114話 助けに来てくれたのはイッセイの友達ですか?(兄様視点)

 −−イッセイ達が扉を蹴破る少し前。支配人室にて。


 吐きそうなほどの頭痛がして目が覚めると応接室の様な場所だった・・・。

 段々と意識がはっきりしてくると共に何が起こったのか理解もできていく。


 ・・・何たる不覚だ。イッセイ達の力を借りて亜人排除派を陥れようと潜入したまでは良かったものの敵に捕まってしまい私とカリーナは捕縛されてしまった。イッセイ達も何処かに捕縛されているか監禁されていることだろう。


 イッセイすまない。私の見通しが甘かったせいだ。


 と、思いながらもどの状況でこうなったのかを考えると、食前酒しか思い当たらない。あれを飲んでからの記憶が一切ないため睡眠薬が入れられていたようだ。

 カリーナはまだ眠っていたようだが取り敢えず無事なようで一安心だ。


「けけけっ。先程からキョロキョロと貴族様ってのは、こうも余裕ぶっこいてられるいいご身分なのかぁ?」


 背中越しにねっとりとした喋り声が聞こえる。と、同時に背中にざわりとする感覚を覚える。


「き、貴様は・・・」

「ほぅ。俺様を知っているのか?」


 後ろを振り返り顔をみて驚いた。

 そこには腕を組みながら舐める様にこっちを見ている男と、その仲間が近くでこちらをみてヘラヘラと笑っていた。

 どうやらここには亜人排除派の重要拠点だった様だ。眼の前にいる男は、5クラスの盗賊集団『モブデスと愉快な盗賊団』だった。

 このモブデスと愉快な盗賊団は、公爵領最大にして最悪の敵だ。

 人攫いから略奪、ゆすりにたかり等の闇の部分に必ず関わっているこの土地の汚点共だ。


「けけけっ、公爵家の犬が俺が今からお前たちを料理してやるぜ」


 盗賊団の頭領であるモブデス。

【投擲の勇者】などと呼ばれ一時期英雄視されていたが、自身の投擲の技術に自惚れ自ら犯罪者に見を落としたクズである。


「カリーナに触るな!!」


 寝ているカリーナのスカートを持ち上げ中を覗くモブデス。ゲス過ぎて反吐が出る。


 −−バキッ


「っ・・・」

「うるせえんだよ。ゴミ虫が! 公爵様みたいに黙って俺達の事を見て見ぬフリでもしてれば何かおこぼれを授けてやろうと思ったが、ここまで来るってぇのは流石に身の程知らずじゃねーか? あぁ」


 一瞬何が起きたのか分からなかった。

 目の前に星が飛んだかと思うと続いて右頬に熱を帯びた。

 殴られたんだと気づいたときには口の中で鉄の味がしていた。


「ちっ。言い返す勇気もねえのかよ。まぁ、見てなお前の婚約者が今から目の前でよがるからよ。特等席でじっくり見ていけや」


 モブデスは醜い顔を私に向けベロを出した。


「やめ・・・ろ」


 くそっ。私に父上程の武力の才能があれば・・・


 私は生粋の文官タイプなので、剣も魔法も全く使えなかった。

 このままではカリーナが大変な目にあってしまう。

 誰か頼む。彼女を助けて・・・。


 −−バタン。


「お兄様とカリーナに手を出さないと約束したでしょ!!」


 飛び込んできたのはイリーナだった。


「お、お兄様!? モズク。これはどういう事かしら? 何で兄様が殴られているのかしら?」

「イリーナお嬢様。私はご注意申し上げました。汚らしい亜人をこの店に入れるならそれ相応の覚悟をお持ちくださいとね」

「それなら、亜人だけどうにかすれば良いじゃない」

「お嬢ちゃん。その亜人は今頃貴族様の玩具になってるぜ」


 なん・・・だと。くっ、イッセイすまない。私が浅はかだったばかりにお前の想い人を傷つけてしまう。


「だったらどうなのよ。貴族ってエローンの豚? ビビリーノのゾンビどっち?」

「エローン伯爵様が特別室でお楽しみ中です。」

「あの豚か、豚の後でも十分でしょ」

「はっ、ザッけんなよ。なんで俺様が2番・・・いや、10番位か、兎に角おこぼれなんだよ」

「いや。別にどうでもいいでしょ・・・」


 下世話な話にイリーナはうんざりした顔をしていた。


 なん・・・だと・・裏で糸を引いていたのはエローンとビビリーノだと!!


 エローン伯爵とビビリーノ子爵とはカリーナの下、つまりは亜人共存派の人間だった。しかも、割と重要なポジションに位置させていた筈だ。

 ぐぐぐっ・・・。今までこちらの情報が漏れていたのは奴らのせいか。


 アレンは自分の爪の甘さを狼狽する。

 味方だと思って信用していたがまさかの黒幕だった。道理で尻尾が掴めないわけだ。


「関係ないわ。今すぐ2人を自由にしなさい」


 −−パシン。


 乾いた音が室内にこだました。


「何すんだこのガキ!!」


 −−パチーン。


 先程の3倍はする大きな音と勢いで吹っ飛んだイリーナの姿が見えた。


「おい!! 貴様ら」

「おいおい。この犬が何だか怒りのこもった態度をしてやがるぞ?」


 モブデスが俺の顔を覗き込む。

 ここで勇気が振り絞れなければ私もクズだ。


 動く限り体をお越し怯える心にムチを打つ。


 −−ガスン。


 前に振った頭はキミの悪い顔をしているモブデスの鼻にヒットした。


「ガッ、このガキが!」


 −−バキン。


 再度右頬に痛みを覚えたが、目の前で鼻血を拭うモブデスを見て笑いが込み上げる。


「犬コロが・・・」

「そこまでです。カリーナ嬢に手を出すのも禁止です」


 モブデスが私に再度殴り掛かろうとしてきたが、それを止めたのはこの店の支配人だった。


「おう何だ? 俺の邪魔をするっていうのか?」

「それに、そいつにはメッセンジャーになって貰う必要があるので殺しは無しです」

「ちっ、分かったよ」

「まぁまぁ、公爵に届ける土産が必要だと思いませんか?」

「・・・へへへっ。そういう訳かおもしれぇ」


 不敵に笑いはじめる支配人。それに合わせてモブデスも破顔して見せたが、その気味の悪い顔に嫌悪感しか生まれない。


 支配人の奴がふところから怪しげな小瓶を取り出すと、蓋を開け、床に傾ける。紫色の煙が液状の様に下に垂れ。そして、煙が床に落ちた瞬間、ジワーッと広がりながらゆっくりと広がっていく。


「おい。カリーナに何をしている?」


 嫌な予感しかしない。

 そんな私の表情を見て支配人はおぞましさを感じる顔で笑った。


「ふふふっ。辺境伯のご長男様。公爵様もさぞ喜ぶと思いませんか? そして、二度と私達には逆らわなくなるでしょう。勿論貴方も含めてです」

「よせ」

「これで、この小娘も今後は俺達に逆らわなくなる」


 モブデスがイリーナを見ながら下品に笑った。


「そういう事です。イリーナさまにも色々おせわになりましたが、そろそろ一線を退いていただきたいと思っていたところです。」

「へへへっ、なら俺が貰う。コイツはさぞいい声で鳴いてくれるだろうぜ。・・・しかし、コイツ等自分で自ら敵地に来るったあ余程自信があったのか、ただの馬鹿か?」

「えぇ。おそらく後者でしょう。こちらとしてもどうやって彼女を罠にかけようか考えていた所だったので、向こうから来てくれて大変助かりました」

「くくくっ、馬鹿な奴らだぜ」

「全くです。では、そろそろ始めましょうか」


 モノクルを持ち上げる支配人。

 笑いながら魔力を高めていく。


「くくくっ、さぁ始めましょう」

「や、やめてくれーーー!!」


 支配人がカリーナに向けて魔力を放つと彼女の周りには、紫色の煙が集まっていく。

 そして、渦を巻くようにしてカリーナの口の中へと入っていく。


「くくくっ、成功しましたよ」

「へへへ。これはどんな効果があるんだ?」

「取り敢えずは眠って頂いてます」

「なんだ。つまんねぇな」

「人質は生きていてこそ価値があるのですよ」

「そんなもんかねぇ~。ま、俺様は金さえ貰えれば良いんだが、ま、これでこの小娘は俺が貰うぜ」

「えぇ。どうぞ、ただ壊さないでくださいね。使いみちは他にもありますから」

「分かって・・」


 −−バギャン。


「「!!?」」


 部屋の外で争う音が聞こえてきた。

 流石というと癪だがモブデスの一味である奴等は一瞬で部屋の外に警戒心を強くする。


 モブデスが部下に顎で合図を送ると数名部屋の外へと出ていった。


 −−バギャン。ゴトゴト。


 先程とほとんど同じ様な音がしたかと思うと辺りは一瞬で静まり返った。


 何だ? 何が起こっている。


 私が混乱しているだけかと思ったが、


「おい。何が起きた? お前確認して来い」


 モブデスに声をかけられた一味の数名が部屋を出ていった事で、この部屋に残ったのは支配人とその部下2名とモブデスの一味の3人で計6人まで減った。

 対してこっちは負傷した私とイリーナ。そして、未だに眠り続けているカリーナの3人。

 状況は好転もせず、悪化もしない状況だった。


 −−ドンッ。ドスン。


「ぎゃあああ」


 先程と同じ様な音がする他に悲鳴が聞こえる。

 徐々に近づいて来ているのかもしれない。


 部屋の中には一種の緊張感と妙な静寂した空間ができていた。

 誰も声を発してはいけないと思わせられる圧迫感があった。


 私は生唾を飲んだ・・・・。

 だが、一向にここには乗り込んで来る気配が無かった。

 助けが来ると期待して上に上がった肩が、ため息と共に下に下がった。


 何だったのだろうか?


 モブデス達はまだ警戒していた。

 もう一度、軽いため息をついたところで、



 --ダンダンダン・・。

 --ビクゥ!


 び、ビックリした・・・。

 気を抜いた瞬間にドアの外から何かが叩く音がした。


 モブデス達が恐る恐る扉の外を警戒すると、そこには現状確認に行った一味が何故か木の根っこに絡まれながら這いつくばっていた。


「おい。どうした? 他のやつは? 何があった?」


 そんなに色々聞いても答えられないだろうと思ったが、


「え、エルフ・・・・」


 一味の男はそれだけ言うと木の根っこに引きずられ何処かに行ってしまった。


 エルフと呟いていたがエリンシアさんの事か? と言うか今の状況では彼女以外は思いつかない。


「なっ。エルフだと!? 何もできないデクの棒共ではないですか、何が起こっているのか確認しなさい」


 狼狽えたのは支配人。

 亜人を下の下としてしか見ていない残念な輩だ。今までは奴隷化された亜人しか知らないのだろう。本来の彼女等は野に生き、野に死ぬ者達だ。人族の様に文明をあえて築かない彼女等の身体能力が低い訳がない。

 当然、鍛えている者にはそうそう勝てないだろうが、同じく彼女等も鍛えれば強くなるのだ。


「おい、あいつ。何なんだよ!?」


 更に支配人は取り乱した。

 この室内に一掃の不穏な空気が流れ始めた。


「おいおい。支配人さんよそんなに慌てなさんな。たかだか3クラスの奴等がやられただけだろ」

「し、しかし。エルフ1人に「狼狽えんな!! 俺様が居るんだビビってんじゃねーよ」」


 その後もモブデスが自分の冒険者のクラスを自慢したりしていた。何の意味があるのかと疑ったが周りは落ち着きを取り戻しつつあった。


「さぁて、逃げる準備だな」


 モブデスの目が私にねっとりと絡みつく。

 獲物を前に舌なめずりしている様な視線が蛇に睨まれた蛙の気分だった。



 −−バキョ!!


 一瞬だけ激しい音がなると壊れた扉がモブデスめがけて飛んできた。

 もう少しでヒットしそうだったが、モブデスは腕を振り払っただけで飛んできた扉を粉砕していた。

 粉砕した破片が支配人とその部下たちに降り注ぎ多少負傷していた。


「あらら。完全に奇襲が決まったと思っていたのにオジサンやりますね」


 ニッコリと微笑み脚を腰のあたりで水平に伸ばしたままバランスを取っていたのはベネッタ嬢だった。

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