さいわいなことり

木元宗

第1話


「んあぁ……」


 何とも間抜けな声を漏らしながら、ノートパソコンの右手に置いていた、アイスコーヒーの入ったグラスに手を伸ばす。ずずーっと水面を啜るように飲むと、視線をグラスからノートパソコンに戻した。


 そこに表示されているのは、ある小説投稿サイトで開催されていた賞の、中間選考結果のページ。


 優秀作は賞金と書籍化。それを夢見た挑戦者達が犇めく、激しい読者選考を切り抜けた作品達がずらりと並んでいるのだが――。私はその画面を見たまま、もうかれこれ十五分は落ち込んでいる。何故って、私もその賞に挑戦していたのだけれど、落ちたのだ。


 確かその賞の応募作品数は、800近く。読者選考期間のランキングでは、最高では14位、最終的には35位に落ち着いた私の小説だったのだが、生憎その選考を、突破出来なかったらしい。


 ランキングが全てではない。レビューが全てではない。故に最後まで分からないから、誰しももしかしたらと努力する。それはランキング上位作品でも変わらない。人気を博していようとも編集の目に留まらなければ、呆気無く落ちてしまうのだ。「分からない」とは希望だけではなく、当然絶望も孕んでいる。故に未知とは、恐ろしい。


 分かってはいるけれど。分かってはいるけれど。


 今回は中々いい線をいけているのではと、期待していた分。


 すっかり眉の垂れた顔で画面を見ながら飲む、コーヒーが嫌に苦い。


 ブラック無糖なんだから、甘くないのは当然だけれど。


 ゆっくりと飲み込んだコーヒーが胃に落ちるまで、じっと画面を見据えた目は動かない。


 軽く息を吸って開いた口は、僅かな間を置いた後――。躊躇いがちに言葉を紡いだ。


「……やっぱり私には無理なんかなあ……?」


 形にしてはいけない疑問だと分かっていながら、堪え切れず吐き出してしまう。


 湿っぽいその問いは、てんてんと床を転がった。


 一度形にしてしまった思いは、濁流のように思考を支配してく。


 何がいけなかったのだろう。何が足りなかったのだろう。運? 才能? そんなもの持ち合わせていないのは分かっている。分かっているからやれるだけ、努力を積み重ねてきた。


 同じ目標を夢見て、私より長い間活動している人なんて沢山いるし、私より上手な人だって沢山いる事も知っている。……でもあと、一体何年書き続ければ、報われる日が来るんだろう?


「やっぱり諦めて、趣味でとどめた方が……」


 肩を落として、マイページに戻ろうと画面を操作した時だった。


「おい。おい姉ちゃん」



 私しかいない部屋の中に、そう六十代ぐらいの、おっさんの声が響いたのは。



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