第12話(風林火山!4の2・後編)

         *


光宙みつひろくん、家族ってなんだろうね」

 小学校卒業の日の夕刻、彼女は突如現れ、そう言った。

「血の繋がりがあること? 一緒に暮らしていること? 私は違うと思う」

 シエルに真実を告げられ深く思い悩む中、彼女の甘言はとても魅力的だった。

 だが、あの言葉に嘘偽りはない。光宙みつひろは今でもそう思っている。

「お互いに家族だと認め合うこと。そして、いつも心が寄り添い合っていること。それが家族の、ただ一つの条件よ。だから、光宙みつひろくん。私と、家族にならない?」


「我が家族は、大きくなりすぎてしまった」

 ある日、鳥羽天皇はタマモへそう言った。

「天武の君の頃の、八色の姓やくさのかばねが元でな。源氏、藤原氏、菅原氏……我らは家族を大きくし、栄えてきた」

 この頃のタマモはまだ幼く鳥羽の話は難しかったが、真摯に語る彼からは皇の威厳と優しさを垣間見ることができた。

「だがそのせいで、お互いに疑心暗鬼になり、争うことさえ起こるようになってしまった。儂はな、タマモ。いつも心が寄り添い合っていてこその家族だと思うのだ。だから、タマモ。お前だけは儂のそばにいておくれ」


         *


「きます」

「やっとか」

 短い会話に、緊張がにじみ出ている。

 あたりはすでに暗く、真円を描いた月が昇り始めている。

 超高レベルの3人、いきもの係の4人、太郎右衛門、そしてオモイカネは、人の寄り付かない校庭からことの成り行きを見守っていた。

 亜界の中をうかがうことはできないが、ときおり衝撃波と轟音が響いてくることから、激闘が続いていることはわかった。

 ついに決着がついたか亜界に歪みを感じ、シエルは上空へ目を向けた。

「かはっ!」

 どっかん屋4人が現れ、校庭の地面へ叩きつけられる。

 折り重なるように倒れ、意識も混濁しているようだが、美優羽はしっかりと風鈴のおっぱいを揉みしだいているあたりもはや本能に組み込まれているのだろうか。

「うぅ……」

 美優羽をどかし、息も絶え絶え風鈴は上体を起こす。

「ここは……?」

「学校の校庭よ。玉藻前は倒したの?」

 未来が心配そうに、妹の背をさすっている。

 他のメンバーは、いきもの係が手当にあたっているようだ。3人とも、そして風鈴も変身は解け、学生服姿に戻っている。

「あいつは……」

 風鈴は言葉をつまらせる。

 大技を玉藻前へ入れ、その余波が亜界そのものを崩していく。

 崩れ落ちていく景色の中、風鈴は深い悲しみを見たような気がした。

 玉藻前が背負う、深い悲しみを。


 わらわは、寄り添えなんだ。

 白河の君が亡くなったとき、わらわはこともあろうか喜んでしまった。

 これで主上と添い遂げられると。

 傀儡とされても、白河の君は主上に最も近しい家族。家族を失ったときに、わらわは主上の心に寄り添っていなかった。

 主上に見捨てられるだけのことを、してしまったのじゃ。


 呆然と、一同は夜空を見上げている。

 月に負けぬ輝きをまとい、金毛九尾の大きな狐が、遠吠えを夜空へ響かせている。

 後悔と自責の念に満ち、しかし謝ろうにもその相手はもうこの世にはいない。

 聞くものの心を揺さぶる、とても悲しそうな遠吠え。

「まずいな…、このままだと暴れだすぞ」

「美空」

「姉さん」

 はっと、シエルと未来は目を合わせ、頷き、清夢の指示よりも早く行動を開始した。

 玉藻前よりもさらに上空まで飛び上がり、地上を見やる。

 オモイカネの神通力によるものであろう、学校のすぐ周辺に人はいないが、幹線道路の先にはゆうどきもあってそれなりにいる。上空にいきなり現れた巨大なもののけに、パニックを起こしかけている。

 上空で未来とシエルは臨戦霊装を切り替える。

 未来はオニコからトールへ、シエルは織姫からヴァルハラへ。

 まずはヴァルハラが学校とその周辺へ結界を張る。

 ヴァルハラの神通力”天は見守っている”が建造物に透明な薄膜をかぶせる。

 続いてトールが上体をそらし、大きく息を吸い込む。

 そして超大音量が広域に響き渡った。

「私はトールです! 第一高校周辺の住民へ告げます! 第一高校上空に玉藻前が出現しました! ヴァルハラが結界を張りました。近隣の人は大至急この結界の外まで避難してください!」

 風鈴の”爆声”と同質の術なのだろう。地上にいても思わず耳を覆うほどの音量である。

 この間に、清夢は携帯電話を取り出してどこかへ通話している。おそらくは首相官邸あたりだろう。

「フウ姉、大丈夫か?」

 光宙みつひろが駆け寄ってきて、風鈴は我へかえった。彼の傍らには、桃太郎もいる。

「みんなは……?」

 風鈴は校庭を見回す。

 花丸・留美音・美優羽とも、いきもの係に介抱されているところで、変身が解けてはいるが大した怪我もなく意識もはっきりしているようだ。

 風鈴も同様だが、立ち上がると身体が小刻みに震えだす。

 恐怖ではない。

「膝が、笑ってるわね」

 疲労感以上に、全身がくすぐったいような違和感で、身体に力が入らない。

 無茶なレベル帯で、戦闘が長引いたせいか。

「ってなにくすぐってんのよ!」

「風リン、痛い」

 いつの間にか全身をこちょこちょしてた美優羽の脳天に肘鉄を入れ。

「冗談やってる場合じゃないわ。玉藻前を止めないと。みんな……」

 言葉が止まる。皆、風鈴以上に疲労が激しいらしく、反応もままならない。美優羽も今の冗談で力尽きたか、半分意識を失っている。

「どっかん屋」

 桃太郎の声に振り向くと、口に何かを突っ込まれた。

「な、なに?」

 ほのかに甘くもちもちとした食感に、思わずごっくん。

「神通力”きびだんご”。多用はできないからあなただけね」

 桃太郎の神通力らしい。身体が熱を帯び、疲労感が引いていく。

「あ、ありがと…」

「サテ」

 あんたにしちゃ珍しい真似を、と言いかけたところで、桃太郎の姿がゆらぎ、ワルキューレに変わる。

「ワタシハココマデダ。アトハオ前ガヤレ」

「ちょっ……」

 上空から、玉藻前の雄叫びがまだ続いている。このまま放っておくのは危険だ。

 どっかん屋がまともに動けない以上、頼れるのは彼女だけだというのに。

 ワルキューレは上空を見上げ、言う。

「玉藻前ハちからガダイブ散ッタ。ワタシガ加ワッタラあんふぇあダ」

 こんな状況でフェアもアンフェアもと思うが、光宙みつひろに遮られた。

「フウ姉…、家族ってなんだろうな」

 上空を見上げ、彼はつぶやく。子供の頃にも見た、寂しそうな横顔。

 勝ったらずっと一緒にいてやる。彼はタマモにそう言った。

 家族なら一緒に暮らすのが当たり前だ。風鈴は彼にそう言った。

 彼にとってタマモとは……、

「あいつも、俺の家族なんだ。だからフウ姉、救ってやってくれないか。それができるのはお前達、どっかん屋だけなんだ」

 真摯な弟の懇願に、風鈴は何かが沸き立ってくるのを感じる。

 疲労など、どこかへ行った。

「ひばち! 山吹! あすなろ! 今からあんたたちがどっかん屋よ!」

「ふえ!?」

「なんで!?」

「いきなり!?」

 突然かつ突拍子もない風鈴の指示に、介抱中のいきもの係の声が揃って裏返った。

 確かに、花丸たちに戦いを強要するのは酷ではあるが……。

「上江、メンバー借りるわよ!」

 このとき上江は、弁財天の臨戦霊装から河童へと戻っていた。

(学校の周辺は、先生・雷神・シエルに任せておけば、大まかには大丈夫だよ。玉藻前は、もうこの学校の子だ。君たちに任せるよ。さて、ボクはお役御免かな)

 そう言って、イシターは憑依の術を解き、帰ってしまった。

 この学校の子、か。上江は苦笑を漏らす。

「仕方ないわね。じゃあ代わりにそっちの3人をいきもの係に借りるわよ。あなたたち、避難誘導くらいならできるでしょ?」

「あ、ああ」

「大丈夫」

「風リンの役に立てるなら!」

 いきもの係に肩を借りながらも、3人はなんとか立ち上がった。

「まったくしょうがないな、うちのリーダーは」

「まあ他に戦力がいないんじゃ、小生らがやるしかないっすよね」

「が、がんばりますぅ」

 ぼやきながらもいきもの係の3人は、イフリート・エルフ・ベヒーモス(きぐるみ)とそれぞれの臨戦霊装をまとう。やる気は十分のようだ。

 風鈴も気力を振り絞り、大天狗の臨戦霊装をまとう。

 もう超高レベル帯では戦えない。

 だが、上空で悲しみの雄叫びを続ける彼女を見ると、自らを奮い立たせずにはいられない。

 あの子も、家族だ。だから、助けないと。

 風鈴はいつもと違う後ろの3人に、しかしいつもと同じ号令をかけた。

「風林火山! どっかん屋、出撃よ! 目標、玉藻前。正気に戻して、連れ戻すわよ!」

「花鳥月露! いきもの係は避難誘導よ!」

 上江もまた号令をかけ、各々が行動を開始する。


 一同を見守るオモイカネは、優しい微笑を浮かべていた。

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