一章 雨白島 5話
久遠は美奈とティーノのそばへ歩み寄る。美奈は歩いてきた久遠を見て何か話しかけようとするがうまく言葉にならない。久遠はそんな様子を気にすること無く、穴の隙間から壁の反対側を覗いた。人通りの少ない場所とはいえ、流石に騒ぎに気づいた島民たちが集まっていた。
「ねえ誰か、急いでジャズ姉妹探してきて! ティーノが刺されたから、急いで! あと近くの家の人ベッド貸して、処置場所に使うから! それから誰かこの壁何とかして、これじゃ連れ出せない!」
久遠の呼びかけにギャラリーは騒ぎ出す。
「ティーノが!?」
「何があったんだ、この壁と言い、そこの女の子もどうしたんだ?」
「ジャズ姉妹だな、確かアリアがこっちに診察に来てたはずだ」
「シャトルは北の爺さんところじゃないか? この前深く切ったとかで手術してただろ」
「壁は錬成魔法を使えるヤツがいいな、壊したらこいつらも巻き込みかねない」
「ティーダを呼んでこい、今日はこっちの工場に来てたからいるはずだ」
「私の家を貸すわ! 抜け出せたらすぐ来ていいわよ!」
島民同士で情報が回り、すぐさま動き出した。美奈は自分の後方で起きていることに驚きながらも治癒の手を止めない。しかし元々あまり強い力を持っている訳では無いことと、魔力が間もなく尽きそうなことに焦りを感じていた。それに気づいたか気づいてないのかは定かではないが、久遠が美奈の手を外した。美奈が久遠を見ると久遠はティーノを凝視している。ティーノの出血は止まっていた。
「もう大丈夫だよ。島の人たちが医者を呼んできてくれるし、今から1時間は確実に時間を稼げる。君もすぐにそこから抜けられるから」
「……ほんとに? ティーノくん、助かる?」
不安げな声を出す美奈に久遠は小さく頷いた。視線はティーノから動くことは無い。
「当然。この島の医者は、性格はともかく腕はいいからね。安心してくれていいよ」
久遠の言葉を聞いて美奈の体から力が抜けた。
「……良かった、助かるん、ですね」
緊張が溶けたのか美奈はそのまま気絶してしまった。それを見ずとも空気で察した久遠は小さくため息をついた。
「気持ちはわからなくないけど、もうちょっと耐えてくれないかなぁ」
久遠がそう呟いた時、美奈を拘束していた壁が砂へと変化していった。砂は雨に流され、壁は跡形もなく消えた。
一章 雨白島 5話
砂と化した壁の向こう側から現れたのは金髪に蒼目、長身で顔や服の所々がオイルで汚れた青年と、黒く長い髪を一つに結び前に流し、ラフな服装に白衣を着た女性だった。
「ティーノ! 生きてるか!?」
焦った様子の青年はティーノの兄であるティーダだ。弟の姿を捉えると血の気が引いたのが見て取れた。
「大丈夫、まだ生きてる。この女の子が頑張ってくれたお陰で傷口は小さくなったし、出血も治まってる」
こめかみに汗を流しながら答える久遠とティーノ、隣で倒れている美奈を見て白衣の女性がコテンと首をかしげた。
「あれ、その女の子も負傷者? ティーノだけって聞いたけど、どういう状況?」
呑気に聞いてくる女性に久遠は思わず顔を上げて睨みそうになるが、堪えてティーノを凝視したまま答えた。
「この女の子をかばってティーノは刺されたんだよ。刺したのはあの後ろで寝てるやつね。さっきまでその子の治癒魔法で出血を止めてたんだけど、もう大丈夫だよって言ったら気絶しちゃったんだ。怖かったんだろうね」
そう答えた久遠も雨に紛れてわかりにくいが大量の冷や汗を垂らし、息が荒くなり始めている。話す調子にも焦りが見えた。
「そういう訳だから見物してないでさ……。アリア、どうにかしてくれないかな……」
白衣の女性、アリアはニコッと笑うとティーノの体に左手を当てた。その指先にはパチパチと青色の電流が流れている。
「いつでもいいよ。久遠」
久遠はアリアの言葉を聞くと瞼をゆっくり閉じた。久遠の目が完全に閉じた瞬間、アリアの指先の電流がパチパチパチと派手な音を立ててティーノの体を包む。傷口からの出血は、美奈の頑張りもあって酷くなかったとはいえ完全に止まった。アリアは左手の電流をそのままにティーノの体をゆっくり持ち上げる。
「それで、処置はどこでするの? 誰かベッド貸してくれるのかな?」
アリアの声に先程部屋を貸すと言っていた女性が名乗りをあげる。アリアと、ティーダも付き添いで女性の家に入っていく。その様子を見て久遠はようやく息を吐きペタンと地面に座り込んだ。傍に倒れている美奈はしばらく起きる様子は無さそうだった。強くなってきた雨足に久遠は傘を広げると地面に置き、美奈の体が出来るだけ傘の中に入るように動かした。
「……求める気持ちは分かるけど、雨で全てが治るなら、この島に医者はいらないんだよ」
久遠がポツリと零すがそれを聞いているものは誰もいない。少し経つと軍人が数人やってきた。簡単に事情を話し男を差し出すと遅れて走ってくる足音が聞こえてくる。止まった足音に久遠が顔を上げる。目の前には焦った様子の宗一郎がいた。
「……良かった、生きてるな」
「うん。ティーノは刺されたし久しぶりに動いたから疲れたけど、生きてる」
久遠の若干皮肉を混ぜた言葉にも宗一郎はにこっと笑った。そして傘の中にいる美奈を背負うと傘を久遠に渡した。久遠はそれ以上は何も言わず、受け取った傘をそのまま空へ向けると雨の弾く音が響く。
「すまないが同行してくれ。事情聴取もあるし、やっと見つけた探し人をまた見失うのはお前も望ましくないだろう?」
「はいはい。じゃあ誰かにその子の荷物と僕のローブ取りに行ってもらえる? 奥に落ちてるはずだから」
久遠はそれだけ伝えると宗一郎に大人しく同行した。雨白島駐屯地で一通り事情聴取を受け、休憩にと宛てがわれた部屋に入ると久遠は倒れた。案内をした宗一郎は久遠をベッドまで運び寝かしつける。その時ふと久遠の手が目に入った。
「……おや?」
宗一郎は久遠の右手首をとる。細い腕には大量の赤い斑点が浮かび上がり、首筋にもいくつか見える。久遠は必要ならば人見知りを無かったことにして対応するのだが、緊張が切れた瞬間に蕁麻疹が出てしまう。しかし普段は腕に出る程度で済むものが首にまで広がっているところをみると相当耐えていたらしい。
そして宗一郎は久遠が普段身につけているものがひとつ足りないことに気づいた。
「今日は手袋を付けてなかったのか」
宗一郎は自分のロッカーへ行き予備の新しい白手袋を取り出すと、控え室に戻って久遠の手にはめた。そして衛生科に立ち寄り看護師に声をかけ、保護している2人に怪我がないか確認してほしいと頼んだ。今頃ティーノの治療に当たっているジャズ姉妹には劣るが、軍内の医師・看護師も頼りになる。看護師が久遠と美奈の部屋に入ったことを確認すると宗一郎は仕事へと戻った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます