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「僕ね、実は、バツイチなんだよ」
「えっ?」
「嫌だな。そんなに驚く? 僕だっていい歳なんだから、何にもなかったらおかしいでしょう?」
「それはそうですけど……なんか意外」
突如された告白。どんな顔をして聞けばいいのだろう。
「元奥さんとは、大学二年のときに付き合い始めて、卒業と同時に結婚したの。彼女は地方出身で、卒業したら地元に戻る予定だったからね。離れたくなくて、結婚という方法を選んだ。でもそれは、長くは続かなかった……」
「…………」
「僕はね、彼女に家にいて欲しかったんだけど、社会に出たばかりでそんな贅沢言える生活力なんてあるわけないから、当然、彼女も仕事を持って……はじめのうちは楽しかったんだよ。必死で仕事を覚えて、週末はふたりで家のことして。でもそのうち、残業が増えて帰宅時間もバラバラ。週末は家事をするだけで終わる生活に、疲れてしまったんだ」
「でもそれは、仕事をしてたら仕方のないことじゃ……」
「そうだよ。だけどね、あのときは、こんなことしてて何になるんだろうって思った。現実は厳しいよね。彼女を愛してたし、離れたくなくて結婚したはずなのに、それすら忘れてしまった。で、つい刺々しいもの言いをして毎日喧嘩ばかりでさ、終いには家に帰るのも嫌になってた」
「それで、離婚を?」
「まあね。簡単に言えば、性格の不一致? でも、一番の原因は、僕にあると思ってる。僕が彼女のことをちゃんと理解していれば、今も結婚生活が続いていたかも知れないってね。離婚の話し合いを始めて、いや、話し合いというよりは、お互いの感情をぶつけ合ったって感じだったけど、そのとき、初めてわかったんだ。彼女には彼女の、僕とは違う夢があったんだってことが」
「彼女の夢?」
「うん。あの頃僕たちは、結婚することだけに夢中で、その後のことなんて何も考えてなかったんだよ。僕は彼女に相談もせず、自分の希望を押し付けるだけだった。だから、僕と同じように彼女にも夢や希望があるなんて、それこそ夢にも思わなかった。彼女も同じこと言ってたよ。だから駄目だったのねって」
「でも……ちゃんと話し合えたのなら、別れる必要なんてなかったんじゃないですか? それなのに、なぜ?」
「お互い疲れてたんだろうね。疲れて、もう気持ちが結婚生活を続ける方向に向いてなかった。彼女は、判を押した離婚届と自分の荷物を持って、あっさり出ていったよ。終わりは呆気ないものだったな」
「そんな……」
「話し合っても結論は変わらなかったんだから、道はそれしかなかったんだよ。でも、結婚生活は終わったけど、気持ちはそれとは別でさ。だから、彼女を過去にするまでは結構キツかったな」
「山内さん……」
遠くを見つめ、優しい目をしている山内さんは今、彼女を思い出しているのだろうか。彼の表情からは、少なくとも心の何処かに彼女への想いを残しているように感じる。
「なんてね。これは、自分への教訓。言葉にしなきゃ何も伝わらないし、どんな些細なことでもすれ違いの元になる。相手は所詮別の人間なんだから、疑問があったらちゃんと言葉にしなければわからないでしょう? 言わないでわかって欲しいと思ったら、それはただの甘えだよ」
その笑顔からは似つかわしくない鋭い瞳に見つめられ、どきりとした。
言わないでわかって欲しいと思ったら、それは甘え。これは正に、自分の勝手な考えだけですべてを結論づけようとしている、今の私そのものではないか。
「……すみません」
「僕に謝る必要は無いよ? 藤本さんはまったく……そうやって何でも自己完結しちゃ駄目。言葉にしなきゃ伝わらないって今言ったでしょう?」
「……すみません」
「ほらまたそうやって……」
口ではそう咎めながらも、山内さんの瞳には、さっきまでの鋭さはもうなかった。優しい目。目尻を少し下げ口元を緩めて微笑んでいるその表情には、彼特有の甘さが漂っている。
「僕は、藤本さんが好きだよ。仕事仲間としても、友だちとしても、正直に言えば……ひとりの女性としても」
「山内さん?」
「だから、間違って欲しくない。そんなふうにひとりで悩んでないで、ちゃんと言葉にしよう? 彼に藤本さんの想いをぶつければいい。後のことは、その答えを聞いてから考えればいいんだよ」
あれだけ痛い思いしたのに、今度は慎重になり過ぎてタイミングを逃し失敗したと、おどけたふうを装いつつ、ぶつぶつと嘆く山内さんの気持ちが温かくて、目頭が熱くなった。
あのとき、冗談だと言った私への言葉は、本当だったのだ。
でも、この人の想いに応えられない自分には、この人の想いを受け止める度量もなければ、気の利いた言葉を紡ぐこともできない。だから、ただただ心の中で、ありがとうとごめんなさいを言った。
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人の出会いも関係も、ほんの少しすれ違っただけで、結果はまったく違ってしまう。これはもう、タイミングという名前の運としか言いようがない。
小五のあの日、ほんの一瞬交わった俊輔と私の想いは、呆気なく押し潰されてしまった。
子供だったから、周囲に流されたからなんてそれは、ただの言いわけ。今となってはどこまで強い想いだったかわからないし、あの頃の私たちに、今へと続く未来があったのかどうかも定かではない。
でも、あのとき、ふたりの恋が終わってしまった本当の原因は、自分の気持ちが先走るばかりで、ちゃんと言葉を交わさなかったからだということだけは、はっきりとわかる。そしてそれは今も同様。羞恥心、虚栄心。私はなんて幼稚なのだろうと思う。
自分の醜い感情を知られたくない知りたくないその一心で口を噤み、見なかったことになんてできないくせに、自分の中で勝手な答え合わせをして、無かったことにしようとしている。
恋は人を愚かにすると言うけれど、私のしていることはあの頃と同じ。恋をしたから愚かになったのではなく、情けなくもただ、成長していないだけだ。でも、これを乗り越えるには、どうすれば良いのか。その答えがまだ見つからない。
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