剣士になりたい竜の賢者 こぼれ話

結崎ゆうと

入試の日の出来事

 それは、風の強い日だった。

 たまたま窓側の席にあてがわれていたアストは、ぼんやりと外を見ていた。

 同じ中学でグループを作って試験まで雑談をしている教室内。どこの中学にも通っていないため、私服で一人たたずむアストは異質の存在だ。ちらちらと視線は向けられているのを感じているが、話しかけに来る勇者はおらず、またアスト自身も友達を作りに来たわけではないので無視して試験開始を待っていた。

 そんなとき『声』ボイスが聞こえた。


 ――誰でもいいから助けてー! 遅刻するー!


 一瞬、何らかの罠を警戒したが、まさか学園で罠を張る組織もいまい。それに本当に切羽詰まっているようだ。入学したら髪と目の色を変えるつもりだし、ばれても相手も7属性持ちなのだから誤魔化せるだろうとアストは『声』ボイスに応えた。


 ――落ち着いて。試験までまだ余裕あるよ。


 ――わあ!? 誰!?


 まさか返事が来るとは思っていなかったのだろう、驚いた様子の相手に落ち着くようにもう一度言う。


 ――助けてって言ってたけど、迷子? 今、近くに何が見える?


 ――迷子です……。えっと、校舎としか言いようがなくて……。あ、赤いレンガの建物が見えます。


 ――……わかった。そこの近くにいて。君、何か特徴は?


 ――えっと、緑のマフラーしてます。


 ――オッケー。試験会場の番号は?


 ――3番です。


 ――ああ。迷うよな、そこ。青い鳥が案内に行くから、見えたらそいつについてきて。


 ――ありがとうございます!


 姉のミクと兄のヒミトが通っていた学園のため、アストは少し校内に詳しい。迷子の子がいるのは大学部との境にある中央図書館あたりだと見当をつけ、一旦教室を出て、人気のない階段の踊り場の窓からロッドを迎えに出した。

 ずいぶんと遠くまで移動したなと思ったが、3番の校舎はアストのいる2番校舎の端に直角に隣接するように建っており、ぱっと見は2番校舎と繋がっているように見えるので、ここではないとどんどん奥に行ったのだろう。実際、迷っている子を何人も見かけた。本部に立て看板を出してみたらどうかと提案してみたが、今日は風が強くて出せないらしい。


 ――あ、見えました。本当に青い!


 ――綺麗だろー。俺の自慢。


 そこから会話は途切れた。追うのに集中しているようだ。ロッドには追って来れるような緩い速度で飛ぶように言ってあるが、上を見ながら歩くなり早足なりになるのでこけていないか少し心配した。

 歩いて十分ほどなので、窓の桟に頬杖をついて待つ。今気づいたがこの位置から斜め下を見ると3番校舎の入り口が見えるので、ちゃんと入れたか確認できる。

 しばらくして見慣れた青い鳥がアストの下に戻ってきた。肩の定位置についたのを撫でながら入り口を見ると、緑のマフラーの女の子が息を弾ませてきょろきょろと辺りを見ている。おそらく迷子の子だろう。友達でも探しているのだろうかと思ったが、そんな様子ではない。

 どうしたのかと見ていて、その膝に赤いものがにじんでいるのが見えた。心配してた通りこけたらしい。

 近くに行って治療でもしようかと思ったが、騒がれても面倒なので持ち歩いてる小型の杖を取り出す。


 ――大丈夫? こけた?


 ――あ、青い鳥の人! どこですか?


 ――君の右斜め上。


 青い鳥の人って。名乗ってないので仕方ないが、妙につぼにはまった。

 喉奥で笑いながら場所を示し、手も振って居場所をアピールする。少女はすぐに見つけて嬉しそうに手を振り返してくれた。

 そのまま窓の下まで歩いてきてくれる。声が届く位置だが、なんとなく『声』ボイスで話しかけた。


 ――こけた?


 ――……はい。でもたいしたことないです。


 ――動かないでね。


 遠距離の回復魔法は得意ではない。それに治療しない方がいい傷もあるが、試験中に傷の痛みで集中が途切れてしまうのも可哀想だ。

 杖を軽く振り、彼女の傷を示す。杖は補助だ。魔法の発動先をイメージしやすくしてくれる。ちゃんと膝の傷を治すことに成功したようで、彼女が膝を見て驚き、見上げてくる。


 ――遠隔治療魔法まで使えるんですか!?


 ――苦手なんだけどね。あ、使ったことは内緒にしてね。これで血と汚れを拭うといいよ。


 ポケットから新しいティッシュを取り出し、風で彼女の手まで運ぶ。投げ渡せる位置ではあるが、彼女のことだから落としそうだと思ったのだ。


 ――すごい……。ありがとうございます。


 ――どういたしまして。


 早速その場で汚れを拭い、ゴミはポケットに、ティッシュは鞄に入れようと開けた彼女が固まった。そのまま青ざめた顔で辺りを見回し、来た道を見て、一度アストを見上げて深くお辞儀をして駆けだした。


 ――待った待った!! どうしたの!?


 アストは慌ててロッドで追わせて進路の邪魔をさせつつ、彼女に呼びかけ、自身は窓から飛び降りた。二階程度なら身体強化だけで怪我なく降りられる。

 角を曲がるとロッドの邪魔でこけたのだろう、地面に座り込んだ彼女がいた。ロッドが彼女の前からアストの肩に戻ってくる。


「いきなりどうしたの?」


 そばにしゃがみ込み、また擦りむいた膝を手のひらをかざして治療しながら問えば、彼女は涙目で見上げてきた。意外と美少女だが、ショートカット女子は残念ながらアストの好みではない。


「……受験票、落としたみたいなんです」

「……そっか。でも今から闇雲に探しても見つからないよ。今日風も強いし」


 夏杉学園の受験票は会場番号と受験番号のみが書いてある、名刺サイズの厚紙だ。風が強くなければ道のどこかで見つかるかもしれないが、今日のような日に探しだすのはかなり難しい。

 絶望した表情になって俯きかけた彼女に、アストは安心させるように微笑んだ。ここまできたら最後まで面倒をみるとしたもんだ。


「大丈夫。落ち着いて。紛失したら、本部に言ったら再発行してもらえるって書いてた」


 時間はまだある。幸いなことにここから本部はすぐ近くだ。

 彼女の瞳に光が戻ってくる。アストが立ち上がり手を差し出せば、彼女はその手を握った。引っ張って立たせ、怪我の有無を問えば無いと返ってくる。

 制服についた土を払い、もう一度ティッシュで血と汚れを拭い、その時にこっそり目元を服の袖で拭ってたのは見なかったことにして。準備が整った彼女がしっかり頷いたので、頷き返してもう一度手を差しだした。

 不思議そうな顔をする彼女に、悪戯っぽく笑う。


「またこけると、大変でしょ?」

「こけません!」


 ぷぅっと頬を膨らませて怒るのが面白くて、声を上げて笑いながら歩き出す。彼女はしっかりとついてきた。



 本部で再発行の旨を伝えると、毎年何人かは出るらしくすぐに発行された。


「良かった……」

「今度は落とさないようにね」

「はい」


 隣を歩いて気付いたが、彼女はアストよりも少し低いくらいで、なかなかの高身長だった。手足も長いし、髪もショートなので、部活は体育系かもしれない。


「もう今日は運を使いきったような気がしま、っ!?」

「おっと」


 訂正。きっと文化系だ。

 何もないところで躓き、転びかけたのを片腕を胴に回して支える。彼女が両手で受験票を抱えているので、他に支えようがなかった。

 思わぬ女子との接触だったが、残念ながら本当に好みじゃないので何の感情も無い。怪我しなくてよかった、ぐらいか。


「やっぱり手を繋ごうか?」

「だ、大丈夫です!」


 からかえば、顔を真っ赤にして拒否される。面白くて笑いながら歩いていて、アストの試験会場に先についた。


「俺、ここだから。君の会場はあの角を右ね」

「あ、はい。重ね重ねありがとうございました」


 頭を下げる彼女にこの程度は当たり前だと笑って、パーカーのポケットから一本の青い羽根を取り出す。顔を上げた瞬間、そっと差し出した。


「え?」

「幸運のおすそわけ。合格は実力で掴み取るもんだけど、それ以外で君に幸運がありますように」


 再発行の待ち時間でロッドに頼んで一本引き抜いてもらったものだ。簡単に朽ちないように軽く加工もした。

 動きを止めてしまった彼女に、アストはどうしたのかと考えて、自分の外見に思い至った。

 髪は伸ばしっぱなしで纏めただけ、着ているのはパーカーとジーンズのラフな格好。助けていなければきっと不審者にしか見えない彼からの贈り物。ちょっとどころかかなり怪しい。


「あー、ごめん。怪しいよな」

「そ、そんなことありません!」


 苦笑して手を引っ込めようとしたら、彼女は慌ててその手を握った。受験票はもう片方の手にしっかりと握られている。


「こんなに良くしてもらったのに更に貰っちゃっていいのかな。夢かなって思ってただけです!」


 顔を赤くして必死に訴えた彼女は、そっとアストの手から羽根を抜き取り、受験票と同じように大事に胸に抱きしめて、嬉しそうに笑顔を浮かべた。


「本当に、ありがとうございます。私、絶対合格して、あなたに会いに行きますから!」


 では! と頭を下げて走り去っていく彼女を呆然と見送って、アストは彼女に握られた手を見た。

 彼女は好みではない。が、外見なんて結構簡単に変えられる。

 温かさが残る手をもてあまし、なんとなく握りしめながらふと気付く。


「……しまった。名前聞きそびれた」


 笑った顔は、かなりの好みだった。

 肩のロッドにつつかれて我に返り、慌てて教室に戻った。


 彼女にもう一度会うためにも、自分も合格しなければならない。





 指定された校舎の前で、親友が心配そうな顔で待っていた。彼女の姿を見るなり、涙を浮かべて抱きついてくるのを何とかこらえる。


「心配したんだからね、レイアちゃん!!」

「ごめん。先に連絡すればよかったわね」

「レイアちゃんのことだから迷子になって受験票も落として困ってるかと思ってた!」

「……たまに思うけど、シーナって想像が的確よね」

「その通りだったの!? 無事でよかったよぉ!」


 教室に向かいながら経緯を軽く話した。7属性同士の魔力の会話については内緒にして、たまたま通りかかった青い鳥を肩に乗せた人に助けられたことにした。


「大学部の人かなー」

「かな? 私服だったし、この学園にかなり慣れてるみたいだったし。あ、でもこの隣の校舎に入っていってた」

「んー。じゃあ先生とか?」

「それにしては若かったけど……」

「夏杉学園には幼女先生がいるらしいよ」

「……若い先生がいてもおかしくないわね」


 そもそも使い魔を持てるのは社会人になってからだ。かなりの距離だったのにレイアの『声』も聴きとってくれた実力者だったし、先生なのだろうと納得した。

 自分とそう変わらない背丈の、黒髪の男性。長い前髪の奥の赤い瞳はずっと優しくほほ笑んでいて、ずっと余裕があった。繋いだ手は大きかった。パニックを起こしていたのに冷静に対処法を教えてくれて、緊張していたのを冗談で解きほぐしてくれて。細い外見だったのに支えてくれた腕は太かった、と思う。揺らぎもしなかったのは確かだ。

 最後に青い羽根を差し出された時なんて、格好良すぎて夢かと思ったくらいだ。


「レイアちゃん、顔真っ赤」

「にゃ!?」


 思い出していたら、シーナにニヤニヤと指摘された。この顔はからかうときの顔だ。これ以上つつかれないために教室に逃げ込み、指定の席を探す。

 親友は楽しそうに笑いながら、自席に戻って、レイアを手招きする。連番なのでシーナの席の前がレイアの席だった。


「いつか聞かせてね。青い鳥の人の話」

「話しません!」


 受験票を机に置き、青い羽根は鞄にそっとしまう。


『君に幸運がありますように』


 思い出して緩んだ頬を、両手で叩いて引き締める。周りから何事かと見られたが気にするものか。


「シーナ」

「なぁに?」

「私、絶対に合格するわ」

「うん。一緒に合格しよう」


 絶対に合格して、あの人に会いに行くんだ。






 一ヶ月後、彼らのもとに合格通知が届いた。


「……会えるといいな」


 アストは空を見上げ、想いを馳せ。


「……会えますように」


 レイアは青い羽根に、祈りを捧げる。




 入学式の日。ふと彼女のつけていた緑のマフラーが見えた。残念ながら灰色の長髪の女の子で、彼女ではないようだった。

 それからもずっと緑のマフラーとこげ茶のショートを探したが、見つからなかった。

 緑のマフラーに振りかえると、いつもいつも灰色の髪のクラスメイトで、それも三日で見なくなった。出身中学もわからないので手掛かりはほぼゼロだ。

 次の冬に賭けることにして、探すのを中断した。



 入学式の日。ふと彼に似た後ろ姿を見つけた。残念ながらこげ茶の髪だし、学園の制服を身に纏っているので彼ではないようだった。

 担任の先生に訊いて確認をしたが、学園には青い鳥の使い魔を連れた先生はいないらしい。そもそも、青い鳥の使い魔は世界に数羽しかいない変異種とのことだった。

 魔法科の先生なら知っているかもしれないと勧められ、勇気を出して光属のテストの後に訊きに行くと、授業を担当した先生とは違う先生がいた。白い髪の女性は話しを聞くと楽しそうに笑い、


「それはうちの甥っ子ね。今年入学したの」


 他の先生や生徒には内緒ね。とその人は楽しそうに唇の前に人差し指を立てて笑った。




 そして、再会は意外な瞬間に。

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