新米駅員セイラさん 

土田一八

第1話2人の新入社員

「ねえ、セイラ。仕事の調子はどう?」

「別に悪くないよ」

 ここはとある居酒屋。桟敷席で若い女性が2人。酒を飲み交わしていた。この2人は今年就職した新入社員だ。無事、試雇がとれたお祝いをしているのだ。

「つぐみの会社。大手だから給料いいんじゃない?」

「うーん、そうなんだけど…。仕事は結構ハードなのよね…」

「そうなの?」

「うん。もう2人同期辞めちゃった…」

「早っ⁉」

 とセイラは思わず口走ってしまった。つぐみは苦笑いをしている。

「研修で辞めちゃったの?」

 セイラはつぐみに聞く。

「ううん。職場に配属されてからだよ」

 そう答えるとつぐみはサワーをゴクゴク飲む。

「ぷはー。1人は人身事故の対応で精神的ダメージを受けて。もう1人はバイトに怒られて辞めちゃった」

 こうして聞いてみるとずいぶんな理由だが、セイラはなんとなく分かる気がした。

「ふーん。大手って大変なんだね」

「ホント。名前だけだね」

 つぐみがそう言うとセイラは思わずワハハと笑ってしまった。

「なによ…」

 つぐみは訝しげな表情を浮かべる。

「いやいや。ごめんごめん。ちょっとウケちゃって」

 セイラは目に涙を浮かべて笑う。

「もう。セイラの会社はどうなのよ?」

 つぐみはプンスカ気味にセイラに質問する。

「顔なじみだから、どうって事はないけれど…他人のを見ているのと自分でするのはずいぶん違うわね」

 セイラはサワーを飲む。セイラの会社はいわゆる中小私鉄であり、つぐみが勤める大手鉄道会社と異なりお客の数ははるかに少ない。そのかわり貨物輸送で稼いでいる会社なのだ。

「ウチの会社はお客さんは少ないけど石灰石様様ってトコかしら」

 セイラは笑って手を合わせるしぐさをする。

「ふーん。石灰石は文句言わないしね」

 つぐみは少し羨ましそうにセイラを見つめていた。



「つぐみの職場ってターミナル駅だっけ?」

「うん。うちの会社で一番乗降が多いよ」

「ふーん。やっぱり忙しいの?」

 セイラはつぐみに質問する。

「うん。今いる改札は忙しい。一日中喋りっぱなしでお昼頃にはこめかみが痛くなるよ」

「うんうん」

「それから一日中立ちっぱなしであんまり動かないからすぐ足がパンパンになるよ」

「他の職場に行ったりしないの?」

「体の不自由なお客様を案内する時にホームに行ったりする事はあるけど、改札以外には殆ど行かないね。出札とかは何か異様な雰囲気を醸しているし、信号所もお呼びでないって感じの職場だしね」

「まあ、信号は資格がいるからねぇ」

 セイラは自分の会社とはずいぶん違うなぁと思っていた。


「ねえ、セイラの方はどうなのよ?」

 つぐみはセイラに質問して攻守交代だ。

「うーん、そうだねぇ~。雑用が多いけど、それ程忙しくはないわね」

「くぅ~。羨ましい」

 つぐみはセイラを羨ましそうに見つめる。

「そんなに羨む事でもないって。女は私だけだし、同期はいないしね」

 セイラはそう答えるとサワーを飲む。

「でも、最初は駅なんでしょ?」

「まあね。窓口で切符売ったり、ラッチで集札するよ」

「簡単そう」

 つぐみはとんでもない言葉を口にしてしまった。


「……」(怒)

 セイラは押し黙ってしまった。

(わー、マズい)(汗)

「そりゃ~ぁ、カードも定期も回数券もないよ。悪かったわねぇ」(怒)

「わーっ!わーっ!ごめん。ホントにごめん」(滝汗)

 つぐみは慌ててセイラに謝るが酒を飲んでいた事もあって手遅れだった。そしてセイラの説教が始まってしまったのだ。

「どこが簡単だって?やってみいぃいやぁ!」(激怒)


 つぐみは火炎で焼かれるお肉の様な思いで小さくなっていた。


 その後セイラに散々怒鳴られ、つぐみのオゴリという事でやっと決着したのだった。

「トホホ…」(泣)


                                 つづく

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