夢路

@Eucalyptus

夢路

 これは夢の話なのだけれど。


 愛する人と共に生きて、愛する人の最期までそばに居たい。願わくば、愛する人の網膜に最後にうつるのは私でありたいし、愛する人が果てるのを見届けたら、私も追いかけて逝きたい。そんな、寂れた夢をいつも抱いている。


 始まりは妹がみんなを殺したいって言ったこと。私は、いいよってただそれだけを言った。

 勿論、殺人は犯罪だし、それを赦せば幇助に値するのかもしれない。それは私には判断のつかないことで、しかし、私にとってどうでもいいことだった。

 ただ私にとっての愛は赦すことで、私は彼女を愛していた。彼女は恋多き乙女で、とても魅力的だった。

 だからそれは最初から全て何もかもが仕方のない事だった。



 彼女にとって殺すことと愛し合うことは同義のようだった。彼女は愛を抱いたから殺し、殺したいのは愛するからだった。


 ある人は、言った。

「それならば彼女は浮気をしたがっているのではないか?」


 それは正しく思い違いであった。それが一般に浮気であっても、個々を知らない有象無象に対してのものであるから耐えられた。彼らは藁束かワイヤーを束ねたものに過ぎない。彼女にとってそれぞれは大切ではなく、ただ行為が大切なだけだったから、私も浮気であって浮気ではないと解した。

 つまり、愛を抱くことが重要なのであり、その行為に意味はないのであった。わかりやすく例えるならば、手料理を普段食べている人間が、コンビニの弁当を食べて美味しいと思っても、おかしくはないという話だ。


 そもそも。


 私はたんなる姉でしかなかった。だから顛末が、ほんとうに優しい相手に対してならば、彼女が惹かれてしまうとしても仕方がないと思った。



 しかし私にもそれが回ってくるとは思いもしなかった。肩の辺りから両腕をまわされ、ぎぅっと唇を押し付けるだけのキスは、しかし激しかった。それはキスであり、言葉にすれば軽い接吻でしかなかった。しかし世間一般のカップルが行う全ての行為よりも、それは愛そのものであった。


 ただ一度、しかし随分と長い間、ただ口を合わせた後、そして私も殺された。否、殺したいという欲求を持ち切り裂かれた。私もその欲求を持って居たから恐怖も痛みもなく、それはむしろ喜びだった。

 私の体の横、側面から深く縦に筋が入った。一部は二の腕を通り脇腹を通り、腰を超える辺りまで、直線がうまれた。そこから溢れるものはあるが、死まではまだ暫く遠かった。



 私たちは次の場所へ向かった。本当は最期まで妹に抱かれて居たかった。痛みはなくとも失われていく疲労感があった。しかし他に殺す相手がいるときき、付いて行くことにしたのだ。


 目的地にいたのはフード付きパーカーを被った冴えない男、しかし優しさに満ちた表情の男だった。彼も誰かを殺したい暗殺者であり。怨みを持った復讐者であった。


「もういいんだ」


 そう語りかけてきた彼は妹に殺されに来たのだと言う。妹が愛を伝えるように彼の首を横に抉ったのを確認した時、妹の首が有り得ない角度で下はかしいでいった。


 彼の首を横に半分ほど中央切ったその瞬間、彼もまたナイフを取り出し妹の首を切り裂いていたのだ。そして右手では思い切り彼女の引き剥がすように動かし、左手では自分のパーカーのフードを横から頭へ被せた。そしてフードの裾を下に引っ張るように持ち替えた。頭を固定したのだ。


 私は彼も気にしつつも、妹のアタマが無くならないよう身体と頭を抑えた。しかしもうその時妹の死は確定して居たように思う。死なないでほしかったが、彼女からは何も発されなかった。



 続けて相手のアサシンは私に襲いかかってきた。私は咄嗟に妹からは離れてしまった。

 正面に見える血に濡れたフードから透ける顔には、死よりも復讐が色濃く滲んでいた。彼は愛ではなく憎しみで私たちを殺したかった。私たちは、姉妹は嵌められたのだ。彼の命を賭した策に。


 彼はわたしの頭部中央から首の横を通るキズに手を伸ばした。首を絞められるようで、横側から手のひらに包まれた。力がかけられる瞬間私はここで死んでしまうのかという恐怖を感じた。この一連の事態に至ってから初めての死の恐怖だ。

 妹に殺されるという時は恐怖どころか、彼女に付けられたキズで小躍りするような、踊り出したいような気分だったというのに。今は最低の気分だった。先に待つのは死のみだし、のものに殺されるのは怖かった。


 左後ろに妹が見えた。意識があるのかは定かではないが、彼の私に伸ばす腕を止めたいというような″気″が彼女から伝わってきた。

 私にも火事場の馬鹿力なんてものがあったのであろうか。

 伸ばされた手を手で押し返しもがく中、彼のアタマを右足で左に向けて蹴った。

 フードでなんとか抑えられ繋がれて居た彼のアタマは、蹴り飛ばすつもりで蹴ったにも関わらず、外れることはなかった。

 しかし彼の動きを永久に止めさせるのには充分だった。フードと首の皮に繋がれたそれは不器用に横に繋がり、揺れ、そして体は崩れ落ちた。血が吹き出していた。



 私はすぐさま斜め後ろにいた妹を抱きしめた。左腕は背中から首の裏を通し頭を支えるように。右腕は身体の中央を搔き抱いて離さないように。血が流れ出していた。しかし妹は満足げに見えた。私は彼女について逝かれるだろうか。


 まぁ


 これは、夢の話なのだけれども。

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