あなたが好き。

39

 それきり梨の礫だった俊輔から電話があったのはその週末。デートするからちゃんとした服を着てこいと一方的に告げられ通話を切られた。


 仕事用の携帯番号をあいつに教えたのは誰なんだ、と、一瞬ムッとしたがそれは自分。せっかくこれまで仕事が忙しくて昼夜バラバラ、電話になんぞ出られないと言い張っていたのに、何を血迷ったか確実に繋がる番号を教えてしまった。


 本当に馬鹿だ。あのときは魔が差したとしか思えない。


 しかし、急にデートと言われても、あいつとデートって何をするのだ。しかも、スケジュールがタイトになりつつある今、気持ち的にも物理的にもそんな余裕は無いのだが。


「あ? ちゃんとした服……ってなんだ?」


 突然そんなことを言いだされても、色気も素っ気も無いモノトーンの仕事着以外に、まともな服なんて持っていない。唯一あると言えるワンピースは、コーヒーに染まり、クリーニングへは出したが結局シミが残ってしまい、残念ながら着られるような状態ではない。


 服なんて無いよと、溜め息をつきながらクローゼットを漁り、奥の方にあったブランドロゴの入った紙袋を見つけた。


「これ……なんだっけ? 見覚えあるけど……」


 袋から薄葉紙に包まれた服らしきものを取り出し、包みを開いてみると、それは、淡いブルーの大きな薔薇の花柄のワンピースだった。


「これ……」


 思い出した。これは去年だったか一昨年だったか忘れたが、弥生さんと晶ちゃんと三人でデパートへ行ったとき、たまにはこんな可愛い服を着てデートにでも出かけなさいとふたりに無理やり買わされて、一度も袖を通さず忘れ去っていたワンピースだ。


「あのふたりにデート用にって買わされたんだよなぁ……コレ。まだ入るかな?」


 とりあえずワンピースに体を押し込め、鏡の前に立つ。


「似合わない。がらじゃない。丈短過ぎっ!」


 鏡に映った姿を見るだけで叫びだしたいほど恥ずかしくなる自分のこんな姿を、俊輔に見せたら何を言われるかわかったものではない。いっそジーパンでいいかとも思ったが、奴の思いっきり不機嫌になった顔を思い浮かべると、さすがにそれはできない。


「どうしよう。他には無いし迷ってる時間も無い……」


 もうどうにでもなれと開き直り、ワンピースに合わせて髪を巻き、化粧を施したところで気がついた。


「靴……あったっけ? そういえば一緒に買ったような気が……」 


 バッグはその辺にある明るい色のものを適当に持てば良いが、靴はさすがに黒のローファーや運動靴というわけにはいかない。


 再びゴソゴソとクローゼットを漁り、奥の奥から引っ張り出した靴の箱。蓋を開けると淡いベージュ色の十センチ近くヒールのありそうなサンダルが。


「げっ……コレ、履くしかないのか」


 ここまでくるともう行きたくない病を発症しそう。言いだしたら聞かない俊輔相手に、どうにかしてキャンセルできないものかと頭を巡らせてしまった。


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