112話 侯爵領の過去とイッセイの繋がり、ですか?

 兄様の話す姉妹のすれ違いはとても悲しい話であった。

 誤解と偶然が重なり合った事故とも言える。


 事件はドラマチックにかつシンプルな方法で行われた。式典などの人が集まるイベント中を狙ってのテロ行為を行ったのだ。だが、その行為は目障りな要人の命と民衆の希望を奪うには効果は絶大だった。今でもその出来事が元で街に暗い影を落としている。


 事は今から1年前に起こった。

 公爵家が主導で奴隷開放の宣言を発表。その為の式典が行われる事となった。


 宣言はこの街の広場で『公爵領で一般に取引されていた奴隷取引を今後は一切禁止する』と宣言する予定だった・・・・・


 これまでの公爵領では人手不足の解消のため奴隷制度を採用してきた。

 犯罪奴隷、自ら奴隷になった者。この人達はもちろん、世の中には誘拐や略奪等で連れてこられる奴隷もいるのだ。

 人族とは別に特に亜人(獣人、エルフ、樹人、半魔)と呼ばれる非人族は同じ人族の犯罪奴隷よりも蔑まれる状態となっていた。

 だが、公爵領ではこれまでの亜人に対する扱いを反省しこれからは人達とも平等に等しく生きていける領地にしよう。(もちろん犯罪奴隷や好んで奴隷となった人は除く)

 また、誘拐や略奪等で集められた奴隷に対しては市民権と保証を約束すると言ったとても人道的なものであった。


 これまでの制度からは天と地ほどにも違う待遇に亜人と呼ばれる獣人、エルフ、樹人、半魔は歓喜し、共存派と呼ばれ亜人と共に生きる事に希望を見出す人達は連日お祭りのようにその日を心待ちにしていた。


 だが、そのような措置が取られると困る人もいる。

 街の暗部に関わる人間だ。奴隷を売り買いに関わり富を得ていた者。奴隷を玩具としていた者。奴隷を調達する者。


 富や欲求。暴力の自由が奪われる。


 そうした歪曲した考えの持ち主達から恨みを買った公爵一家はテロの対象とされた。

 式典に向けての嫌がらせは勿論のこと、公爵家への嫌がらせも頻繁に行われたらしい。

 ただ、武力や権力だけを言わせればこの土地をここまで豊かにした公爵家に叶う者、表立っては逆らうものもおらずそう言った嫌がらせも、徐々にはな規模を小さくしていった。


 式典が近付くに連れ色々決まり事も固まっていく。

 音楽隊に式典を仕切る者、出される料理に飾り付け等。

 その他にも当然、代表で開放される人も決まる。

 代表で開放される奴隷は公爵家に執事という形で仕える老エルフだった。寿命が長いエルフ族も年には勝てず死期は近く。『晴れて自由の身になった暁には御隙を貰って世界樹の生まれた土地へ帰るのだ』と言っていた好々爺である。

 イリーナさんとカリーナさん、ポルックス君(ウッザー君の正式名称)を我が子のように可愛がってくれていて皆も大層懐いていたそうだ。


 だが、暗部の人間からすれば格好の獲物だった。

 術の管理と称して近づき、ちょっと細工するだけ。

 後は奴隷から開放する際、細工した術式を発動させる。

 たったそれだけで良かった。


「あーぁ。これで爺やともお別れね」

「イリーナお嬢様。私はあなた様方を本当の孫の様に思っております。ですが、公爵ご当主様がくださった優しさでもあるのです。私はその優しさに報いねばなりません」

「爺やの話は難しいよー」


 爺やはイリーナをにこやかに笑い頭を撫でるのだった。


 祭典当日は、人は歴史的瞬間を目の当たりにしようとお祭り騒ぎであった。

 近隣の貴族が興味本位で街に訪れ。街中も楽団が楽しそうな音楽を奏で、軒並み屋台が立ち並び、何度も乾杯し合う町民と奴隷がそこら中に居た。

 街全体が1つの歴史を塗り替えようとした瞬間だった。


 祭りのクライマックス。壇上に登った公爵夫人と老エルフ。打ち合わせ通りに奴隷開放を行っていく。最後の一説を口にした瞬間だった。


 −−バァン・・・!!


 右腕を公爵夫人に向けた老エルフの腕が伸びていた。


 −−ドサリ・・・。


 力無くゆっくりと崩れ落ちる公爵夫人。

 老エルフも直ぐに自分に魔法を撃って自害を図る。


「きゃああああああああ」


 誰かが騒いだことで我に返った民衆は、怒気や好奇の声を挙げ直ぐに混乱が起こった。


 ここで公爵夫人の元に行くか、老エルフの元に行くかで人生が狂い始める。


 母親のもとへと駆けつけたカリーナ。

 母親からの遺言を聞くことになる。


「あの人は操られていた。今回の事件は裏があるわ。だからあの人を恨まないで、奴隷の皆を亜人と呼ばれる可愛そうな人達を迫害しないで・・・」


 そう言って息を引き取った公爵夫人。


 一方、老エルフの元へと行ったイリーナ。

 同じく老エルフから遺言を聞いた。


「・・・申し訳ありませんお嬢様。私が甘かった。奴等につけ入るスキを与えてしまいました。私は利・・・」


 そう言って息を引き取った老エルフ。

 一見同じような事を言っているが老エルフの方が難しくしかも全てを言い切らなかった。

 イリーナさんは悪くも素直に受け取ってしまった。


 爺・・・いや、コイツは今まで私達を騙していた? コイツラはお世話になった『人』を裏切り犯罪に加担した。・・・コイツ等亜人は薄汚いケダモノだ。絶対に根絶やしにしてやる。



 ・・・



「・・・と、まぁ数年前に急に大きな『人拐いの村』が国に摘発されてな。その時を好機とこの領内でも不当奴隷の開放に踏み切った訳だ」

「な、なるほど・・・」


 まさか、ここであの話が出てくるとは・・・


「イッセイ? この村ってイッセ・・・モゴッ」

「「「???」」」


 ははは。エリーさんや今その話は要らないですから。僕の分のお菓子でも食べて大人しくしててください。


「・・・何度もイリーナとは話をしたのですが亜人共は我らの敵と呟くばかりで・・・」


 カリーナさんが涙を拭きながら答えてくれた。

 辛い思い出を思い出させてしまったな・・・。


 イリーナさんは母親の死を目の前にして心が不安定になったのかもしれない。

 そこに老エルフと最後の言葉は何だったのか? 分からないが心を歪曲させて聞くことで、やり場の無い怒りをそこに向けたのかもしれないな・・・。


 勝手な憶測だが恐らくは合ってるのでは無いかと思う。

 逆にカリーナさんは母親の最後の言葉を聞けたので心が保てているのかもしれない。


「それで、イリーナ様は一緒に暮らしておいでなのでは?」

「イリーナは数名の使用人を連れて1人で出ていってしまいました。現在は当家が持っている別宅に住んでおります。あの日からずっと・・・」


 あの日とは式典の日を指すのだろうか? 1年は出ていったままと言う事になる。


 随分な家出だな。


「イリーナはその時、排除派の仲間入りしたと思われるんだ。何度か彼女の説得に行ったのだがいつも違う奴等に監視されていたよ」

「こちらでも色々調べては居るのですが以外に組織が大きいようです。数名捕えましたが情報を持っている者は捕まっておりません。それどころか下手に手出しすると暫くは隠れてしまい全く足取りが掴めません。イリーナがこんな事に加担している可能性を考えるといてもたっても居られなくなるのです」


 良くあるパターンだな。

 下っ端を捕まえさせて本命は地下に潜る。

 トカゲのしっぽ切りというやつだ。


「どうにか証拠かアジトを見つけたいですね」


 恐らくは別宅もそいつ等の関係施設になっている筈だ。

 だが、確固たる証拠が無ければアッサリと逃げられるだろう。


「私が囮になるよ」


 お菓子に夢中だったエリーがこちらを向いて立っていた。そして、口の周りにはお菓子の食べかすがたくさん付いていた。


 うん、お口を拭いてから喋ろうか。折角のシリアスな場面が台無しだぞ。


「そんな危険ですよ」

「いや。適任かもよ」


 カリーナさんがエリーを心配したが、直ぐにベネが口を挟んだ。


「どういう事?」

「エリーはエルフ族の勇者な訳だから」


「「勇者!?」」


 あぁー。知らない人はそう言う反応するよね。

 エリーは亜人全体で初の勇者となった人で希望の星なのだ。


「その話は後で、今はベネの話を」


 視線で促すとベネは頷き話の続きを話し出す。


「人間と共闘して排除派を倒す事が出来れば、共存派としてはかなり有利になるはずよね」


 なるほど。エリーをそのまま英雄視させて排除派の力を削ぎ取る訳か・・・。

 かなりの大物が釣れないと意味をなさないな。


「敵の黒幕は何処まで掴んでいるのですか?」

「この領地の伯爵、子爵が過去に奴隷を扱って富を得てた」

「今は?」

「宝石が取れる鉱山を見つけたと言うが出処が怪しい。統治している山の所在を公爵サイドでは把握できていない」


 兄様の見解では新しいビジネスは隠れ蓑なのでは無いかと言う事だった。

 確かに親が子の所有物を把握出来無いのは不自然だ。

 他の領地や国と奴隷を宝石や鉱石に変える貿易を行っている可能性がある。

 言い換えればロンダリングを行っていると言う事だ。


「しかし、それだと弱いですね。もっと確固たる証拠が必要です」

「それならやっぱり私を使うべきね」

「エリンシア様。それはもしや?」

「だとしたらもっと、色々オープンにしないとだね」


 ベネが俺に向かってニヤリと笑った。


「アァ、ウン。ソウダネ。」


 よく分からなかったから取り敢えず肯定しておいた。


「なるほど。そういう事でしたら我が家にてお着替えを変えましょう。そうですね。今から皆様と一緒に食事会と称して出掛けるのが宜しいかと」

「あっ、名案ですね」

「え"。堅っ苦しいドレスとか嫌だよ」

「エリぃー。美味しいお店ってドレス着ないと入れないんだよ」

「美味しいお店!? 行く。行きたい。今すぐ行きたい」

「じゃー。お着替えしなきゃ」

「うん」

「クスッ。エリンシアさんは可愛いですね」

「あっ、カリーナさん。私のことエリーって呼んでください・・・」


 女性陣は風のように去っていった。

 おい、エリー。お前今自分で囮になるって言ったのにスッカリ忘れてるだろ?


「イッセイ、すまないな。このような事に巻き込んでしまって・・・」


 兄様が申し訳なさそうに言うが、

 俺も間接的にガッツリ噛んでるので俺のせい・・と言えなくもない。


「いえ。それはなんの問題も無いのですが、領主様は一体何を?」


 ずっと疑問だったのが領主様の存在だ。

 奴隷開放のキッカケを行った割に今は目立った行動はしていない様子だからだ。


「オマーカセ様は・・・。あの日以来心を病んでおられている。奥方を無くしたのが余程ショックだったのだろう。今のあの様な姿もそのせいなのだ」


 ここにも病んでいる人が・・・


 イッセイは絶句してしまう。間接的とはいえ自分の行為が他の人にどれだけ影響を与えるのか。そう考えると自分のした事が正しいのか分からなくなる。


 ただ、その後に続くアレンの言葉はイッセイの心を救った。


「まぁ、何はともあれ私は良かったと思う。昨年の出来事は余りに悲しい出来事だが、それ以前はもっと悲惨だった。この街で亜人は2足歩行を許されていなかったしな」

「なっ!?」

「あの出来事で亜人に対するわだかまりが消えたとは言えないが共存派も沢山いた事が分かったんだ。今、街はその頃から数歩進んだところだがやっと進んだ数歩だ。誰だか知らないが『人拐いの村』を潰してくれた人には感謝している」

「アレン兄様」

「ん?」

「ありがとうございます」

「何でイッセイがお礼を言うのか知らないが、こちらこそありがとう」


「イッセイ! まだー」


「おっと、今回の主役がお待ちのようだね。それじゃ私達も行こうか?」

「はい!」


 俺はアレン兄様と一緒に店を後にする。



 ・・・


「ふぃー。若旦那。見事に磨け上げましたよ・・・って、誰もいねえ!!」


 アーティファクトを超える装飾品を最高の方法で磨き上げた職人たちが悦を交えながら『やりきった顔』をして戻ってきた。皆若干イキかけた顔をしている。


 だが、そこはすでにもぬけの殻でイッセイ達は亜人排除派を壊滅させるべく移動を開始していた。


 −−ひゅ〜。


 この日、工場には寂しい風が吹いた。



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