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 慣れないヒールに悪戦苦闘しながら、なんとか待ち合わせ場所にたどり着くと、ゆるい性格のくせに時間にだけは正確な俊輔の後ろ姿があった。仕事用のスーツとも普段着とも違う、ちょっとお洒落なジャケットを羽織ったスラッと長身の後ろ姿は、雑踏に紛れていてもすぐわかる。


 だが、すでに待ちくたびれているのであろう。その背中だけでもわかるほど不機嫌なオーラを放っている。


 意を決して近づいていくと、私の気配に気づいたのか奴が振り返った。怒鳴られるのを覚悟し足を止めたが、俊輔は目を丸くし口をあんぐりと開けたまま固まっている。


「俊輔!」

「お……おおっ」


 どこから出ているのかわからない上ずった声で返事だけはしているが、その目は私に釘付けだ。やはり、この格好がマズかったのだろうか。でも、そんなに異様なものを見るが如く上から下まで舐めるように何度も見るほど変なのだろうか。失礼な奴。


 しかし、いまさら着替えに戻るわけにもいかない。嫌なことを言われたら奴を放ったらかして帰ればいいと腹を括った。


「ちょっとなんなのよ? 人のことジロジロ見て!」

「えっ? あ……いや、別に……」

「忙しいんだからさっさと行ってさっさと帰るよ!」


 呆けている俊輔を無視し、私は歩きだした。


「おっ……ま、待て。そっちじゃねぇ」


 我に返った俊輔が慌てて私の腕を掴んだ。


「どこ行く気?」

「いいから。ついてこい」


 私の手を握り人を掻き分け早足で歩く背中が、どこか挙動不審に見える。


「嘘……」


 目の前に聳え立つのは、五つ星クラスの超高級ホテルだった。


 こいつはこんな所でいったい何をしようと目論んでいるのだ。思わず足を止めた私を一度振り返ると、行くぞと小さく声をかけ、私の手をしっかり握り直した。


 足早に正面玄関の回転扉を抜け、そのままエレベーターに乗せられ降りた先は、高級フレンチレストラン。一歩中へ入ると、大きなガラス窓から見える外の風景に圧倒され、唖然としているうちにいつの間にか席にまで案内されてしまった。


 椅子を引かれ、ぎこちなく腰掛ける。俊輔はとそれとなく目を向ければ、ごく自然な様子でウエイターと小声で何か話をしている。


 こいつ……慣れてる。


 私と一緒のときはいつだって居酒屋。支払いも半分、いや、ときには全額私に出させるというのに、付き合っている女とはいつもこんな場所でデートしているのか。いくらなんでもそれは扱いが違い過ぎるだろう。そう思うと、なんだかムカついてきた。


「俊輔、あんたいつもこんなとこでデートしてるの?」

「は?」

「だからー、あんたはいつも女連れてこういう所へ来るのかって聞いてんの!」

「なに言ってんの? そんなわけねえだろ?」

「それにしちゃぁ……なんか慣れてる感じ」

「別に慣れてねえよ。たまーに仕事で来んだよ」

「へぇ……仕事ねぇ……」

「疑うのかよ? 俺が女には金使わねえのおまえだって知ってんだろ?」


 それを言われればそのとおり。こいつは何もしなくても女が先に寄ってくる。元来、恋愛だの結婚だのに興味があるわけでもなし、女を落としたり繋ぎ止めたりするために金をつぎ込む必要はまったくないのだ。


 それに、そもそもこいつはケチである。


 人と出かけるときの基本ポリシーは割り勘。使うのは必要なもののみで、それすら毎月使用限度額を決めている貯金が趣味みたいな奴だった。


 仕事ばかりしている無趣味の私が言うのもなんだが、こいつは何が面白くて生きてるのだろうと思うときがある。


 そのケチな俊輔が私をこんな場所に連れてくるとは、いったいどういう風の吹き回しなのだろう。不気味だ。絶対に何か企んでいるに違いない。


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