ご当地名物、邪神そば!

白木レン

第1話. 清水上村(しずかみむら)の狂える人々


 その夜、老人達はついに発狂した。


 まごう事なきクソアニメだったのだ。



    ◯       ◯



 見ることすら苦痛な地獄であった。


 遠近法を無視する背景。

 顎が尖り始めるヒロイン達。

 そして回を重ねるごと破綻するキャラクター達の言動……。

 褒めるところがない一方で、ネタアニメとして話題になる程でもない。

 この世界の片隅で、ただただ静かに死んでいくクソアニメ。

 それが『ギブミーサマーメモリーズ』、略してギミサマであった。

 それはただの一度も輝くことなく、盛り上がることなく。

 淡々と消化試合のように全十二話の放送を終えた。

 うち二回は総集編であった。



 ……ヤバイ、と僕は理解した。

 公民館の空気は、まさにお通夜であった。

 最終話の放送を終えてから、誰一人として口を開かない。

 ただ皆の刺すような視線が、僕の背中に突き刺さっている。

 失敗した。

 なぜ僕は最前列になど座ってしまったのか。

 『会長』として、最終話まで諦めない姿勢を見せようとしたのか。

 愚かな……せめてすぐに出口から逃げ出せる、最後部に座るべきだった……。

 そう後悔する僕に、とある老人がぞっとする程優しい声で問いかけた、

「のう、哲也くん……ワシの勘違いだといいんじゃが……」

 その老人は、しみじみとした口調で尋ねた。


「これはひょっとして……クソアニメじゃないかのう……」


 その質問に俺は答えられない。

 おっしゃる通りだからだ。

 ただ冷たい汗が流れる。

 そんな僕の肩に、ズシリとしわがれた手が置かれた。

「もう一度尋ねるが……まさかクソアニメじゃないよのう……」


 ミシミシミシミシィッ。


 掴まれた肩がきしみ音を立てていた。

 もはや後期高齢者の握力ではない。

 もっと化け物じみた何かだ。

「それは……その……」

 肩を握り潰されたくない僕は、曖昧な笑いを浮かべながら振り向く。するとそこに集まっていたのは清水上村(しずかみむら)中の老人達であった。深夜にもかかわらず、アニメ『ギミサマ』の最終回を見届けるべく集まった連中である。

 そしてなぜか彼らは、錆びついた農具で武装していた。

 大ぶりな鎌、クワ、シャベル……。

 老人達の手に馴染んだそれらは、今は血に飢えたように鈍い光を湛えていた。

 まるで拷問器具のように。

「……」

 僕は認識を改めた。

 この空気はお通夜のそれではない。


 魔女裁判のそれだ。


 僕の寒気が、明確な膝の震えに変わった。

「さあ、哲也くん……若いモンのセンスで、教えてくれんかのう……」

 闇色に濁った瞳で、老人がニチャりと笑う。

「まさかクソアニメではあるまいな?」

 クワを担いだこのご老体の名前は、石山亀吉。

 彼の総投資額三〇〇万円。

 現在、彼の家にはクソヒロイン印の饅頭の在庫が、うず高く積まれている。賞味期限が三ヶ月というのを度外視したところで、老い先短い彼がそれを食べきる日は来ないであろう。

「……いや……そんな、クソアニメだなんて……はは……まさか………」

 曖昧な笑いを浮かべる僕に、また別の老人が声をあげる。

「ほうっ、良かったのうっ、クソアニメじゃないと申すかっ、そりゃ良かったよかった、めでたいっ、まっことめでたいのう! ひひっ、ひひひひひっ」

 狂ったように奇声をあげて笑う老婆、石原とめ。

 だが次の瞬間、彼女はピタリと笑うのをやめて言った。


「して、その言葉に偽りはなかろうな」


 総投資額五〇〇万円。

 村唯一の雑貨店であった彼女のトメ商店は、リフォームの末にアニメショップへと転生してしまっていた。

 ちなみに彼女は大鎌を使ったトウモロコシ収穫の名人でもあるのだが、何故か今夜もその大鎌を持参している。彼女の鎌は、ここでいったい何を収穫するつもりなのか。


「……命を刈り取る形をしているじゃろう……」


 ……痴呆老人のうわ言だと信じたい。

 僕は必死で取り繕う。

「本当だよっ、最近はっ、こ、こういうアニメがウケるんだよ……ポポプホテップってアニメもあってさ」

 だが苦し紛れの言葉は、彼らに届かなかった。

「そうかのう……ワシにはこれが、狙ってやっている『クソアニメ』には見えんのう……」

「ああ、見えんのう」

「見えぬ、見えぬ」

 くぅ……後期高齢者のくせに鋭すぎる。

 この一年間、老後の有り余る時間を使ってアニメ研究を行っていた老人達。

 彼らを誤魔化すのはすでに至難の技であった。

 だが窮する僕に対して、救いの声がかかる。

「まあまあ、皆さん。あの哲也くんがそう言うなら信じようじゃないですか。なにせこの場で一番アニメに詳しいのは、他ならぬ哲也くんですからねぇ……」

 その温和な声の主こそは、清水上村のご意見番。六十八歳と村では若手ながら老人達も一目置く、石上神社の神主。それが石上浩太郎氏である。

 そんな彼の救いの言葉に、僕は思わず縋りそうになる。

 だがその神主はこう続けた。

「で、哲也くん。教えてくれませんか」

「な、何をですか?」

「もちろん、決まってるでしょう……聖地巡礼ですよ……」

「え……」

「来たんでしょう……たくさん来たんでしょう……? いっぱいいっぱい来たんですよねぇ……聖地巡礼の観光客が……いっぱい……いっぱい、いっぱいいっぱいねえ……?」

 神主氏は焦点の合わない目のままで、うわ言のように呟く。

 改めまして神主・石上浩太郎。総投資額一七〇〇万円。

 四ケタ溶かした人はもう顔つきが違う……。

 瞳孔が完全に開いている。

「ふひひひ……聖地巡礼……そう、聖地ですよ……私の神社が、聖地に……」

 いまや彼の神社は完全リニューアルされた上、本堂には特注の等身大ヒロインフィギュア(巫女服バージョン)が安置されていた。

「ねえ、哲也くん。そろそろ教えて下さいよ。このアニメが始まってから、何人ぐらい観光客が村に来たんですか? ねえ……ねえ……きっといっぱい来ましたよねぇ? えひひひひひっっ!」

 ちなみにこの神主は、村でも少ないライフル猟銃免許保持者である。

 そして本日彼の手元にも、なぜか村田銃が携わっている。

 ……。

 そういえば聞いたことがある。

 村田銃は高い精度を誇る名銃だが、単発装填式。

 ゆえに確実にエモノを仕留めるため、手慣れた猟師は予備の弾を左手の指に挟むという。


 そして神主も今、指に挟んでいる。


 慌てた僕は、震える指で資料の紙を開いた。

「か、来村観光客数ですか……それは、その……」

 僕は言葉に窮する。

 だがそんな僕に、別の老婆が縋るように尋ねた。

「役に……たったんですよね……」

「え……?」

 不破しず江さん。総投資額二百万円。

 彼女が発注した一万八千枚のポスターは、今も鉄道各駅の壁で虚しく朽ち果てている。

 そんな彼女は涙を滲ませながら、僕に問いただす。

「儂の老後の貯金は……役に立ったんですよね……」

 彼女は僕の服を掴んで叫んだ。


「何か直接の収入になったわけではなくとも!」

「儂の老後の貯金は!!」

「村おこしの糧になったんですよねっ!!?」


 その勢いに気圧され、僕は思わず口にする。

「……もちろん」

 だが、僕の手元に書かれたその数字。

「……いや……」

 その数字を見て、覚悟を決めた。

「今回の村おこしで……我々は……」

 そして僕も絶叫する。

『清水上村をアニメで村おこし会』会長である僕の、魂の叫びであった。


「我々はぁっ、なんの成果もぉっ、得られませんでしたぁっ!!」


 ドオオオオ、と公民館がざわめく。

 だがもう叫び続けるしかない。

 押し切る。勢いで押し切るのだ。


「これ賭けしたご当地アニメがクソだったばかりにぃっ」

「ただいたずらに投資をかさねぇっ!」

「誰一人観光客を……呼ぶことが出来ませんでしたぁっ!!!」


 そう叫んだ直後であった。


 ちゅいんっ。


「えっ?」

 超音速の何かが僕の耳元をかすめた。

 気づくと背後の壁に小さな穴が空き、か細いケムリが立ち上っていた。

 何やら弾痕に見える……。

 が……。

 いや、でも、まさか……ねえ……。


 そっと振り返ると、神主が笑いながら二発目を装填していた。

 


 僕は逃げ出した。


 

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