第55話 ヘンリクの話16

タリアが適度にフロアを冷まして

くれたおかげで撤収も楽に済んだ。


サクティではもう乾杯が始まろうと

している。いそいでビールをもらって

席につく。


キングが立つ、

「えー本日はゲルググライブイベントに

お集まりいただき」

「えーあいさつもういいよ」

「飲もう飲もう」

「乾杯!」


やっぱりライブあとのこの一杯がたまらない。

このためにやっている、といっても過言では

ないかもしれない。


僕の4人席テーブルには隣にアラハントの

アミ、向かいにマッハパンチのキングさん

とボッビボッビのタリアさん。


このメンバーで飲む時に、気を付けないと

いけないのはアミだ。何を気を付けないと

いけないかというと、けしてアミと

同じペースでお酒を飲まないこと。


最近は、本人も言っているが、だいぶ丸く

なったとのことで、他人にしつこくお酒

を勧めることはしなくなった。


驚くべきことにアミは、どれだけ飲んでも

二日酔いにならないらしい。そして、つい

最近まで、ふつうの人が二日酔いという

状態になることを知らなかったとか。


他にも、飲めば飲むほど強くなるという

噂もあるし、気分が乗ってくると男性

の上半身を裸にして油性のペンで

女性が付けるブラジャーを描く、

という話も聞いた。まったく恐ろしい。


僕は、アミと一緒に飲んでいて自爆ぎみ

に潰れたことはあったが、そういうひどい

目にはあったことがない。気を使って

もらっているのだろうか。


でも、先日はこんなことがあった。

同じようにライブあとの打ち上げで

飲んでいた時、アミはふだんと違って

少し落ち込んでいる雰囲気だった。


第2エリアにいたとき、普段から仲の

良かった親友が亡くなったらしい。自殺

だった。自殺の原因はあまりよくわからな

かったらしいが、


演奏の技術はアミよりも高く、将来が

とても期待できる子だったらしい。

でも、ある時期から、第2エリアの音楽

の世界に絶望したようなことを言って

いたとか。


その出来事が、アミに、何かを表現したい、

何もやらずに自分の人生を終えたくない、

という強い気持ちを与えたという。


その日はその子の命日ということだった。

前日だったかもしれない、とも言った。

アミにも、シリアスな部分があるのだ。

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