ! くそっ! くそっ! くそっ! くそっ! くそっ! くそっ!


 何でいきなり、『かえで』が消えてしまうんだよ⁉


 やっと自分の意思で、外に出歩けるようになったばかりだったのに。


 再び学校に行くことを、決意したというのに。


 ──また二人でパンダを見に行こうと、約束したのに!


「ちくしょう! ちくしょう! ちくしょう! ちくしょう! ちくしょう!」


 ……何も、してやれなかった。


『かえで』はあんなに、頑張っていたというのに。


 兄である僕のほうは、何一つ、望みを叶えてあげられなかったんだ!


 その時水たまりに足を取られて、僕は為す術もなく、盛大に転んでしまう。


 もはや立ち上がる気力も無く、そのまま這いつくばりながらも、嗚咽が漏れるのだけは必死に我慢して、血がにじむほど歯を食いしばっていた、


 ──まさに、その刹那。


「大丈夫ですよ」


 差し出された傘により、雨が遮られるとともに、代わりに降り注いでくる、幼い声。


さく君は、よく頑張りました」


 だけどそれは、どこかで聞いたことがある、フレーズばかりで。


「だから今だけは、我慢なんかせずに、泣いてもいいのですよ」


 思わず顔を上げれば、目に飛び込んできたのは、こちらに傘を差し出してくれている、おそらく、初対面の女の子。


 しかし僕はなぜか、その少女の名前を知っていた。


「……しょう、さん?」


「はい、翔子さんです。私がこうしてからには、もう大丈夫です♡」


 茶目っ気たっぷりに、いろいろな意味で非常識極まることを、自信満々に言ってのける、女子中学生。


 しかしもはや僕は我慢なぞできず、そのいまだ中性的な幼い胸元へと、飛び込むように抱きついた。


「翔子さん! 翔子さん! 翔子さん! 翔子さん! 翔子さん!」


「おお、よしよし。いいんですよ、もう何も、我慢する必要は無いんですよ。──さあ、翔子さんの胸で、思う存分泣きなさい!」


 そうして僕たちは、依然猛烈に降りしきる豪雨の中で、いつまでもいつまでも、抱き合い続けたのであった。


   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑


「……ええと、そういうわけでして、この後すぐに本来の中学生としての意識を取り戻した、まきはらしょうちゃん(12歳)が、大声で悲鳴を上げたものだから、男子高校生あずさがわさく(16歳)のほうは、通りがかった一般市民の皆様に現行犯で取り押さえられて、警察に拘留されてしまいましたので、恒例の『思春期症候群』の解説については、わたくし論理の魔女ロジカルウィッチ』ことふたが単独で行わさせていただきます」


「今回は主に『青春ブタ野郎はおるすばん妹の夢を見ない』をモチーフにしておきながら、原作の冒頭と終盤における『翔子さん』の描写との間に、無視できない差異があることにお気づきでしょうが、これは何よりも、『タイムトラベル』を実行して現代日本にやって来た『未来人』を登場させながら、あくまでも現実性リアリティを守るためであります」


「そもそも翔子さんを大小二人も登場させるなんていう、ラノベ等での未来人におけるお約束的描写は、実は大きな誤りなのです。まず第一にこの世に質量保存の法則がある限り、肉体丸ごとの時間移動なぞできませんし、しかも何よりも同じ世界に同じ人物が同時に二人も存在することなど、絶対にあってはならないことでしょう」


「そこで登場するのが、ご存じ量子論と集合的無意識論であって、『思春期症候群』の超常の力によって中学生の翔子ちゃんを、あらゆる世界のあらゆる時代のあらゆる存在の『記憶』が集まってくるという、超自我的領域である集合的無意識に強制的にアクセスさせて、未来人の翔子さんの『記憶』を脳みそに刷り込めば、あ〜ら不思議、身体は現代人のままでありながら、精神のほうは未来人となり、何と事実上『未来から現代へのタイムトラベル』を実現してしまったことになるのです」


「実は集合無意識とは夢の世界のようなものであり、中学生の翔子ちゃんはただ単に、将来の高校生としての翔子さんになる夢を見ただけであり、しかもそれがあまりにリアルかつ鮮明であったために脳みそに焼き付いてしまって、目覚めた後の現実世界においても、高校生の翔子さんとして言動していったに過ぎず、現実性リアリティを損なう要素なぞどこにもあり得ません」


「これは梓川サイドにおいても同様で、彼も『思春期症候群』によって集合的無意識に強制的にアクセスさせられて、いわゆる量子論で言うところの『別の可能性の世界パラレルワールドしちはまで、自分と同年代の翔子と会う』という『記憶』を刷り込まれたのであり、文字通り夢の中で逢瀬を繰り返していたようなものに過ぎないのです」


「──更にはこれとほぼ同じパターンとして、戦国時代の武将を集合的無意識に強制的にアクセスさせて、現代人の『記憶』を刷り込めば、過去へのタイムトラベルの実現となり、異世界人を集合的無意識に強制的にアクセスさせて、現代日本人の『記憶』を刷り込めば、異世界転移や転生の実現となるといったふうに、何とSF小説やラノベ等に登場する、いわゆる『世界間転移』の類いがすべて、現実性リアリティをまったく損なうことなしに実現することになるわけなのです」

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