第12話(風林火山!4の1・前編)

   風林火山!どっかん屋 第四話


         1


 小学3年から4年生の頃、光宙みつひろはいじめを受けた。

 もののけ事変で世界が混乱する中、精霊人への差別が深刻な社会現象となっていた。

 神通力を恐れてか、殴る蹴るの暴行はあまりなかったが、精神的な嫌がらせが多かった。

 机の上に「バケモノ」という落書き。彫刻刀でやられたら消すこともできない。

「バケモノには好物だろう? 食えよ」

 と、ドッグフードや虫の死骸を置かれていたこともあった。

 もののけも精霊人も一緒くたにし、子どもたちはストレートに「バケモノ」を差別用語として使用していた。

 光宙みつひろはこの頃、神通力の使用は完全に封じていたが、診断結果により精霊人であることは判明していた。

 光宙みつひろは泣いたりも怒ったりもせず、言い返すことも仕返しすることもしない。目が合えばそらすか愛想笑いか。

 ただ、心は空虚な日々だった。

 そんなある日、風鈴がついにキレた。

 この年の風鈴は隣のクラスだったが、光宙みつひろのクラスにまで乗り込んできたのだ。

「あんたたち、いいかげんにしなさいよ!」

 クラスで一番大きな男子をタックルで転ばせる。

「ジンツーリキは犯罪だぞ! 先生に言ってやる!」

「あんたら雑ッ魚に神通力なんか使うわけないでしょう! 素手で十分よ素手で!」

「なんだとー! バケモノが生意気に!」

 男子数人を相手に、風鈴は唯一人で取っ組み合いのケンカを始めた。ひっかくわ噛み付くわの子供のケンカの末、ついに教室から追い払う。

「バケモノ兄弟! バケモノ一家! ばーかばーか!」

 捨て台詞を吐きながら退散していく男子を尻目に、光宙みつひろを起き上がらせる。

 風鈴の正義漢ぶりは子供の頃から知られていて、精霊人と知られながらも人気は高かった。

 クラスメイトたちの拍手を背に、

「バケモノなんてこの世にいないわよ。誰だって優しい心を持ってるんだから。そうでしょう、光宙みつひろ?」

「助かったよ、風鈴」

 2年生のときの事件のせいか、光宙みつひろは彼女の言葉を肯定することも、彼女をフウ姉と呼ぶこともせず、起き上がってただホコリを払う。

 風鈴は一瞬だけ寂しそうな顔を見せるが、事件以降の光宙みつひろへの態度は一貫していた。

 年長者が、年下を守る。

(フウ姉はすげえな)

 姉とは呼ばなくなったが、光宙みつひろにとって風鈴はそれでも大切な姉であり、憧れでもあった。


         *


 風鈴は変貌を遂げていた。

 頭には狼の耳。

 背には白鳥の翼。

 そして衣装はウエディングドレス。

 どっかん屋のそれぞれの臨戦霊装が混じり合い、しかしあの凛とした顔立ちは、絶対に見間違えることはない。

 いじめを受けていたあのとき、空虚だった心にも響いた、弟を守る決意の、頼もしい姉の顔。

「はは、やっぱりフウ姉はすげえや……」

 自然と、そんな感嘆のつぶやきが漏れていた。

「どっかん屋二代目頭首……しかし、ケッタイな出で立ちじゃの」

 風鈴に聞かれてなかったかなと咳払いをし、光宙みつひろはタマモに応じた。

「どっかん屋4人の臨戦霊装がごちゃまぜになってるな。花丸のウエディングドレスをベースにしてるから全体的には萌系なんだが……」

「な、なによ」

 じろじろと一通り眺め、一言。

「肝心の天狗要素が足を引っ張ってるな」

「うっさい!」

 首にぶら下げた天狗の面と、足元の高下駄が、ドレスにはとことんアンバランスである。

「ソコノ、ヒッツキ虫[#「ヒッツキ虫」に傍点]ミタイナノハは残リ3人ノ成レノ果テカ?」

「ひっつき虫?」

「オナモミの実だな。ジャージにくっつきやすくて、男子がよく投げあいしてるな。触ると痛いぞ」

 風鈴の両肩で、花丸・留美音の成れの果てがヒソヒソ。

 成れの果てとは言っても、手のひらサイズのぬいぐるみのような状態である。会話も普通にできるようだ。

 なお美優羽は風鈴の頭の上にそれこそひっつき虫のようにひっついて、頭皮をクンカクンカしてる。

 風鈴はぴしゃんと頭の上を叩き、ぐえっという美優羽の声は無視し、あたりをしげしげと見回して。

「そんなことより……ふーん、ここがあの神様の亜界ってとこ?」

 光宙みつひろがぽんと手を打つ。風鈴の変貌の理由がわかった。

「なるほど。フウ姉のその姿は、オモイカネの仕業か」

「アノ神様カ。急ニれべるあっぷシタカト思ッタラナンダ、ちーとダッタトハ」

 ズルしやがってとばかりに、ワルキューレは不平不満。

「うっさいわね、ここに来るために必要だったのよ。とにかく、玉藻前!」

 風鈴は玉藻前に向かって宣戦布告とばかりに拳を突き出してみせた。

光宙みつひろを返してもらうわよ?」

 玉藻前は、今までで一番意地の悪そうな笑みを浮かべていた。

「どうやら、お主が争い相手のようじゃの」

「なんの話よ?」

「現代の言葉で言うなら、”恋のらいばる”といったところじゃな」

「はあ?」

 風鈴の声が裏返った。

「あたしは弟を連れ戻しに来ただけなんだけど?」

「素直じゃないなあ」

「おだまり!」

 小型三人のひそひそをぴしゃりと黙らせ。

「ならば、こーんなことをしても問題ないの?」

「おろ?」

 脇の光宙みつひろを引き寄せ、その顔を豊かな胸に埋めさせた。

 ほおほおほお、と光宙みつひろも満更ではなさそうな。

「いいわけないでしょう!」

 たまらず、風鈴が声を荒らげる。

 玉藻前はますます意地悪そう。

「なんでじゃ? わらわたちは夫婦めおとぞえ? 夫婦は毎晩こういうことをするもんじゃ。姉には関係なかろうて」

「ぐぬぬ」

「よし風鈴、やり返せ。この際私が許す。光宙みつひろを取られるわけにはいかん」

「花丸、落ち着いて。それは本末転倒」

「くんかくんかくんか」

「あー、うっさい!」

 乱心の花丸留美音を黙らせ頭を叩いてグエッと黙らせ。

 取り乱すどっかん屋を背景に、光宙みつひろは冷静だった。

「ふむ、96.4センチといったところか」

「ミリ単位かい」

 本当に冷静なのだろうか。

「あたしも負けてらんないわ!」

 即復活した美優羽(小型)が、胸元の開いたウエディングドレスへダイビング。

「風リン92.0センチ、また成長してる! あ、けどあっちも捨てがたいかも!」

「やめんか! あっあ、潜るな! まさぐるな!」

 桃色の悲鳴を上げ、自分の胸を拳で殴る。グエーッと断末魔を上げ(けど幸せそうに)、美優羽は沈黙した。

「は、話が進まんでしょうが」

 と息切れしながら小型三人を元の位置に戻し。

「仮に両者同意だとしても、風紀委員として不純異性交遊を認めるわけには行かないでしょうが!」

 玉藻前は、小首をかしげ、

「ふじゅんいせいこうゆう…? それってなんじゃ? こういうのか?」

 ますますぱふぱふ。

「うん、ままおっぱい」

「あ、こら。おもーも好きじゃのう」

 と光宙みつひろも一緒になって茶化してる。

「ヌウウ」

 なんとなく取り残されてるワルキューレはというと、取り乱す風鈴には愉快な一方で、玉藻前と光宙みつひろの茶化し方は面白くなさそうだった。

「オ前ラ、えっちナノハイカ」

 ンゾ!と続けようとしたが、急速に渦巻く不穏な空気に思わず振り返った。

 風鈴は、わなわなと打ち震えている。

「とーにーかーくーねー……」

 あ、やりすぎたか。光宙みつひろの舌打ちは誰に届いたか届かなかったか。

 光宙みつひろをハグしたまま、玉藻前は鼻で笑う。

「とにかく?」

 そして風鈴が最大限にブチギレた。


「いいから光宙みつひろから離れろって言ってんだよこの泥棒狐ええぇぇ!」(4倍角)


 その地響きと衝撃波は実界からでも観測できるほどに。

 玉砂利と畳石と灯籠と木造の拝殿その他諸々、亜界の神社が大爆発を起こした。

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