一章 雨白島 2話

 雨白島・北港街道。本土へ出発前、または島に帰還後すぐの商人がシートを敷き多彩な商品が陳列している。雨には慣れたものなのか、商品には傘がかけられているものの自分たちは濡れることを気にとめる様子もなかった。同じく訪れる客もやはり傘をさしていない。


 活気溢れる北港街道を美奈はティーノに手を引かれて小走りで進んでいた。


「船に商品を載せる時に減らすことがたまにあるんだ。重量とか先方の変更があったとか。それを本土への出航前にここで売ったりするんだよ。そうしたらほかの商人が使ってくれたりするからね。帰ってきたばかりの時なんかは新鮮な果物や本土のお菓子なんかを少しだけ卸してくれたりするんだ。それから情報交換とかもするんだよ。今年は魚の水揚げ量がすくないとか、陶磁器の腕のいい職人を見つけたとか!」


「へえ……。何だか凄いね」


「ここは貿易の島・雨白島の本土側玄関口だから、島の中で物も情報も一番動く場所なんだ!」


 ティーノの説明に関心しながら美奈は周りを見渡した。本土ではあまり見ることのない景色に驚くばかりだ。


「ティーノくんは詳しいんだね。すごい」


「そんなことないよ。全部久遠さんに教えてもらったことだから!」


「その、久遠さんってどんな人?」


 美奈の質問にティーノはしばらく考えてニッコリと笑った。


「超人見知りの商人だよ! でもすごい人なんだ、僕じゃ説明出来ないくらい!」


「超人見知りの、商人?」


「そう! あ、もうすぐ町に入るよ!」


 美奈は何だか噛み合わない単語の連なりなのが気になりつつも、まずは目的地に近づいたことにほっと胸をなでおろす。視界が広がり見えた町は、白レンガの家が立ち並んでいた。






一章 雨白島 2話






 町に入ると商人の姿はもちろん、店と呼べるような建物も減ったように見えた。しかし多くの家の玄関に「宿あります」といった札や看板の様なものが多く見える。


「ここ、宿場町なの?」


「ううん、違うよ。このあたりの家は港に近いから、遅くに帰ってきた商人や観光でやって来た本土の人を泊めることが多いんだ。それで泊める部屋がある家はわかりやすくああいう札を掛けてるんだよ」


「へぇ、この町の人は優しいんだね」


「うん! もちろんお金は貰うけどね。けど泊めた人から外の話を聞くのが楽しみなんだって」


 しばらく進むと大きく開けた広場に出た。賑やかな広場の中でも人がややまばらな場所に止まるとティーノは美奈を振り返る。


「着いたよ。ここが雨白島・中央広場!」


 美奈はティーノの言葉にあたりを見渡し少し視線を上げると、先程通ってきた町より大きな建物が集まっていた。広場の中央には大きな噴水があり、多くの人で賑わっている。噴水を挟んで向かい側に、時計台のある建物が見える。広場には多くのテントが立ち並びその下に商品を広げる商人の姿があり、広場に賑やかなマーケットを生成している。商人の声はもちろん、美しい歌声もどこからか聞こえてくる。時計台の長針が12に止まると鐘の音が鳴り響き島民達に時間を知らせた。その音を聞いて噴水の近くにいた踊り子とバイオリン弾きが立ち上がり聞き心地のよい音を奏で優雅に軽やかに踊り始める。待ってましたとばかりに周囲から人が集まり、その人だかりの近くに飴売りが近付き美しい飴細工を売り始めた。


「凄く賑やかな場所だね」


「中央広場は雨白島で一番賑やかな場所だからね! お姉ちゃんもきっと好きになるよ!」


 ティーノは屈託なく笑い、それに釣られて美奈も笑う。続いてティーノは大きな時計台を指した。


「あの時計台のある建物がお役所、天恵国軍・雨白島駐屯地」


「え、国軍?」


 美奈の戸惑いの声にティーノが大きく頷いた。美奈は役所と国軍駐屯地が同一化している場所など初めて聞いたのだ。


「雨白島には元々役場とか自治に関する施設はなかったから、軍事駐屯地ができた時に一任したんだって。だから今は島のことはほとんどあそこでやるんだよ」


 美奈は他所では見ることのない自治形態に驚きと少しの関心を持つ。ティーノの付け足すような「それまでは町長の家で全部やってたらしいよ」という言葉を聞くと、一つの家に多くの人が入って、玄関先には並ぶ姿が目に浮かんだ。それはそれで惨事であると感じて、美奈は苦笑をもらした。


 ティーノは布袋を背負い直すと美奈に向き直った。


「それじゃ、僕は行くね。お姉ちゃん気をつけてね」


「あ、うん。助かったよ、ティーノくんありがとう」


 走り出したティーノが見えなくなるまで美奈は手を振っていた。そして完全に見えなくなると少し首をかしげる。


「……そう言えば、何であんなに重そうな袋持って走れるんだろう」


 先程まで案内をしてくれたティーノが背負っていた袋は決して軽くはなかった。ふと上がってきた疑問が思わず口に出たが、聞く相手ももう見えなくなってしまったのでまた会えたら聞こうと決めてカバンを持ち直した。


 大噴水を挟んで反対側、大きな時計台が町を見下ろしている。人の間を縫うように進んでいく。テントの間を通ると商人の声が一際大きく聞こえてきた。


「お嬢ちゃん見かけない顔だね! 本土の人かい?」


 美奈はその言葉にふりかえると、やはり自分に向けられた言葉だったらしい。声をかけてきたふくよかな男は美奈にニッと笑ってみせた。手にはこんがりと焼かれた鶏肉が握られている。


「一つどうだい? 雨白島名物の骨付鳥だよ! ブルーメから輸入したビールにすごく合うんだ、ぜひ食べてみておくれよ!」


 男の手にある鶏肉から流れる肉汁がヨダレを誘い、美奈のお腹が小さくぐぅと鳴る。しかし先に手続きを済ませねばと丁重に断り先に進んだ。広い広場だとはいえそう長くない距離を歩いているはずなのになかなか進まず、数メートル歩く度に商人から声をかけられる。


 15分程歩いた頃だろうか、慣れない状況に四苦八苦しながらもようやく目的の扉に着いた。やはり緊張があるのか、大きく深呼吸をして扉をあけた。











 美奈が雨白島駐屯地に入った1時間後、久遠はようやく中央広場に入った。普段はあまり港にも顔を出さないのが祟ってか、顔見知りの商人や船乗りたちから呼び止める声が止むことは無かった。適当に挨拶をして先を急ごうとするもなかなか離して貰えず進めなかった。そして中央広場でも極力人に見つからないように進もうとするも、ここでもやはり呼び止める声は止まらない。そもそも黒いローブを着てフードまで被れば目立つことなどすぐに気づきそうなものだが久遠にはわからないらしい。何しろ超がつくほどの人見知りなのだから人の顔を長く見ることも出来ず、人がいる場所を耐えて進むだけで必死なのだ。もちろん気さくで温厚な島民や商人たちはそんなことは気にせず声をかけてくる。ぎこちないながらも挨拶を交わしながら進み、雨白島駐屯地に辿り着いた。


 中に入り見渡してみるが、船長が話したような特徴の女の子は見当たらなかった。久遠はため息を着くと、右奥のカウンターに座っている青年の方へ歩いていく。青年は何かを書き留めるのに必死で久遠が近づいてくるのに気づいていない。久遠は青年の前まで来るとフードを外した。


「宗兄さん」


 久遠が呼ぶと青年、宗一郎は驚いて顔を上げた。目の前に現れた久遠にまた驚いたのか瞼をパチパチと動かして忙しない。


「……久遠? どうしたんだ、お前が自ら、それも1人で来るなんて珍しい」


「……もちろん来たくなかったよ」


 久遠が大きくため息をついた様子を見て宗一郎は「ははは」と笑った。


「で、どんな用事なんだ」


「師匠の命れ……お使いで人を迎えに港に行ったんだけどこっちに行ったって言われて探しに来た。ベージュの胸までの髪にたれ目、焦げ茶色のコートを羽織って革製のカバンを持っている。……頭1個……背の高い女の子」


 最後の一言を言いよどむ久遠に対してと、その人物への心当たりと、二つの要素が混ざりあって宗一郎は苦い笑いを零す。そしてつい先程久遠が入ってきた扉を指す。


「5分程前、ここを出たぞ」


 久遠はピシャリと動きを止めてしまう。その様子に宗一郎は乾いた笑いをこぼした。


「手紙を渡さないといけないけど“渡す相手も来てくれるという使いの人もわからない”と言ってたから、町長に聞いてみれば心当たりを見つけてくれるかもしれないと町長の家を案内したんだ。……まさか使いがお前で受け取り主はミカル殿だったとは思わなかったんだ」


 宗一郎は困ったように眉を下げた。


「悪い、俺も今しばらく離れられないから助けてやれない。……応援はしてるからな」


 久遠は恨めしそうに宗一郎を見たあと踵をかえして外に出た。雨白島町長の家がある東港へと向かって歩を進めた。

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