第11話(風林火山!3の5・後編)

         *


光宙みつひろくん、私と一緒にフランスへ行かない?」

 小学校卒業の日の夕刻、彼女は突如現れ、そう誘った。

 シエルにそう誘われ、真実を告げられ、光宙みつひろは深く思い悩んだ。

 だからこそ、心が孤独になりかけていたあのときに現れた風鈴に、光宙みつひろは希望の光を見た。

「あんたがもう嫌だと言うまで、あたしはあんたのそばにいる。それが、家族ってもんでしょう」

 姉のこの言葉に、光宙みつひろは救われたのだ。


 玉藻前が必ずしもセックスにこだわっているわけではないというのは、これまでの言動からも垣間見える。

 でなければ、ここへ来て光宙みつひろが意識を取り戻す前に強姦まがいにいたすこともできたはずだ。

 光宙みつひろにも、彼女自身すら自覚できていない、なにか別の願いか思いがあるように思えた。

 逃げ切ることは不可能ではないが、それでは問題解決にはならない。

 光宙みつひろは説得を試みることにした。

「それよりタマモ、腹が減らないか? まだ昼メシ食ってないだろう?」

 じりじりとしたすり足の追いかけっこが止まる。

「”ぼろねえぜ”と”はんばあぐ”はすごくうまかったのじゃ!」

「昨日のあれか。じゃあ今からでも……」

「みとあたわし終えたら一緒に行こうぞ」

 ふっふっふ、と両手を構えながらすり足再開。

 はあ、と光宙みつひろはため息を付いた。

「なあタマモ、昨日の今日だけどさ、俺たち家族みたいなもんじゃん? そんなことしなくたって、一緒にメシ食ったり遊んだりできるぞ?」

 大好きな殿方と添い遂げたいと、タマモは言っていた。

 エロで釣ろうというのはいささか短絡的ではあるが、光宙みつひろの気を引こうという思いからくるものであることはうかがえる。いつまでも一緒にいたいからだろうと、光宙みつひろは考えていた。

「お前がもう嫌だと言うまで、俺はお前のそばにいてやる。それが家族ってもんだ」

「…………」

 いつか聞いた、風鈴からの言葉をなぞる。

 しかしタマモは、納得していない様子だった。

「それともなにか他に理由があるのか?」

 一目惚れという言葉もあるが、しかし昨日の今日でそこまで惚れられるものなのだろうか。誰かと、重ねて見ているのかもしれない。

「わらわは、主上に誤解されたのじゃ」

 ぽつりと、彼女は言った。


         *


 教室の一室はオモイカネの術で、畳敷きの部屋になっていた。

「けど、具体的にはどうすればいいの? 光宙みつひろを連れて脱出?」

 光宙みつひろ救出へ向かう前の最後の確認と、風鈴が聞く。

「今、亜界は玉藻前の支配下にあります。強大な神通力をもって強制的に支配下においているのです。なれば、簡単」

 含み笑いのようなものを、彼女から感じた。

「彼女に一定以上の痛手を与えればそれは叶わなくなり、亜界から排除されるでしょう」

「なるほど、しこたまぶん殴ってこいってことね。わかりやすいわ」

 好戦的な笑みで、風鈴も応じた。

「それでは、そこへ一列へ並びなさい。そう、手を重ねて、一礼をしたままです」

 言われるままにどっかん屋が一列に並ぶ。

 風鈴は右から二番目、右に美優羽、左に花丸と留美音。

 他は手を重ねるだけなのに、美優羽だけガッシと恋人繋ぎをしてきた。いいのかこれ。

 いきもの係と超高レベルたちは、オモイカネの後ろから成り行きを見守っている。

 平安装束改め、オモイカネは巫女装束でどっかん屋の前で指示を出していた。

 なにやら祈祷の儀式のようでもある。

 淡々と、語る。

「亜界から締め出されている今、私も使える力には限りがあります」

 そのため、風鈴を超高レベルへ引き上げるには、どっかん屋の総力を集結させる必要があるという。

 校庭だが、周囲に人気はない。オモイカネが神通力で人目を遠ざけているのかもしれない。

「では、いきます」

 一礼をしたままの風鈴の頭へ手を置き。

 急に空が暗くなり、いきもの係と超高レベルたちが驚いて見渡す。

 空間に濃淡があるかのように、歪んで見える。光が渦を巻き、風鈴へ集まっていくかのようだ。光の奔流に、バランス感覚もおかしくなってくる。静かなのに、耳鳴りがする。

 そんな中でも、彼女の凛とした声ははっきりと聞こえた。

「神通力──お日様の守り・特別限定版」

 術名が格好良いかは、一考の余地がありそうだったが。


         *


「けど主上はもういないから、誤解を解くことも、謝ることももうできないのじゃ。ならば、もうそんなことのないよう、しっかりとつなぎとめておきたいのじゃ」

 彼女の身の内のわだかまりを見たような気がした。昨日の、精霊の泉でも見通しきれなかった、彼女の思い。

「な、おもー。わらわと夫婦めおとになろうぞ? 今度こそ、ずっと一緒じゃ」

 悲しみを宿す彼女の瞳は、夫婦がどうとかを越えて、抱きしめてやりたい愛おしさがあった。

「タマモ──」

「つかまえたー、のじゃ」

 差し出した手を掴み、にんまりとしたいたずらっぽい笑顔。

 あれ? 演技? うっそー。

「エエイ、ばか光宙みつひろメ、ツマラン演技ニ引ッカカリオッテ!」

 痺れが抜けてきているのか、片膝立ちでワルキューレが叫ぶ。

 だが、間に合わない。

 ──と思われたが。


「こぉの……オオバカヤロオオォォーーーーーッ!」

 っごおぉん! と轟音が響き、日本家屋の景色が、ガラスが割れるかのように崩れ落ちてゆく。

 そして見えてくるは神社にも似た玉砂利と石畳の敷地、遠くに鳥居、そして青空。

 セックスしないと出られない部屋が、力ずくで壊されたようだ。

 玉藻前の表情は面倒くさそうで、それでいながら好戦的な色を宿していた。

「争うに相応しいオナゴが来たようじゃの」

 ようやく痺れが抜け、立ち上がったワルキューレも、誰が来たかは把握していた。

 早く来い、この冒険の最果てまで。あのときの約束を思い出しながら、叫ぶ。

「ズイブン変則的ダガ、ツイニ来タカ、コノ領域ヘ!」

 そこには、変貌を遂げた一人の精霊人。

 頭には狼の耳。

 背には白鳥の翼。

 そして衣装はウエディングドレス。

 両肩と頭に、ぬいぐるみのようにデフォルメされて小さくなった花丸・留美音・美優羽らしき3人を乗せて。

 彼女は、さっそうと名乗った。

「花鳥風月! どっかん屋、篠原風鈴。本気で行くわよ!」

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