125話 助けた人の正体は、有名人ですか?

 ゆっくりと目を開けると用意してもらった休憩用のテントの内だった。


 起きて早々に体調不良の人のうめき声と回復役や消毒に使った薬などの独特な空気に触れてがここが現実の世界なのだと理解できた。


 意識が鮮明になると同時に私は直ぐに英梨奈さんの傷を癒した感覚を思い出す。両手の掌には英梨奈さんの傷ついた腕の感触と治癒魔法を使用し治した際に感じた感覚がはっきりと残っていた。


「うん。行けそう」


 手をグーパーさせて気合を入れ直す。

 そして、テントの外に出た。


「姫様。も、もう宜しいのですか?」


 テントを出ると人が二名ほどすっ飛んできた。彼等は王国の役人だ。

 今使っていたテントは彼等が用意してくれた物だが、その前にいらぬプレッシャーをかけてきた者達に彼等も混じっていた。

 顔色が凄く悪いのは私が王族だと知っていて更に食ってかかったのがバレたら嫌だからだろう。

 そんな顔をするのなら、権力のある者に追いすがるのではなく自分で何かを考えてくれれば良いのに、悲しいことだ。

 私は出来るだけ自然な笑顔で、『大丈夫。あなた方を罪に問うことはしませんよ』と、アピールしておいた。

 それでホッとしたのか、そそくさと何処かへ消えてしまった。そのあっけなさに呆れてしまったが、いつまでも近くをウロウロされると面倒だし、これはこれで助かった。

 お役人さんが何処かに消えたタイミングで人混みの間からひょっこりと屈強な顔の男の人がやってきた。腕には怪我をしているので治療目的かな? でも、ここも人がよく来るようになっている。既に数名が並んでいるので、ここは皆と同じく並んでもらおう。ルールだしね。


「ごめんなさい。皆ちゃんと並んでいるので順番を守っていただけますか?」


 私が言うと屈強な男の人は一瞬、目を見開いたが怒った様子では無かった。どちらかと言うと先に何かを言われた事に驚いた様だった。


 で、並ぶのかと思ったがまだ私の近くに居た。


「も、申す訳ねぇんですが長老を助けてくだせぇ。スライムがひっついで危篤なんです。お金なら何とか工面しますすけ。おねげぇします」


 必死に訴えてきたのは重症患者の話だった。

 直ぐに向かわねばと思ったが、ベネが前に立った。


「ウソとは言わないけど証拠はあるのかしら?」

「いや。それはねーです」


 屈強な男の人が必死な顔をしてベネにお願いしている姿を見る。私も目を見るとその人の必死さが伝わって来た。どう見ても嘘を言っている顔はしていなかった。


「ベネ」

「ソフィーが決めたなら良いんじゃない」

「うん」


 どうやらこの人は自分のために私の事を頼ってきたようでは無さそう。ならば、本当に重病人が居ると言うことだ。兎に角、行ってみるしか無さそうだ。


「皆さん後はお願いします。」


 この場はここに居るスタッフさんに任せてた。


「・・・お待たせしました。では、直ぐに行きましょう」


 私はベネと一緒に案内される現場に急行した。


 ・・・


 現場に着くと屈強な男の人は、ちょっと傷んでいるテントへと私達を連れて来た。テント前も門兵みたいな人が私達を見ると動きを止めさせる。

 案内人の屈強な男の人が合図を送ると通してくれたが警戒心が半端ない。終始睨まれていた。


 テントに入ると熱気に圧倒される。テントの中は沢山の人が【長老】とか【長】と中央で寝込んでいる人に向かって嘆きの声を上げていた。それも老若男女関係なくだ。

 皆さん余程その『長老』さんが大事になのか私達がテントに入るなり一斉に視線を向け警戒してくる程だ。


 猫の夜会に遭遇した時、こんな感じの空気に包まれたことがある。皆が『お前誰やねん』って顔して見てくるんですよ。猫かわいいですよねー。あぁ、また夜会でも探そうかな。


 話がそれてしまった。


 気になったのはそれだけじゃ無い。看病に来ていた人達の身なりがあまり良く無い事(ツギハギや汚れが目立つ)と子供も妙に目つきが鋭いと言ったところだろうか。


「皆のものよせ。ひ、姫様。このような場所にお呼びだてして申し訳ございません」


 長老様は、息も絶え絶えで恐らく生きているのも気力を振り絞っているにも関わらず、私に気付き礼を尽くしてきた。有事ににも関わらず強い意志と心を持った方だと思った。


「いいえ。早くお声がけ下さり良かった。」


 胸を撫で下ろす思いだった。

 これ以上の進行が進めば私の治癒魔法も効いたかどうか、それ程に体のあちこちが既に溶かされ始めていた。


「早速、治療を開始しても?」

「姫様。ワシはもう助かりません。貴重な薬は他の者へ・・・」

「大丈夫。薬を使わずに治療できますが、こんなに人数が居ても正直・・・」


 邪魔だ。とは言えない。

 だが、長老さんは何が言いたいのか気づいたのだろう。


「分かりました。皆、表に出て待ってなさい」

「「「長」」」


 複数の若者が長老さんを守ろうと前に出てきた。

 かなり愛されてる人だなと思った。でも今はどいて欲しい。


「ワシは姫様を信じる。だから表に出ていろ!」


 長老さんの怒鳴り声を聞いておずおずと若者が出ていった。重篤な状態にも関わらず強い人だ。


「ありがとうございます。あまり人に見られたくないものですから・・・」

「いえいえ。ワシもちと疲れました。目を瞑っておりますのでお好きになさってください」


 長老さんはそう言うと目を瞑った。

 本当に強い御方だ。この様な立派な方が居ながら何故王族の耳に入らなかったかは謎だが、今はそれどころじゃない。


「じゃあ。私も外に出て皆を見張ってるわ」


 ベネがそう言って皆と外に出ていった。

 残った私と長と呼ばれるお爺さんだけ、集中するには最高の環境だ。私も目を瞑り先程、英梨奈さんに施した魔法をイメージする。手にはしっかりと先程の魔法の感覚が残っておりいつでも使えそうだ。


「セイントキュア!!」


 指輪が眩い光を発すると長老さんを包み込んだ。

 体の組織が溶けかかっていたのは、時間を巻き戻すかの様にしっかりとした形へと戻っていく。

 その間に付着したスライムも浄化しているみたいで体に付いたスライムも徐々に消えていった。


 順調に長老さんの体は戻りそう。

 しかし、魔力の減り方が物凄い・・・。


「クゥ・・・。」


 魔力切れを起こしそうになり頭痛がしてきた。

 やっぱり先程の英梨奈さんとは傷の量が違うからか?


 でももう少し・・・。


 私は、集中した。


 ・・・



「ハァ・・・。ハァ・・・。」


 や、やりきった。

 なんとか無事に終わった。

 疲れと魔力切れで地面に足を付いてしまう。


「ソフィー。大丈夫?」

「・・・ベネ」

「大丈夫? どうやって治したの?」

「ありがとう。大丈夫・・・。治癒魔法を使って長老さんを治療してたの」

「長老さんって誰!? 治療魔法って何!!?」


 ベネ。ごめん。ちょっと、うるさい・・・。

 頭がガンガン鳴っていた。ここまで酷い魔力切れは久しぶりだったので気持ちが悪い。


「ベネ。後で話すね」

「う、うん」


 そう言えば、長老さんは大丈夫だろうか?


「すー。すー」


 良かった。寝息を立てている。

 今まで気を抜けばそのままお亡くなりになるような状態だったんだ。激痛で寝ることも出来なかっただろうに。


「長老。今の光は?」


 長老さんの部下の人達も気になってテントに入って来たようだ。


「長老さんは無事です。今は眠っているようです」

「眠ってる・・・だと? おわぁ!!?」


 部下の一人さんが尻もちを付いて驚いていた。


「なんです? お爺さんが起きちゃいますよ?」

「お、お、おおおお。長が」


 長老さんを見た部下の人が青ざめた顔をして後ずさっていた。


「長が治ってる!!!!」


 そのまま、後ずさりして外に逃げていった。



 ・・・・


「姫様。これからは儂の命ある限り貴女に忠誠を誓います」

「長は下街を統べてす(べて)いる。ドン・コルニーオ様です。長が貴女に従うなら我等も従います」

「「我々も従います」」


 --ザザッ。


 長老さんとその他部下の方と何故か下街の人達が一斉に頭を下げてきた。


 しかし、ドン・コルニーオ・・・ですか。王都の闇社会を牛耳っている大物。

 なるほど、この胆力と判断力がありながら我が王城で噂にならない訳ですね。いや、違う意味では噂どころか有名人でした。

 今後を考えればこの出会いは良いことですね。

 彼の力を借りれば、外来種の動向が掴めるかもです。


「わかりました。今後、皆さんは私の私兵として扱うことにします。まずは、このキャンプ地の治安維持をお願いします。ドン・コルニーオ様」

「姫様。儂の事はコルニーオとお呼びください」

「では、コルニーオ卿。貴方は、私の部隊の副官になっていただきます」

「ははっ」


「それでは、現在の城下の外にいる人達を一度広場に集まって頂くように声掛けをお願いいたします。、また、重症な方はここに連れてきていただけますか?」


 今出来そうなお願いをしたら、コルニーオさんが部下の人達に指示を出す。

 指示を受けた下街の面々は、即座にバラバラと点在する野営の人々をまとめ一つの集落として集まり始めた。

 当然、ベネの下にも付いてもらい外に狩りにも出てもらう。炊き出しや集落の護衛等やる事は沢山だ。


 そして、秩序を生もうとすれば厄介なことも出てくる。


「誰に断りを入れてこんな事をするのだ!!」


 私達のいる場所に怒鳴り込んできたのは、城下をさっさと逃げ出した貴族や兵士達だった。

 こういう輩は権力を振りかざすだけで存在意義が薄い。


「私の・・・」


 私が立ち上がり怒鳴り込んできた貴族と対峙しようとしたが、コルニーオ卿がそれを制した。


「これはこれは、伯爵様。無事に城下から逃げおおせたのですね。」

「お、お前は・・・」


 コルニーオ卿の言葉に聞き覚えがあったのか、伯爵と呼ばれた貴族はしどろもどろになっていた。


「しかし、伯爵いけませんね。ここ診療所です大きな声は治療の邪魔ですぞ。外に出ましょうか?」

「う? うむ・・・」


 急に顔色を悪くした貴族は取り巻きの兵士達とともに外へと出ていった。


 程なくして帰ってきたコルニーオ卿。

 ホクホク顔にも関わらず何故か手をしきりに拭いていた。


「いやいや、先程の貴族様には色々と貸し・・が有りましてね。話をしたら姫様のお考えに賛同してくれて、兵や資産を別けてくれましたよ。ご本人様は遠い旅に出られました。いやいや、立派な御方だ」


 良く分からななかったが流石我が国の貴族。

 民の為に自己犠牲も辞さないとは、『誇り高い』と思った。


 これで、治療に専念出来る。




 ベネside


 横で聞いていた私はこの茶番が白々しくって呆れそうになっていた。お爺さんがテントに入ってきたときに残っていた殺気やその後、姿が消えた貴族の気配から考えるに、資産を強奪して身柄だけは助けたか、先程の貴族自体がもうこの世にはいないか。

 どちらかだろう。


 ただ、お爺さんの殺気と拳を拭く作業から恐らく後者であると容易に推測できた。


 でも、特には問題ない。と、ベネは思った。

 どうせ生きていても邪魔になる者だ。トラブルを起こされる事を考えれば厄介事が一個減ったと思えばいい。こっちだってかまっている暇もないし、やる事が多い。


 それに貴族間では、暗殺や黙殺など割と日常茶飯事だ。


「自業自得よね」と、ベネは飲み込んだ。




 ・・・・



 怒涛の一夜が明け登る朝日を見ながらストレッチしていた。モチロン、ベネも一緒である。


 昨晩はコルニーオさんが仕入れてくれた情報を聞いたおかげで俄然ヤル気が出ていた。


 イッセイ君とエリーは城下で人助けをしているらしいし、お父様とお母様はミサキさんと共に指揮を取りつつも色々と対策も考えているらしいし、騎士団も魔道士部隊と連携し城を中心にスライム共を駆逐しているそうだ。

 逃げずに残った貴族も私兵を投じて街を守ってくれているんだとか。

 師匠も学園で皆を守ってくれているらしいし、色々なところで様々な人が助け合い支え合っているのが妙に嬉しかった。

 こちらも昨晩中には重症者を助けたし、次のステップに進まねばならない。


「姫。行かれるのですか?」


 コルニーオさんが出てきてくれたようだ。

 別に今生の別れじゃないし、もっと言うなら目と鼻の先ですしね。


「はい。皆も待っていると思いますので」

「イッセイ様とエリー様ですね」

「はい。押し付ける形になって申し訳ありません」


 ニコニコと笑うコルニーオさん。

 何とも優しい笑顔だった。


「なになに。儂は姫に忠誠を誓った身、寧ろご一緒出来ないのが心苦しいです・・・後は儂らにおまかせください」


 そう言って送り出してもらった。

 私とベネは城下町へと侵入したのはイッセイ君とエリーが侵入したルートと同じ湖の辺りの水車小屋からだ。

 同じところから入ったほうがより早く合流出来るだろう。城下に入ったらベネに魔法を打って貰おう。


 そう考えていた時期もありました。


「ガハハ。来たな」


 扉を抜け城下に侵入した途端、プロメテがお出迎えしてくれた。

 しかも、


「城下ってこんなにダダ広い感じだったっけ?」 


 と、思わず言ってしまった。

 何せ目の前に広がるのは広大な更地であった。

 確かここは下街と商人街とが繋がる街だったはずなのに・・・。


 --ウジュ、ウジュ・・・。


 更地の地面や川からスライムが湧いてくる。


「ガハハッ。また湧きおった~!!」


 一目散に湧いたスライムに向かって行くプロメテ。


 --ドカーーン!!


 プロメテが繰り出す業火や炎の玉が地面や建物を破壊し、燃やし尽くしていた。


「ちょっと・・・。プロメテさん」


 外に逃げている人が帰ってきたらどんな顔をするだろうか。

 私は『ヒャッホイ!!』とか言いながら暴れまわっている赤いクソムシを見守るしか出来なかった。


「よう」


 不意に声をかけられた私とベネが声のした方を見上げると、イッセイ君が立っていた。

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