第11話(風林火山!3の4・前編)

         4


 光宙みつひろと風鈴が中学1年生の頃。

 その夏休み、光宙みつひろは実家へ初の帰省を果たした。

 じいちゃんは出勤を遅らせてまでして出迎え、ばあちゃんはミックスゼリーやらぽたぽた焼きやらを大量に、施設での生活はどうだ、みんなと仲良くやれてるかと質問攻め。

 心配され、大切に思われていることに、出そうになる涙を抑えつつ、暑いから水風呂浴びてくると脱衣所へ向かった。


 そして、ほぼ全裸の風鈴と出くわした。


 前かがみにおっぱいは丸出し、履きかけか脱ぎかけか下は半おろしのパンツ一丁。

 固まる風鈴を前に光宙みつひろは、

「ふむ」としばし眺め。

 両手で弧を描いて風鈴のスタイルを表現してみる。

「バカヤロォォーー!」

 屋内にて、どんがらがっしゃんと吹き飛ばされる光宙みつひろであった。合唱。


         *


 やはりあそこでは、ぱん・つー・まる・みえ、にすべきだったか。それとも両親指を立てて、ぐー!とでもすべきだったか。

 そういえばあの頃すでに、ぱふぱふできるくらいの大きさがあったなあ。

 そんなたわいもないことを、まどろみの中で思っていると。

「そうじゃ、おもー。これがぱふぱふの術じゃ」

 玉藻前が、薄衣の上から豊かな胸に光宙みつひろの顔面を埋めさせていた。

 でかい。やわらかい。温かい。ほんのり良い香りがする。光宙みつひろが思った最初の感想である。風鈴にハグされてるのかとも思った。

 そして頭がはっきりしてきて気づいた。これは風鈴ではない。

 タマモが大人の姿になったあと、しばらく意識が混濁していたようだ。

 ここはどうやら、昨夜見たタマモの寝所のようだ。天幕が張られ、畳の上に大きめの布団が敷かれている。

 二人は横になり、彼女の胸に顔を埋めさせている格好だ。

 顔をおっぱいに埋めさせたまま、なぜ周囲の情景がわかるのか? それはもちろん彼は光の精霊人だからである。

「君は何をしておるのかね?」

 冷めた声で、光宙みつひろは言う。なお顔面はおっぱいに埋まったままなのでフガフガ声で、そろそろ窒息しかねない。

「む。ぱふぱふの術は殿方をめろめろにするはずじゃぞ。おもーには効かぬのか?」

「そりゃあなあ」

 おっぱいから開放され、ようやく一息。怪訝そうな玉藻前をようやく拝顔できた。

 確か先ほど大人化したときは、十二単衣の大人の女性だったはずだ。

 現在は頭部に狐耳があり、顔面には絵の具を塗りたくったような模様が描かれている。

 子供のタマモがそのまま大人になったような感じだ。

 服装は十二単衣ではなく、寝間着や室内着とも少し違うベージュ色の薄布を一枚羽織っただけで、下は裸なのかうっすら透けて見えるようでもある。かなり艶めかしい格好である。

 玉藻前は愛らしい顔を不満げに頬を膨らませ、光宙みつひろに向かい合うように座って股を開き。

「なら、これならどうじゃ!」

 股間に指をあてがい、押し広げ。

「これがくぱあの術じゃ」

 くぱあとかいう擬音が浮かんだのは、光宙みつひろが無意識に神通力を発動したのか。

 なお、薄衣の上からなので全部は見えませんよ、念の為。

「やめなさい、はしたない」

「きゃん!」

 おでこにチョップを入れると、玉藻前は可愛い声で鳴いた。

 てゆうか、なんなのこの状況。

 見た目は大人、頭脳は子供。どこぞの名探偵の逆パターンではないか。

 なにやら性的な意味で挑発してきているようだが、その言動からしても、光宙みつひろにとって彼女は子供のタマモとなんら変わりはなく、欲情はできない。

「まあそこへ座りなさい」

「はい」

 まあすでに座ってはいるのだが、足元を指さして促すと、彼女は素直に従って正座した。

 お説教モードというか、事後の反省会のようでもある。

「そんなみだらな用語をどこで覚えたのかね?」

「わらわは思い出したのじゃ」

「なにをだね?」

 彼女も光の神通力が使えるのか、それとも以心伝心テレパシーか、いくつかの人影が寝所の情景に重なって見えた。

「わらわは昔、どっかん屋と戦ったのじゃ。オニコ・アグニ・弁財天・ドワ子じゃったかの」

 まず現れたのは、赤い和装に薙刀の女性、いや少女か。高校時代の篠原未来。この頃のコードネームはオニコだったか。

 次は、炎をまとい、露出度高めの金色の衣装。オニコとは違うデザインの鬼の面を前と横で2枚かぶっている。これがアグニで、現在はアメリカに在住する、サラマンダーだろう。

 3人目は、先ほど学校でちらりと見た(本体は上江だったが)、青いドレスに赤いヘアバンド。サラスワティこと弁財天。現在はウンディーネと呼ばれている。

 最後に見えたのは、まったく見覚えのない少女だった。小柄でゴスロリ衣装で金髪ドリルといういかにもな格好で、それにはまったくアンバランスに巨大な戦斧を背負っている。

 これがドワ子、おそらくはガイアだろうが、この頃の臨戦霊装は完全に別人のようで、こうなると変身前の素の姿の予想がつかない。

「へえ、これが先代のどっかん屋か」

「苦汁を飲まされたわらわは、きゃつらの弱みを探るべく、頭領の男の住処へ行ったのじゃ」

 続いて見えるは、狩衣に狐の面の中年男子。現・幕僚長で、先代どっかん屋の高校時代の担任教師、紫藤清夢か。仮面をつけていることもあって、見た目は今と変わらない。

 さらに、清夢の部屋らしきフローリングの洋間が現れる。カラーボックスを組み合わせた、壁一面の本棚が壮観である。

 そこから本が一冊ふわふわと飛んできて、開いたと思ったらモザイクが掛かった。

「そこでわらわは見つけたのじゃ、たーくさんのおそくずの絵[#「おそくずの絵」に傍点]の描かれた書物を!」

 おそくずの絵とはどうやらエロ絵のことのようだが、モザイクを掛けたのは光宙みつひろか玉藻前かどちらだろう。謎は深まるばかりである。

「今の殿方はこういうのが好みかと、なかなかためになったのじゃ」

 あのむっつり教師、隠蔽が徹底しとらんぞ、日本男児としてエロ本を嗜むのはわかるが。

 正座の姿勢から腰を上げ、玉藻前は腕を組んで大きな胸を強調して色気づいてみせた。

「そういうわけで、おもーとわらわはこれからみとあたわす[#「みとあたわす」に傍点]のじゃ」


 みとあたわす。


「みと…あたわす…だと…?」

「?」

 きょとんとした様子の玉藻前。

 背後のドドドドドとかいう字幕(神通力)に引きずられ、本当に地揺れでも起こっているかのようでもある。

 顔の下半分に手を当て劇画調(神通力)で、光宙みつひろは重々しく口を開いた。

「みとあたわすって、なんぞ?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る