ふたりの関係が変わるとき。
24
実家から緊急の呼び出しを受けたのは、客先での打ち合わせがほぼ終わり、今度飲みに行きましょうよ、と、あれからすっかり仲良くなってしまった吉本さんと話しているときだった。
『お父さんが倒れた』
電話の向こうにいる母は、言葉少なにそう告げ電話を切った。父は無事なのか、いったい何があったのか、細かい状況がまったくわからない。ただ、呼び出された先が病院ではないことにだけは、とりあえず安堵した。
兎にも角にも取り急ぎ実家へ戻らなければ。私は、吉本さんと山内さんに事情を話し、きっと大丈夫だから落ち着いてと、心配されながら、慌ただしく客先を後にした。
「ただいま! お父さん?」
玄関ドアを開け、靴を脱ぐのももどかしい勢いで家の中へ飛び込んだ。母がキッチンから顔を出し、お父さんは一階の寝室で寝ていると告げると、私の腕を掴んだ。
「なに?」
「いいから。あんたはこっち」
母が父母の寝室へ様子を見に向かおうとする私を遮り、居間へ引っ張り込もうとしている。何か重要な話でもあるのだろうか。父の容体はどうなのか、それだけを心配している私は焦っていた。
「なによ? どうしたの? お父さんは? 大丈夫なの?」
「大丈夫だから、あんたはちょっとこっちに来て」
「ちょっ……離してっ!」
母の手を強引に振り払い、寝室へ向かった。母が私の後ろから何か言っているが一言も耳に入らなかった。
襖の前で激しく暴れる心臓を抑え、しばし呼吸を整える。そっと襖を開けると、そこには掛け布団の上に寝ている父がいた。
そう、大の字で。
その隣には、なぜかもう一組布団が敷かれていて、見知らぬおじさんが同じく大の字で、轟々と凄まじい鼾をかいている。
襖をそっと閉め、ゆっくりと振り返る。数歩後ろに立っている母は、眉を下げ、決まりの悪そうな薄ら笑いを浮かべて、私の顔を見ていた。
「どういうこと?」
低い声でゆっくりと放った一言に、母がビクッと縮み上がったのが見て取れた。しかしそれは一瞬のこと。母はすぐさま表情を変え、何か文句でもあるのかとでも言いたげに腕を組んだ。
このオバサン、開き直りやがった。
「どうもこうもないわよ。ソファで寝ちゃって運ぶの大変だったんだから。お父さんが大丈夫なのはもうわかったからいいでしょう? あんたはとりあえずこっちに来なさい。話は来ればわかるんだから」
再び母に腕を掴まれ、居間へ引き摺られた。
母と一緒に居間へ入ると、壁際のソファに姿勢を正して座るひとりの男性の姿があった。
青蛙色のポロシャツの襟はきっちりと一番上まで止められ、裾はパンツイン。ベージュのチノパンは中央にアイロンでピッシリと付けられたラインが入り皺ひとつ無い。ワックスで完璧に撫で付けられた七三分けの髪に銀縁眼鏡、顔のパーツは並だが、肌だけは陶器のように白くて美しい。
この『お坊ちゃん』はいったい何者だ。
母が彼に向かってにこやかに愛想笑いを浮かべながら、私の脇腹に肘鉄を食らわせ、座るように促した。仕方なく、私はそのお坊ちゃんの正面、母の隣のひとりがけのソファに腰をおろした。
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