第11話(風林火山!3の4・中編)

         *


 玉藻前によって光宙みつひろがさらわれた後、取り残されたメンバーは彼の捜索を始めていた。

走査Scan

 英語とも少し違う流暢なフランス語の発音で術名を唱え、シエルは神通力を展開した。

 特高レベル精霊人の、どっかん屋・いきもの係・太郎右衛門が息を呑む。

 学校の景色が消え去り、燦々と太陽の輝く青空と、周囲の住宅街や道路が目に入る。

 自分たちは宙に浮いたような状態だ。

 空の超高レベル精霊人であるシエルの”走査”は大規模な透視術で、その中にある”異物”を見つけ出す。

光宙みつひろの術と似ているな)

 花丸だけは、見覚えがあった。

 以前に学校地下の迷宮をさまよったとき、光宙みつひろが似たような術(テクスチャ剥がしだったか)を使っていた。

 シエルの術もそれとほぼ同じ、ワイヤーフレームも見えなくなっているくらいか。はるか地下までえぐれたように見通せる。

「見つけました」

「やはり、あの鳥居……」

「ああ。今回はそこまで念入りに隠してはいないようだな」

 口々につぶやく3人の超高レベル精霊人。

「あそこだよ」

 特高レベルたちにはどこのことを言っているのかすぐにはわからなかったが、イシター(上江)が指し示した方向に、確かに鳥居のあるのが見えた。

「花丸、覚えが?」

 風鈴の問いに、花丸はうなずいた。

「あれは亜界への入口になっていて、だいだらぼっち事件のとき、私と光宙みつひろはその先へ行ったことがある」

 未来が、補足を入れる。

「ええ。あの先には、オモイカネという神が護る亜界があるわ。玉藻前と光宙みつひろくんは、あそこにいるようね」

「あの先へ行くには、いくつかの条件と手順が必要だ。だが、それをこなしている余裕は……」

 清夢がうなりながら思案していると、

「正確には我が主、タカミムスビが作り給うた常世の原とこよのはらのひとつです」

 突如背後から聞こえてきた澄んだ声に、ぎょっとして一同が振り返った。

 そこには平安装束の美女、オモイカネが佇んでいた。


         *


 布団の上での座談会は続く。

「ミは御霊みたまとか御旗みはたのミじゃ」

「丁寧語としてのミか」

 玉藻前は薄衣の上からまずは自らのを、続いて光宙みつひろの股間を指差し、

「トはここ[#「ここ」に傍点]やそこ[#「そこ」に傍点]のことじゃ」

「ふむ」

「アタワスは、あー」

 さすがに玉藻前も、やや照れた様子で言葉を選んでいる様子。

夫婦めおとがまぐわうことじゃな」

「ふむ」

 腕を組んで重々しく、光宙みつひろは彼女の説明を聞き入っていた。

 気分は保健の授業である。

 まあようするに、なんだ。

 みとあたわすとはぶっちゃけセックスのことか。

 アタワスで十分その意味合いだから、ミトは強調する意味合いになるのだろう。

 玉藻前は平安時代の生まれだからか、難解な用語がたまに出てくる。

「言の葉の話をしている場合ではないぞえ」

 座談会を打ち切り、光宙みつひろへ詰め寄ってくる。その顔は紅潮し始めていた。

「ささ、夫婦の契りをいざ始めようぞ。冒険をしてもいい頃なのじゃ」

「それなんてエロ漫画?」

 湿った紅色のくちびるが迫ってくればのけぞって避けられ、股間を弄ろうとする手ははたき落とされ。

 大人の美貌(と子供の誘惑)を持ってしても、光宙みつひろにはまったくその気は起こらない。

 玉藻前はぷくーっと頬を膨らませ、ばたばたと駄々をこね始めた。

「まぐわうのじゃちぎるのじゃー! みーと! みーと!」

「やめなさいっての」

「きゃんっ!」

 おでこにチョップ再びで、黙らさられる。

 どうしたものかと、光宙みつひろは頭痛がし始めた。

 ちんこまんこせっくす叫んで大人を困らせる子供そのまんまである。意味をわかった上で言っているだけにたちが悪い。

 ため息を吐き、光宙みつひろは聞いた。

「そもそもなんでこんなことを?」

 前世、というか平安の頃において、彼女にはなにか心残りがあったはずだ。

 彼女の不満を晴らすべく、光宙みつひろは今回のどっかん屋への挑戦を企画した。

 光宙みつひろの認識と、彼女の本当の心残りには齟齬がありそうだが、それがセックスをしたいということだとはどうにも思えない。

「大好きな殿方と添い遂げたいと思うのが乙女の本懐じゃ」

 玉藻前は、胸を張って答えた。薄衣一枚で支えるものもないので、ぶるんと揺れる。風鈴以上かもしれない。

「それに、自らは何もせずただ待つばかりで、結局振り向いてもらえないのも、もう嫌じゃ。恋は勝ち取るものと気づいたのじゃ」

「勝ち取る?」

 玉藻前は大きくうなずき、ぷるぷる揺れた。揺れすぎじゃね?

「うむ、そのためにこの部屋まで来たのじゃ。なにせ、ここからはみとあたわす[#「みとあたわす」に傍点]まで出られないからの」

「ほほう、ここがあの有名な、セックスしないと出られない部屋か」

 興味がわき、光宙みつひろは寝所から出てみた。

 先日、この寝所は鳥居前の広場にあった。

 しかし寝所の外は板張りの部屋で、土間や囲炉裏も見える。

 昭和初期の日本家屋のような作りだ。

 オモイカネの亜界だろうか? 少なくとも鳥居前の広場ではなさそうだ。

「引き戸は開くじゃん」

 土間から玄関へ、ガラガラと引き戸を開け、くぐる。

「お帰りなのじゃ、おもー

「あれ?」

 くぐった先には笑顔の玉藻前。今出た部屋へ入ってきてしまった。

 空間を捻じ曲げてくっつけているのか。彼女の言う通り、簡単には出られなそうだ。

「おもー、おみやげか?」

「ん?」

 ニコニコと指差す先に、デフォルメされた飛行機が音もなく浮いていた。

「ソウダ。オ前ニハ特別ナ瑞雲ヲヤロウ」

 そして聞こえてくる馴染み深い声。玉藻前の子供のような笑顔は、妖艶なものに変わる。

 ばばばばば、と射撃音が屋内に響き、硝煙と火薬の臭いが立ち込める。

 いつの間にか白い女戦士が、光宙みつひろを守るように立っていた。

「力戦奮闘! 科学部悪戯トリック班、ワルキューレ。本気デ行クゾ!」

 颯爽と腕を振るうと、煙が晴れてゆく。

 仮面を外すと精悍な笑みを、彼女は見せた。

「言ッタヨナ、今度ハワタシガオ前ヲ助ケルト!」

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