第12話(風林火山!4の2・前編)

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 小型化した三人は風鈴の肩と頭の上で、テンションマックスだった。

「さあ始まったわよ、玉藻前対風戦かぜそよぐコンビの世紀の対決! 風リン、やったれー!」

「わかってる!」

 美優羽の応援に風鈴は両腕を広げ、神通力を展開する。

 両手の指の間に計8本の光の矢が現れる。

 これは、留美音の”月精三日月衝クレッセント・インパクト”か。

「やはり、どっかん屋4人の神通力をすべて使えるようね。まさか、あなたと組むことになるとはね」

 風鈴と背を合わせ、玉藻前に対峙する桃太郎は無愛想ながらも嬉しそうだった。

 今までは、彼女以外に同年代の超高レベル精霊人はいなかった。

 それが今、一時的なものではあるだろうにせよ、肩を並べて戦えるものが現れたのだ。

「そっちが8本なら、こっちは10本ね」

「何を張り合っているんだか。しかもそれ、あたしを殺した技じゃん」

 十指すべての指先に光を灯す桃太郎に、美優羽が突っ込みを入れた。

「怖くないのか?」

 不思議そうに問う花丸に美優羽はそういやそうねと首をひねり。

「んー、あんま実感ないのよね」

「あなたも、肝は座っているようね」

 まずい技を出したかと一瞬思った桃太郎だったが、少し見直したように風鈴の頭の上の小型美優羽に視線を送った。

 一方、玉藻前は安全圏へ退避して見学中の光宙みつひろへ声をかけた。

「おもー、約束してたもれ。わらわが勝ったら、ずっと一緒にいてくれると」

 少し間をおいたが、光宙みつひろは鷹揚にうなずいた。

「おう、いいぞ。お前が勝ったらずっと一緒だ」

「ちょっと!?」声が裏返る風鈴。

 ん? 対し、桃子は違和感を覚えた。

 それ、さっき約束しなかった? 家族同然だとか言って。

「勝手に家から出てった上に、その女と同棲するってえの? お姉ちゃんは許さないわよ!」

 風鈴は結婚の意味に取ったようで、いきり立っている。

「褒美は必要だろ?」

 ふん、と風鈴は鼻で息を吹いた。

「じゃああたしが勝ったら、実家へ帰ってきてもらうわよ?」

「その場合は高校卒業してからになるけどな。精霊人は全寮制なんだから」

 いいわよそれで、と風鈴も了承。

「なんか本格的に光宙みつひろ争奪戦になってきたなー」

 風鈴の頭の上で、小型三人がボソボソ。

「それでは、始めようかの!」

「始められるのならね!」

 意気揚々と玉藻前が臨戦態勢に入った瞬間、風鈴と桃太郎は手にした術を一斉射出!

 だが先手を打った攻撃も、日本三大妖怪が一人、玉藻前には通じない。

 巻き上げられた土煙が晴れると、そこには玉藻前を守るように変怪しつつある塊が、

「ひーふーみー」

「9つよ」

 小型三人が数えているうちにも変怪は進む。元は、玉藻前の9本の尻尾だろう。

「いちじく! にんじん! さんしょ!」

 何の数え唄だと突っ込んでいる余裕はない。尻尾だった塊が、次々と変怪を終える。

 狐の妖怪が9体、玉藻前本体と合わせて10体の妖怪が風戦ぐコンビに立ちはだかる。

「その手下は、久しぶりね」

 緊張気味に、桃太郎がつぶやく。

「さよう。わらわはかつてこの自慢の9本の尻尾を、心を持った忠実な手下とした」

「神通力で生き物は作れないんじゃないの?」

 戦慄の風鈴に、玉藻前はうなずく。9体の手下は唸りを上げながらも、低い体勢で主人の号令を待っている。

「神通力で生き物を作れるのは神のみ。前のどっかん屋と戦ったとき、わらわはスサノオ様のお力を借りた」

「それを今、単独で再現したということは……」

 みなまで言わずともわかる。

 神々の基準では超高レベルを亜神とし、その上に国津神級がある。戦闘能力に限っていえば、両者の差は実はそれほどでもない。特高レベルに対する超高レベルのほうが圧倒的な差といえる。

 本来、神通力で生命を生み出すことはできない。亜神と国津神級の違い、それがこの創生力にある。

 もののけ事変において先代どっかん屋が戦った最後の敵、スサノオ。

 今の玉藻前は最強の国津神、スサノオに匹敵するということだ。

「きゅうり! とうがん!」

 そうこうしているうちに数え唄が終わり、9体の手下が二人を取り囲む。

「わらわの愛娘まなむすめたちよ……ゆけい!」

 優しい顔から一点、玉藻前の号令で狐の妖怪たちが一斉に襲いかかる。

 これをかいくぐり、打撃を入れ、距離をおき、迎え撃ち。殴り合いの激戦と相成る。

 流れを変えたのは、桃太郎の術だ。

「手下を持つのはあなただけじゃないわよ……。犬! 猿! 雉!」

 掛け声とともに、象ほどもある大きな獣が3体、燐光をまといながら現れる。

 さすが名前通り、桃太郎らしい術だ。

「心はないけど自律的に戦う子たちよ。さあ行け!」

 桃太郎の合図に咆哮を上げ、3体の獣が狐の妖怪に立ち向かう。

「あたしも負けてらんないわね」

「ほえ?」

 風鈴の姿がゆらぎ、頭の上の三人の間抜けな声。

 次のときには、風鈴の姿が4人に増えていた。

 4人のうちの3人にそれぞれ小型の花丸・留美音・美優羽が乗り、残りの一人は風鈴のみ。これが本体か?

「四つ身の舞い、と名付けましょうかね。神通力が4分の1になるのが難点だけど「風リンそれって四身の「おだまり!「けえぇーんっ!」

 美優羽を乗せた風鈴が頭をピシャリとたたき、美優羽のツッコミは遮られた。

 神通力が4分の1とは言うがレベルは対数表記なので、6ほどのレベルダウンで済んでいるはずだ。

 しかし一時的なものであろうとはいえさすが超高レベル。とっさにこんな無茶苦茶な術が使えるとは。


 風鈴と桃太郎が計8体、玉藻前と手下が計10体。その乱戦は長く続き、どちらが優勢かは観戦している光宙みつひろにも把握しきれない。

 ただ、みな楽しそうに見えた。

 玉藻前は顔を紅潮させ、笑みさえ浮かべている。

「どっかん屋二代目頭首……お主にとっておもーはなんじゃ?」

 ふと、よくわからないことを聞いてきた。

「弟だけど?」

「わらわも主上とは、兄と妹のような間柄じゃった。じゃが、主上に言い寄る娘を邪魔したことはない。ではなぜお主はそうする?」

 少し考えた様子だったが、風鈴ははっきりと答えた。

「決まってんじゃない。あたしが姉だからよ。弟に相応しいかはあたしが決めんのよ!」

「素直じゃないなあ「うっさい!「ぐえっ」

 先頭の風鈴が指差すと後ろの三人の風鈴がシンクロして頭をたたき、その上にいた小型三人は黙らされた。

「ふふ、なるほどのう……」

 くすくすと笑いながらも、玉藻前は感心した様子。

(そうじゃ…わらわもそうすべきだったのじゃ)

「……なにをブツブツと」

 風鈴の言葉は、玉藻前の不気味な笑い声に遮られた。

「ならば、今からでも遅くはあるまい……どっかん屋、お主を倒しておもーと添い遂げてみせようぞ!」

「冗談じゃないわよ!」

 そして乱戦が再開される。


「まずいな」

 上空を見上げ、光宙みつひろがつぶやいた。

 光の精霊人である光宙みつひろだからこそわかる。

 この亜界が軋んできている。今のあいつらのレベル帯で、これ以上戦闘が長引くと……。

 光宙みつひろの嫌な予感に、風鈴がとどめを刺した。

 砲丸投げか槍投げか、全身をひねってこぶしを地面スレスレまでおろし、何かを空高く投げようというような体勢である。

 上空に、無数のツブテが現れる。

「千手乱打!」

 ツブテは、風鈴のこぶしそのものだった。

 こぶしを上空へ多重投影したのか。術名通りその数は千ほどもあろうか、まさに無数。

 しこたまぶん殴るという宣言を、今まさに実行していた。

「なんて無茶な術を!」

 桃太郎が飛び退き、かろうじて難を逃れる。

 無数のこぶしが、防御姿勢の玉藻前へ降り注ぐ。手下たちは次々と被弾して散っていく。敵に当たらなかったこぶしは地面を穿ち、地響きを起こす。

 光宙みつひろは、叫んだ。

「亜界が崩れる! 実界へ転移するぞ!」

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